第39話 悲しみを上書き
土曜日の夜。
バイトが終わり私は陣くんと一緒に駅前を歩いていた。
土曜日ということもあり、周りのお店は賑わっているようでした。
「あ〜、今日も疲れたなぁ。最近、客増えてないか?」
隣を歩く陣くんは時折、肩をぐるぐると回してコリを解しているみたい。
「SNSで上げてくれてる人もいるみたいで、露出が増えてるみたい。今までより学生が増えたような気がしない?」
私たちのバイト先はうどん屋さん。
インスタ映えするようなオシャレなお店ではないけど、価格設定が低めで味もいいため、最近では大学生のみならず、部活帰りの高校生や中学生の団体さんまでくるようになった。
「あ〜、増えたな。でもそれってSNSの影響だけじゃなくって妙のせいでもあるからな?」
ニヤついている陣くんに多少イラッとしたけれど、身に覚えがあるので強く否定はできない。
「売り上げアップで時給もアップしてくれれば妙さまさまなんだけどな」
車道側を歩く陣くんに仕返しをしてやろうと思っていたところ、視界に猛スピードで通り越していくワゴン車を捕らえた。
「あっぶねぇな」
陣くんもその車に気づいたらしく、視線で追っていたところ、
『ガシャン!』
そのワゴン車は前を走っていたトラックに後ろから突っ込み、ワゴン車のフロントはリアバンパーの下に潜り込んでいた。
「おいおい大丈夫か?」
駆け寄ろうとする陣くんの手を握った私は足に力が入らなくなり、そのまま座り込んでしまった。
「……いや」
刹那、私の頭に蘇ったのは、優しく笑ってくれるお父さんの顔と、エアバッグに突っ伏したまま動かなくなったお父さんの背中だった。
「妙?」
遠くで私を呼ぶ声がする。
「おい、妙!大丈夫か?」
そばにいるはずの陣くんの声なのか?
それともあの日、私たちの前からいなくなってしまったお父さんの声なのか?
♢♢♢♢♢
中学3年生の夏。
中学最後の中総体、県大会決勝。
私はフルセットの末、勝利を納めて全国大会出場を決めた。
「やったな妙!」
「やったよお父さん!」
最初に私にテニスを教えてくれたのはお父さんだった。
中学最後の大会、家族で応援に来てくれる予定だったんだけど、その日の朝に年長さんの弟が熱を出してしまいお母さんと家でお留守番になってしまった。
「しっかりとビデオに撮ってあるからな。帰ったらお母さんと
お父さんはカメラバッグをポンポンと叩いて笑っていた。
「勝てて良かったよ。撮影した試合で負けるって結構恥ずかしいもん」
お父さんは応援にくるといつもビデオを撮って、帰ってから家族で見ようとする。
私は恥ずかしいから見ないんだけどね。
「今日はいい試合だったからなぁ、お母さんも光流も興奮するぞ」
「じゃあ、みっくんが風邪治ってからにしないとね」
家に帰ってからさっそく見ようと企んでいたお父さんは固まる。
「そ、そうだな。……うん、光流が治ってからにするか」
項垂れているお父さんの肩をポンポンと叩きながら駐車場に停めてある車に向かった。
試合会場のテニスコートから家までは車で1時間ほどの距離だった。
「妙、疲れてるだろうから寝てていいぞ」
私は後部座席に座ってお父さんと話してたはずなんだけど、知らない間に寝ちゃってたみたいだ。
どれくらい時間が経っていたのだろう。
「くそっ!」
お父さんの焦った声が聞こえたと思った瞬間『キキッー!』というブレーキ音と横向きに受ける重圧を感じた次の瞬間
『ガシャァン!』
金属が潰れる音と共にシートベルトが締め上げられて、私の身体は激しく揺さぶられた?
「キャァー!」
激しい衝撃と前方では『ボンッ』とエアバッグが膨らみ、その上にお父さんの身体は何度も打ちつけられていた。
♢♢♢♢♢
私が目を覚ますとそこは知らないベッドの上だった。身体中に痛みを覚えるものの、奇跡的に大きな怪我はなく、病院に駆けつけたお母さんは私を抱きしめて泣きじゃくった。
それは娘の私が無事だったことの喜びと、最愛の夫を亡くしたことの悲しみだった。
事故の相手は大学生だったらしく、バーベキューの帰りだったらしい。
原因は飲酒運転による運転ミス。
私は入院した翌日に一時帰宅し、お父さんの葬儀に参列した。
親戚、友達、職場の仲間などが参列してくれた中に、同じクラスだった陣くんもいた。
陣くんとは中学3年間同じクラスだった。
特に仲が良かった訳ではないけど、とても話しやすく安心できる存在だった。
そんな状況だったので全国大会は辞退、志望校も栄北を諦めて特待生制度のあったシッダールタに変更した。
夏休みも終わり、久しぶりに学校に登校した私にみんなはどう接していいのかわからなかったみたいだ。
そんな中でも、いつもと同じように接してくれたのは陣くんだけだった。
「おはよう妙。もう身体大丈夫か?」
それまでは桐生って呼んでたのに、夏休み明けからは名前で呼んでくれた。
陣くんなりに親しみを込めてくれたんだと思う。もちろん、嫌な気はしなかった。
それからも陣くんはよく話しかけてくれた。なるべく家族や進路、部活の話にはならないように取り止めのない話題を選んでくれてたかのように。
♢♢♢♢♢
「妙?妙?」
座り込んでしまった私を心配そうに覗き込んでいる陣くん。
「はぁはぁはぁ」
息苦しくて、胸を押さえてグッと我慢する私の背中を陣くんはそっと撫でてくれる。
「ゆっくり、ゆっくり深呼吸しような。大丈夫だ。ゆっくりだぞ」
「はぁ、はぁ、はぁ〜、はぁ〜」
しばらくすると呼吸は正常に戻り息苦しさはなくなった。
それでも、思い出してしまった事故の瞬間は私の頭を、心を支配している。
「そこの公園のベンチで座ろう」
陣くんはそう言うと私を抱き上げてベンチまで連れて行ってくれた。
「ご、ごめん……ね」
離してしまうと、不安になってしまいそうで、私は陣くんから離れられなかった。
「気にするな。どうする?おばさんに連絡して迎えに来てもらうか?」
「ううん。今日お母さんと弟はお父さんの実家に泊まりに行ってるの」
本当は私も行く予定だったんだけど、どうしても人がいないからと店長に泣き付かれてシフトに入っていた。
「そうか。とりあえず送るよ。歩けそうになければおぶって……妙?」
立ち上がろうとする陣くんの袖を引くと、もう一度ベンチに座り、私に向き合ってくれた。
「お願い。独りにしないで」
すがる想いで私は陣くんにお願いした。
「……妙?」
「お願い、今日だけでいいから、一緒にいて」
今でさえあの光景が頭から離れない。
こうして、陣くんに触れていると心が落ち着く。
「陣、くん。お願い。私から離れないで。もう独りはいやなの」
「いや、でも……」
そうだよね。困っちゃうよね?
でも今日だけでいいの。
「陣くん、私を抱きしめてて」
私は陣くんの首に両手を回して、ぎゅっと抱きついた。
身体が微かに震えている。
陣くんにも伝わってしまったみたいで、私をそっと抱きしめてくれた。
「……後悔するぞ?」
私を抱きしめながら、陣くんは耳元で囁いた。
「ううん。しないよ?私がそれを望んでいるんだもん」
「……そうか」
陣くんは私の身体を離すと、優しく手を握り歩き出した。
その日の夜、私は陣くんの優しさに包まれた。
指先から、唇から、肌から、身体の内側から。
その優しさは悲しみを上書きし、私を幸せへと誘ってくれた。
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