第36話 ヨリを戻したい元カノの1日

『ブー、ブー』


 スマホの振動で目が覚める。


「うぅ〜ん。ふぁぁあ。眠い」


 朝5時30分


 私の1日はお弁当作りから始まる。

去年の夏過ぎから始めたこの習慣。目的の大半を失った今でも続けている。


「なにかの機会に食べてもらえるかもしれないしね」


 私は洗面所に行き、顔を洗って気合いを入れる。自室に戻り制服に着替えてからキッチンへと下りていく。

 

 両親はまだ寝ている。

 

 クローゼットを開けてエプロンを着ける。

今年のホワイトデーに陣からプレゼントしてもらったピンクのエプロン。ポケットから黒猫がピョコンと顔を出している。


「さあ、作ろうかジンベエ」


 ポケットの黒猫を撫でて夜に予約しておいた炊飯器のフタをあけて、ご飯をほぐす。


「うん、いいツヤだねぇ」


 お釜を取り出して戻した乾燥ワカメを投入。ラップを使って三角に握っていく。俵じゃなくて三角。陣は昔から俵だと形を崩してぼろぼろお米をこぼしちゃうからね。


「そんなとこもかわいいんだけどね」


 たまごを2個取り出してボウルに割り入れ、京極家秘伝のだし汁を入れてかき混ぜる。

 熱したたまごやき専用のフライパンに油を引きたまごを少しづつ投入して形を整える。

 

「よっと」


 整形し、火が通ったところで木製のまな板に乗せて食べやすい大きさに切る。

 

「うん、いいできだ」


 その後は昨晩から下味を付けておいた鶏肉を揚げ、おなじく昨晩作っておいたポテトサラダと茹でたブロッコリー、レタスを入れて今日のお弁当は完成。


「おはよう。今日も早いわねぇ」


 お母さんがエプロンを着けながらキッチンに入ってきた。


「おはよう。ごめん、今から片付けるね」


 使用済みの調理器具とお皿を洗っていると、お母さんはお弁当をじっとみている。


「お母さん?」


 お母さんは余ったたまごやきをパクリとつまみ食いすると、うんうんと頷いている。


「うん、合格。上手にできてるわよ」


 お母さんは親指と人差し指でOKサインを作ると私に微笑んでくれた。


「ほんと?やった!」


 お母さんのお墨付きに私はうれしくなるとともに、虚しくもなった。


「うん。また、陣くんに食べてもらえるようになるといいわね」


 娘のしでかしたことは理解している。その上で私が許され、再び一緒に過ごせる日がくることを願ってくれている。


「片付けはやっておくから、あなたは準備してきなさい」


 お母さんに頭をポンポンと叩かれてキッチンを出た私は、自室に戻り学校に行く準備をした。


 部屋には小さい頃から一緒だった陣と私の思い出の写真が飾ってある。

 もちろん、どの写真を見ても2人とも笑顔だ。


 カーテンを開けるとすでに太陽は登り、日差しが部屋の中に差し込んでくる。


「あれ?紬?もう来てるの?」


 窓から見えるお隣さん。

その玄関先には後輩の紬がソワソワしながら立っていた。


「しまった!出遅れちゃった」


 陣にアタックするためには少しの時間だって無駄にできない。


「ごめんね、お母さん。もう行くね」


 キッチンに行き、お弁当をトートバックに詰めるとそのまま靴を履き玄関を出た。


「あ、あぁぁ〜、もういないよ〜」


 ひとまず諦め、家に戻ってしっかりと朝ご飯を食べた。

 

「おいしい」


 やっぱりお母さんにはまだ敵わないなぁ。


♢♢♢♢♢


「おはようございます」


 部室に入ると、すでに着替えを終えた紬が挨拶してくれた。ライバル関係ではあるけどかわいい後輩には違いない。


「おはよう紬、早いね」


 もちろん嫌味ではない。

この子は中学時代から練習の虫。

小さい身体を活かすためにどれだけ練習をしてきたんだろう。


「えへへへ、はい。早起きは三文の徳ですから」


 満面の笑顔。


 大好きな陣と登校できたことがうれしくてたまらないのよね。


 私だって!

 早起きしたのに!


 朝は紬、帰りは有松先輩にガッチリマークされてる陣。

 狙い目のお昼休みは部室に行っちゃって教室にはいない。

 夜もバイトだし。さすがにバイト帰りに待つのはストーカーぽいしね。


 でもそこまでやらないと2人っきりになるのは厳しいのかな?

 

 うむむむ?


 はっ⁈だめだ。私だけで考えるなって朱音ちゃんに注意されてたんだ。よし、後で相談してみよう。


♢♢♢♢♢


「やめた方がいいよ」


即答。


「あははは、やっぱりダメかぁ。でも朱音。そうでもしないとカテナチオは破れないんだよ」


 出遅れどころかマイナス評価の私には余裕なんてない。うん、言い換えれば落ちるところまで落ちたから当たって砕けるだけなんだけどね。


「あのね織姫。もうあんたは落ちるところまで落ちたと思ってるかもしれないけど、まだまだ奈落の底があるからね?焦っちゃだめだよ?」


「へっ?私まだ落ちるの?」

 

 これ以上どうなるって言うの?


「朱音ちゃん?具体的にはどうなるんですかね?」


 すがる思いで、あ、いや。

本当に袖にすがりついてるんだけど。


「好きの反対は?」


 ふうっとため息を一つついた朱音が私に聞いてくる。


「嫌い?」


「はいはい。本気で言ってるのね?まあいいわ。ちょっと前までの織姫の状態がたぶんだと思うのね」


 うっ!自業自得とは言えはっきりと言われるのはキツいですよ。


「そ、そうだろうね」


 痛む胸を押さえつつ、相槌を打った。


「で、好きの反対なんだけど、嫌いじゃなくて。私が見聞きした範囲では西くん、織姫に対して全く意識がなかったってことはないと思うの。もちろん、悪い意味でね」


 傷口に塩を塗るレベルの例えじゃないんだけど、事実なので否定できない。


「……はい」


「うん、だからね。無関心ってことは西くんの心の中から織姫の存在がなくなるのも同然なんだと思うの」


「私の、存在が?」


 楽しかった思い出だけじゃなくって私そのものがいなくな、る?


「うん、だからね?気をつけよ?学校の行き帰りだけじゃなく、バイト先まで押しかけたら、それはストーカーじみてるよ?それにバイト先に西くん狙ってる子がいるわけじゃないんでしょ?」


 バイト先?確か同じ中学だった子がいたはず。名前なんだったっけ?


「……たぶん、狙ってる子は……いないと思う」

 

 思い出せないくらいだからアプローチされてたわけじゃないよね?


「まあ、他の子の恋路を邪魔するのもどうかと思うけど、まずは自分の汚名返上からだよ」


「……はい」


 いまの私には、それが一番難しいんだよね。

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