第38話 妹、卒業したい

「はぁはぁはぁ」


 スカートが跳ねようが


「はぁはぁはぁ」


 髪型が乱れようが


「はぁはぁはぁ」 


 いまは、関係ありません。


「はぁはぁはぁ、はぁ〜着きました」


 背負っていたリュックから鏡を出して身だしなみをチェック。

 スカートを手で叩き、ツインテールを両手でキュッと結び目を直す。


「よ、よし」


『ピンポーン』


『は〜い』


「あ、あの!私っ……」


 毎日のことなのに、未だに慣れることができないインターホン越しの挨拶。

 だって、相手は大好きな人の、お母さんですから。その、やっぱり印象悪くなりたくないなって思うじゃないですか。


『テンパリすぎだからつむつむ。待ってて』


 あ、な、なんだ、今日は静ちゃんだったんだ。


 私の数少ない友達の中でも1番頼りにしているのが彼女、西静ちゃん。


 不安だらけだった中学校。

身体の小さな私はぶかぶかのセーラー服で窓際の1番後ろの席に座っていた。


 小学校からの友達はクラスにおらず、引っ込み思案の私は新しいコミュニティに溶け込めずにいた。

 

 所謂、ぼっち?っていわれる、存在です。


 入学して数週間が過ぎた頃、私に、転機がやってきた。


「あちゃ〜!筆箱が入ってない」


  朝、特にやることもなく教科書を眺めていると、隣の席からため息混じりの声が聞こえてきた。

 

 隣の席の静ちゃん、でした。


 彼女とは違う小学校だったんだけど、毎朝挨拶してくれる数少ないクラスメイトでした。

 話してみたいなぁと思っていたんだけど、静ちゃんの周りにはいつも人がいて、私は話しかけることができませんでした。


「あ、よかったら、これ、使って」


 自分でもびっくりするくらい、スラスラと出た言葉。

 私は鉛筆と予備の消しゴムを静ちゃんの机の隅に置いた。


「いいの?ありがとう大島さん」


 私に見せるように鉛筆と消しゴムをヒョイと上げた静ちゃんが優しく笑いかけてくれました。


「あ、う、うん」


 その笑顔が眩しくて私はつい俯いてしまいました。


「おっはよう静!どったの?」


 いつものように静ちゃんの周りにはクラスメイトが集まり出していたんだけど、


「あははは。筆箱忘れちゃって。大島さんが鉛筆と消しゴム貸してくれたんだ」


 恥ずかしそうに頭をかきながら答えた静ちゃんの視線は、友達じゃなく、私に向いていたみたいで、


「ねぇ、大島さん。一緒にお話ししない?隣の席なのにあまり会話できてないもんね」


 静ちゃんは、私の座ってる椅子ごと引っ張り、輪の中に入れてくれました。


「そうだね〜、せっかくだから一緒に話そうよ」


 周りにいたクラスメイトも私を好意的に受け入れてくれました。


「え〜、大島さんはバレーやってるんだ。じゃあさ、今日からの体験入部はバレー部に行くの?」


 話題はその日から始まる体験入部についてでした。


「あ、は、はい。そのつもり、です」


 静ちゃんの問いかけに普通に答えたつもりだったんだけど、足を組み腕組みまでした静ちゃんは「う〜ん?」と考え込んでいるみたいでした。


「静?」


 他の子も静ちゃんの様子を怪訝に思ったみたいで。


「そっか。私が大島なんて呼ぶからいけないんだね。ねぇ、下の名前なんて言うの?」


 椅子から身を乗り出した静ちゃんがズイッと顔を近づけてきたした。


「えっ?あっ、あの、紬、です」


「紬ちゃん。OK!私は静ね」


「あ、はい」


 勢いに押されて、よく理解していないまま返事をしました。


「同じ年なんだから敬語もやめよう?ねっ?紬ちゃん」


 そう言われてやっと理解できました。


「あっ、はい。……あ、いや……う、ん」


 そんな風に言ってもらえたことがうれしくて、私は静ちゃんの顔を直視できなくなってしまいました。


「あ〜、静だけずるい。私たちも名前で呼んでね紬」


 私はもう、頷くことしかできなくて。

でも、私はこの日のことを一生忘れることは、できません。


♢♢♢♢♢


 バレー部に入り2ヵ月が過ぎた頃、私は大きな問題に悩まされていました。

 元々、身体は小さい方でしたけど小学生の頃はあまり気にはなりませんでした。でも成長期真っ只中の中学生では、その差は顕著なものでした。


「まあ、紬は小さいからね。かわいいからいいじゃない」


「そういう問題じゃないもん」


 静ちゃんはベッドに寝そべりながら私の話を聞いてくれていました。


「う〜ん、体格差ねぇ。ちなみに紬のライバルって誰?」


「ライバルと言うか、同じポジションのレギュラーは2年の京極先輩」


 この頃はまだあまり話す機会もなかったけど、印象は華がある人だなぁって思っていました。


「あ〜、姫ちゃんだったんだ、でも紬はバレー小学生の頃からやってるんでしょ?姫ちゃんは去年の夏くらいだから経験は紬の方が上だよ」


 はじめはサッカー部のマネージャーだった京極先輩は、夏休み前にバレー部に転部したみたい。静ちゃんが京極先輩と幼馴染だと言うことはこの時に初めて知りました。


「そう、なんだ」


 経験は私の方があるのに、勝てないってことは身長だけの問題じゃないってことかな?


 落ち込む私に静ちゃんは「ていっ!」と頭にチョップを落としてきました。


「何落ち込んでるのよ。姫ちゃんだって頑張ってるんだから簡単に勝てるわけないでしょ?落ち込んでる暇があるならできること考えて実行しなさい」


 優しい静ちゃんは私を甘やかしたりなんてしてくれない。でも、頑張れって応援してくれる。


「うん、いろいろやってみる」


 正直、何をやればいいかすぐには思い浮かびませんでした。


「ねぇ、紬。バレーってたしか足使ってもいいんだよね?」


「あ、うん」


「あのね、姫ちゃん多分足も使えるよ。うちのお兄ちゃんがサッカー部なんだけどね、よく一緒にボール蹴ってるんだって」


 静ちゃんにお兄さんがいることは知っていたけど、サッカー部にいて京極先輩と仲良しだってことは知りませんでした。


「京極先輩が?」


「あ、じゃあ紬もうちのお兄ちゃんにボールの蹴り方教わろうか?お兄ちゃん優しいからきっと力を貸してくれるよ」


 それが私と先輩の出会うきっかけ。



静ちゃんに聞かれたことがある。


「ねぇ、つむつむ。いつからお兄ちゃんのこと好きなの?どうしてお兄ちゃんなの?」


 たぶんね、その答えは


「最初から好きで、先輩だから好きなの」


 きっと、私以外には……ううん。

先輩のことを好きな人にはわかってもらえると、思います。


「でも紬ってニッシー先輩に恋愛対象認定されてないよね」


 私の、一番の悩みごと、です。


「ね、ねぇ。どうしたら私、恋愛対象に見てもらえるかなぁ」


 ある休日。


 私は静ちゃんの部屋でしーちゃん、きーちゃんにも相談にのってもらってました。


「んなもん、簡単しょ」


 きーちゃんはクルッと私の後ろに回り込むと、両手で私の胸を持ち上げました。


「えっ?ちょ、ちょ、やめっ、だめだって」


 私の反応が面白かったのか、きーちゃんは激しく胸を揉み始めました。


「これを使うのが手っ取り早いでしょ!ってか、紬。また大きくなりやがって!」


「きーちゃん、嫉妬はよくないよ〜」


「うるさい、かんざし!チクショウ、2人してウチをばかにして!ううう、いいさ、私の仲間は静だけだ」


 やっと手を離してくれたきーちゃんは静ちゃんに抱きつきにいくと、静ちゃんにヒラリと躱されていました。


「ちょっとお絹、巻き込まないでくれる?それに、すでにその作戦は失敗に終わってるわよ」


 きーちゃんもしーちゃんも信じられないと言った表情で私を見ています。

 私の胸を、です。


「まじか!ニッシー先輩不感症かEDなんじゃね?なんで紬のおっぱいに反応しないんだよ」


 きーちゃん、恥ずかしいからやめて、ね?


「たぶんね〜、紬は妹認定されてるからだよ〜。やるなら、最後までやっちゃわないと先輩には無理かも〜」


「さ、さ、最後?最後ってしーちゃん?な、なに?」


 最後?最後って最後だ、よね?

わ、私と先輩が、その……だよね?


「そりゃ、最後って言えばせっ—」


「こらっ!かんざしやめなさい。つむつむは生真面目なんだからほんとにやりかねないよ?やって、後悔するんだからだめ!」


 それは後悔しなければいいのかな?


わ、わたし、先輩とならっ!せ、せ、せっ!


「つむつむ?」


「ひゃい!」


 呆れた表情で静ちゃんは私をじっと見ている。


「そんなことしてもお兄ちゃんは受け入れてくれないよ?」


「……うん」


 わかってる。わかってるけど……


「わ、私。妹、卒業したい。だからもっともっと意識してもらうように頑張る、ね」


私は両手でグッと拳を握りながら宣言した。


♢♢♢♢♢


「おはよう、つむつむ」


「お、おはようございます」


 私は先輩の左腕を身体でギュッと抱きしめる。

 いつも通り先輩は意識して、くれません。

ちゃんと、む、胸も当たって、ます。


「せ、先輩」


「ん?どうした?」


 やっ、やっぱり、これしかありません。


「わ、わたしは先輩のこと!だ、だいしゅき……」


 か、噛みました!

大事なところで、噛みました!


「……ふ、ぷぷぷ。ありがとうな、つむつむ」


 頭に先輩の温かい温もりを感じます。


 恥ずかしくて俯いていた顔を上げると先輩の優しい笑顔。


「せ、先輩」


 先輩の正面に立ち、両袖をキュッとツマミます。


「と、とりあえず、い、妹は卒業します!だから、先輩も……私のこと、エッチな目で見て下さい!」


 これで、先輩も私のことを女として見てくれるはず。


「つむつむ?」


 訝し目で私を見る先輩。


「ないわ〜」


 私のお願いは一蹴されました。


静ちゃん!次はどうすれば、いいかな?

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