第37話 気になる後輩から好きな人へ

 今では誰にでも胸を張って言える。


「私、有松紫穂里は西陣くんのことが大好きです」


 最初は優しそうな子だなぁ。

そんな印象だった。


「よしいいぞ!って有松、お前一人で運べるのか?」


 金曜の練習前、私は体育倉庫にラインを引くための石灰を取りに来ていた。

 私たちの学校は備品管理にうるさいらしく、こういった部活で使用する消耗品も先生立ち会いの下に持ち出さなければいけない。

 そしてその体育倉庫は土日は原則閉鎖するために、必要なものは金曜に部室に移動しておくことになっている。


「マネージャーの仕事なんで大丈夫です」


 2年生の5月、新人戦を終えた私たちはインターハイ予選に向け土日も休み無く練習に明け暮れていた。


 一輪車には20キロの石灰袋が3つ乗っている。いつもなら2つづつ運んでいるんだけど、3年生の先輩から3つもらってくるようにと言われた結果、


「んっ!おもったいねぇ」


 指示してきた先輩と同じくらいの重さがこの一輪車にはかかっている。


 すでに野球部が練習を始めてるらしく、グラウンドの真ん中を横切ることはできない。


 仕方なく遠回りしながらグラウンドを挟んだ反対にある部室まで一輪車を押していた。


「はぁ、はぁ」


 気を抜くと倒れてしまいそうな一輪車を頑張って押していたが、大きな石にタイヤが当たってしまったらしく大きくバランスを崩してしまった。


「きゃっ」


 倒れそうな一輪車の勢いに巻き込まれる形で転びそうになったのを、私を抱きとめるように、後ろから支えてくれた人がいた。


「大丈夫っすか?」


 間一髪のところで私を助けてくれたのが陣くんだった。


「あ、ありがとぅ。はぁ〜、びっくりした。えっとたしかサッカー部の子だよね?」


 まだ入部して日の浅い1年生とはマネージャー以外、話す機会がなかったのでちゃんと話したのはこのときが初めてだった。


「はい、西です。有松先輩ですよね?2年の。これ、乗せすぎですよ。危ないっす」


 陣くんは私の手から一輪車を取ってそのまま歩き出した。


「あ、マネージャーの仕事だからっ」


 そのまま持って行こうとする陣くんを呼び止めて返してもらおうと思った。じゃないと、また先輩に何言われるかわからないし。


 当時の私は同じマネージャーの3年生の先輩から嫌がらせのようなことをされていた。

 明確ないじめと言ったものではなかったけど、面倒な仕事を押し付けられたりして。


「部活で使うんですよね?じゃあ部員の仕事じゃないっすか?強豪校とかだと上級生がグラウンド整備するくらいっすよ?それにこれだけ一気に運ぶ必要ないっすよね?」


 ないね。私もね、そう思うよ。でもね?


「あははは。面倒だから欲張っちゃ—」


鈴村すずむら先輩っすか?」


 陣くんは一輪車を止めて真っ直ぐに私を見つめてる。

 うん、正解。どうしてわかったんだろう?


「んっとね?なんで西くんはそう思ったの?」


 鈴村先輩のやり方は陰湿だったから、みんなにわかるようなやり方はしてなかった。それなのに1年生の陣くんがなんで?


「同中なんですよ。鈴村先輩ブタと。中学時代、俺の大事な人がやられたんで、ひょっとしたらって思ったんです」


 そっか、昔からなんだね。


「あ〜、そうなんだ、ね」


 私は肯定も否定もできなかった。


「まあ、先輩の様子見ればわかりますけどね」


 陣くんは何事もなかったかのように一輪車を押して行った。

 私のことなんか頭にないくらいに、振り向きもせずに。


「お疲れ様です!」


 バンっと部室を開けた陣くんは部室の奥で喋っていた鈴村先輩に聞こえるように大きな声で話し続けた。


豊田とよた先輩、石灰持ってきましたよ」

 私の一つ上の豊田先輩は面倒見が良いだけじゃなく、とても厳しい先輩だった。


「おう、サンキュー1年。ところでなんでお前が運んでるの?」


 部室から出てきた豊田先輩は石灰袋の乗った一輪車と私を見て納得したような表情をした。


「なるほど、紫穂里は美人だからな。お前の気持ちわからなくもないぞ」


 口調自体はおちゃらけていたけれど、部室のみんなには見えていない。


 その表情は無だった。


「そうなんすよね。有松先輩には拒否されたんですけど無理矢理奪っちゃいました」


 いたずらっぽく話す陣くんは部室の奥から視線を外すことなく、豊田先輩と頷き合っていた。


♢♢♢♢♢


 その翌週


「受験勉強に専念する」


 そんな理由を残して鈴村先輩は辞めて行った。それ以降、鈴村先輩が私に絡んでくることはなかった。


「お疲れ様です」


 その頃はまだ陣くんに特別な感情を持ってはいなかった。

 

 陣くんを意識し出したのはインターハイ予選が終わった頃から。


「なあ、東野。お前体調悪いんじゃねぇ?」


「あ、ちょっと熱っぽいだけだ」


「いやいや、無理すんなよ。マネージャー!東野休ませてください」


 私たちも部員の体調は気にするようにしていたけれど、いつも陣くんが先に気づいていた。


「風邪かな?東野くん保健室行こうか。西くんありがとうね」


 しゃがみこむ東野くんから陣くんに視線を移すと、すでに練習に戻っていた。


 私の中の陣くんのエピソードはこの頃から急激に増えて行った。


「おい、友利。いくらお前が怪力だからってそんないっぺんにタオル運べないだろ」


 同級生の友利ちゃんの手伝いをしたり、


「あれっ?ライン引きに石灰入ってる」


「おい陣、お前煙たい」


 汚れる仕事をコッソリやってくれたり、みんなが面倒くさがることを何気にやってくれたりしていた。


 ひょっとしたら、すでに陣くんに惹かれていた私が知らない内に陣くんから目が離せなかっただけかもしれないけど……


 だから、少しだけ陣くんに近づきたかった。もっと話したいと思った。

 

 でも陣くんは明確な線引きをしていたみたい。

 絶対に私とは2人っきりにはなってくれなかった。


「京極織姫です。陣がお世話になってます」


 ある休日、私が1年生と一緒に買い出しに行くと陣くんと会った。

 隣には当たり前のように京極さんがいた。

もちろん彼女がいるのは知ってた。

 だから、私が陣くんを好きだと気づいた時には何もできないでいた。


♢♢♢♢♢


 最近、私は陣くんと一緒に下校している。

あの頃は話す機会もあまりなかったのに、今ではこうやって陣くんに触れることもできる。


「陣くん、帰りに喫茶店行かない?」


 こんな風に陣くんを誘える日がくるなんて思わなかった。


「待って陣。久しぶりに一緒に帰ろ?」


「ああ、紫穂里と約束したから無理だ」


 京極さんより私を選んでくれる日がくるなんて思わなかった。


 欲張りになった。


もっと話したい。

もっと触れたい。

もっと好きになりたい。


あなたの特別になりたい。


だから私は立ち止まらない。


「陣くん」


「んっ?」


 カップを下ろして微笑んでくれる陣くん。


「大好き」


 ずっと、ずっと、ず〜っと!


「大好きだからね」

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