第34話 すっ飛ばしちゃうよ
「……」
「紫穂里?」
「……」
「あの……何か怒ってらっしゃいますかね?」
ご機嫌ナナメな紫穂里さん。
事の始まりは数分前に遡る……
♢♢♢♢♢
土曜日の練習後、紫穂里と約束した通り駅前にあるカフェにきている。
紫穂里の前にはキャラメル・マキアート、俺の前にはカフェ・オ・レが置かれてる。
運んできてくれた店員さんとは顔なじみだったので、少しばかり話をしてしまった。
「あれっ?西くん」
この店は最近できたらしく俺は初めてだったので、彼女がいるとは思わなかった。
「えっと……、あっ!
まだクラス全員と関わっていないために顔と名前が一致しない。
彼女は確か久留米と同じテニス部の
「ん〜?その様子だとなんとか思い出せたって感じだよね?」
伊那さんは腰に手を当てて不満そうな表情をしている。
「ま、まあね。まだクラス全員覚えてないんだよ」
「教室でよく、くるめっちと話してるんだけどなぁ。西くんとも挨拶したことあるよ」
女性というのはどうして感情とは違う表情ができるのだろうか。彼女の笑顔からは威圧感を感じる。
「……陣くん?」
ほらっ、こっちにも感情と表情が違う人がいる。
「あっ、あの。3年の有松先輩ですよね?私、西くんと同じクラスの伊那です。よろしくお願いします」
お盆を両手で抱えながら紫穂里に頭を下げる伊那さん。なぜか含み笑顔だ。
「陣くんと仲良くさせてもらってます。有松です。よろしくね」
なぜか俺の名前を強調した紫穂里。
まあ、どこにも間違いはないのだけどね。
「ところで西くん?」
紫穂里と向き合っていた伊那さんが、再び俺と向き合う。
だからその笑顔は怖いんだって。
嫌な予感しかしない。
「何?」
伊那さんは紫穂里をチラッと見てから、爆弾を投じてきた。
「有松先輩といつから付き合ってるの?」
嫌な予感というのは的中率が高い。
「付き合ってないぞ」
心なしか、紫穂里の表情が固くなったような気がする。
「えっ?そうなの?だって有松先輩見てたら……、さってと。仕事戻らなきゃ。それではごゆっくり」
自分の投下した爆弾の威力に怖くなって逃げたって訳だ。落とすだけ落として。
♢♢♢♢♢
で、今に至る。
他に答えようがなかったんだからしょうがないだろう。現に俺たち付き合ってるわけじゃないし。
付き合ってなきゃ異性と2人で出かけちゃいけないわけでもないし。
「はぁ」
思わずため息を漏らしてカフェ・オ・レを飲み、紫穂里を見た。
「んっ?どうしたの?」
さっきまでの膨れっ面が今では顔に縦線が入っているような絶望感漂う表情をしている。
「ご、ごめんなさい」
「へっ?」
真剣な顔で謝ってくるもんだから俺も逆に困ってしまう。
「陣くん、怒らせちゃったから」
俯き肩を震わす紫穂里。
あれ?これはまさか泣いてるのか?
「いや、紫穂里?俺怒ってないけど」
さっきのため息か?
「でも……」
「いやね、あれは困ったなぁ、どうすれば機嫌直してくれるかなぁってことを考えたわけで、怒ってたわけじゃないからね?まあ、でも勘違いしても仕方ないよね。ごめんなさい」
冷静考えればそうとられてもおかしくないもんなぁ。
「そっか、困らせちゃったか。彼女でもないのにヤキモチ焼くなってね」
紫穂里は手の甲で額をコンコンと叩いて気を取り直そうとしてるみたいだ。
「あ〜、ヤキモチか。まあ、うん。度が過ぎるのはアレだけど、まあ、ね。嫌ではないよ」
京極のヤキモチは結構酷かったからな。部活の必要な話をしてるだけでも紫穂里の話を切ったりしてきてたからな。
だからなるべく他の女子と2人にならないようにしてたのに、あいつ紫穂里だけは執拗に警戒してたもんな。
女の勘ってやつなのかな?あいつは紫穂里の好意に気づいてたんだな。
「はぁぁあ。私、自分がこんなに面倒な性格してるなんて思ってなかったよ」
盛大なため息の後にテーブルに突っ伏した紫穂里。
それくらいは普通じゃないかな?
「普通じゃない?」
片手で頬杖をつきながら空いてる手で紫穂里の頭を突っつく。
「突っつかないでよ〜」
俺の指を掴みながらジト目で訴えてくる。
「くっくっくっく。だってさ、今まではしっかりとした年上のお姉さんってイメージだった紫穂里のこんな姿見せてもらえるなんて思ってなかったからさ」
京極と別れて、紫穂里と2人で過ごす時間が増えることで今まで見られなかった別の顔が見れるようになった。
「子どもぽいってバカにしてるでしょ〜、わかってるよ。前まではお互いに壁があったもんね。がっかりされるかもしれないけど、これが素の私なんだよ。自分に自信なんてないし。実際フラれてるし、ね」
突っ伏した姿勢のままで顔だけ俺に向けてくれてる紫穂里の表情は、ちょっと拗ねてるようで可愛らしかった。
「あ〜、それは、ね。でもね?前の紫穂里よりも、俺はいまの紫穂里の方が好きだよ」
お互い壁があったのは仕方ないよね。でも、俺に心を許してくれてるからこそのワガママだったり、子どもっぽさは素直にうれしい。
まあ、今すぐ付き合えるかといえばまだね……。でも、
「それにね、紫穂里のおかげで前を向こうって思えるようになったから、感謝してるよ」
テーブルに突っ伏していた紫穂里がゆっくりと身体を起こしてじっと見つめてくる。
「好きって言った?」
「うん?」
「いま、私のこと好きって言ってくれたよね?」
あ、俺の言葉、部分的に切り取ったな。
「前の紫穂里よりね」
やんわりと訂正しておく。
「じゃあ、嫌い?」
「嫌いだったら一緒にこんなとこいないよね?」
ちょっとポンコツ化してないよな?
「うん、だよね。好きって言ってくれたもんね」
じっと紫穂里を観察してみる。
これはどっちだ?
覗き込むように紫穂里の目を見ると、狼狽ながらもにへっと笑った。
「確信犯だな」
最後に口角が上がったところで確信した。
その証拠にびくっと身体を震わせた後に目を逸らした。
「だって……」
紫穂里がキュッと唇を噛んで顔を歪ませる。
「最近、京極さんが積極的になってきたから。やっぱり京極さんには敵わないんじゃないかって。積み重ねてきたものが違うから。陣くん、優しいし。簡単には切り捨てられないでしょ?情もあるだろうし。だからね?自信が欲しいの。陣くんの言葉なら信じれるから」
何を言い出すのかと思ったら……
「一度しか言いませんよ?」
「う、うん!」
両手を膝の上に置き姿勢を正す紫穂里。
気のせいだろうか、店内も先程から静寂が流れているような気がする。
「……好き、ですよ。……好きか嫌いかで言えば」
「はい、ぶー!そんな話は聞いてません」
テーブルに頬杖を突いてため息をつく。
「その二択で嫌いって言われたら立ち直れません」
ですよね〜。
「でも、ありがとう陣くん。ちゃんと考えてくれてるのはいまので伝わったよ」
「物分かりのいいお姉さんは損するよ」
言葉の上っ面だけじゃなくて、その裏まで理解してくれる紫穂里だからこそ惹かれるんだよ。
「それは陣くん次第だよ。私に損させないでね」
癒しの女神さまは俺の決意を待ってくれている。
「善処します」
テーブルの上にある紫穂里の左手に手を伸ばす。一瞬驚いた紫穂里が優しく微笑んでくれた。
「あっ、それとも全部すっ飛ばして既成事実作っ—」
「らないからね?」
これが紫穂里の本性なんだろうか?
不安がないわけではない。
それでも、俺は紫穂里との未来は有力な選択肢の一つなんだと言うことを理解している。
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