第33話 秘密のディスカッション

「はぁ〜」


  朝、教室に着いた俺は自分の席に座ると、机に突っ伏してため息を吐いた。


「おはよう、だいぶお疲れのようね」


 後ろの席から手を伸ばしてきた久留米が背中をトントンと叩きながら話しかけてきた。


「ああ、おはよう。朝からちょっとな」


♢♢♢♢♢


 登校中のこと。つむつむが迎えにきたので、静と3人で歩いてると「おはよう」と声をかけられた。確認するまでもない声だけで判別できる人物。

 慌ててつむつむが俺の腕に抱きついて密着してきた。


「お、おはようございます」


 相手はつむつむ直系の先輩。さすがに無視はできない。


「よお」


 つむつむの勢いに負けそうになりながらも、京極の挨拶に応える。


「ねぇ、陣。久しぶりにお昼一緒に食べない?陣の好きなてりかけも作ってきたよ」


 背負ったリュックを俺に見せるように半身になった京極。

 まあ、こいつの料理の腕は間違いないことはわかってる。


「部活のやつらと食うから無理だな」


 京極と別れてから俺は、昼休憩は部室で過ごすようになっていた。

 帯人はいまだに久留米とラブラブランチタイムだからな。


「じゃあ、お弁当だけでも—」


「今日は静が作ってくれた弁当がある」


 後ろを向くと静がドヤ顔をしている。作ってもらった手前、何も言えないけどな。


「明日、明日は一緒に食べよ?また作るから前みたいに屋上で」


 なかなか引き下がらない京極に、俺の腕でダッコちゃんになっているつむつむは不安顔。


「新入生も入ってきたばかりだし、昼は部室だ。お前も友達とでも食べろよ」


 つむつむと静を見やり先へと促す。


 京極は頭を左右に振った後に小さく何か呟いていた。


♢♢♢♢♢


『キーンコーンカーンコーン』


 チャイムが鳴り、授業が終わると購買組がダッシュで教室を出て行く。

 今日は4限が早めに授業を切り上げてくれる数学のさよぽんこと三木小夜みつきさよ先生だったので購買組は他のクラスの連中を出し抜けたことだろう。


 俺も弁当箱の入っている保冷のトートバッグを持って席を立つと、後ろから制服を引っ張られた。


 「なんだよ?」


 突然制服を引っ張られたので若干イラッとしたのを勘付かれたのか、犯人の久留米は肩を窄めながら「怒らないで」とでも言いたげな表情をしている。


「たまには一緒に食べない?」


「お前らがイチャイチャしてるのを見ながら弁当食ったら胸焼けするわ」


 久留米のありがたい申し出を断って教室を出た。


 俺たちの教室は2階の西側2つ目にあるので、階段を降りて昇降口で靴を履き替えてから、グラウンドを挟んで校舎とは反対側にあるクラブハウスに向かった。

 

「う〜す」


 部室の扉を開けるとすでに数人の部員が弁当わ食べ始めていた。


「よう西。お前もすっかりここの住人になったな」


 俺を出迎えてくれたのは両翼の相方の東野。そのほかには3年の前川先輩と度会わたらい先輩。東野の中学からの後輩の釜寺かまでら奥本おくもとだ。


「おっ、東野。今日はコンビニ弁当か?」


「おう、バイト帰りに買ってきた」


 東野は運送会社の早朝の荷物の仕分けのバイトをしているらしく、噂では授業中はほとんど寝てるそうだ。


 弁当を食べ終わるといつものようにディスカッションが始まる。今日のテーマは高校生らしく『恋愛』らしい。


「俺の嫁は恵以外考えられない」

 前川先輩はテーブルを叩きながら熱くかたる。


「いやいや、お前には美琴の尊さが理解できないのか?」

 度会先輩は首を左右に振りながら残念がる。


「いやいやステラのいじらしさいいんすよ」

メガネをかけてないくせにクイッとメガネを上げる真似をする釜寺。


「悠月の俺だけに見せる弱さにキュンとするんすよ」

 自分の身体を抱きしめている奥本はかなりキモい。


 ここからが本番で議長の東野を中心にみんなの想いの丈をぶつけていく。

 まあ、俺はぶっちゃけ座ってるだけなのでコーヒーを買いに行くために席を立つ。


「東野、コーヒー買いに行くけど何かいるか?」


「いつも悪いな。ネクター頼む」

 東野から100円を受け取る。


「前川先輩はlifeguard、度会先輩はメローイエローっすか?」

 大体飲むものは決まってるので100円を受け取ると「俺行ってきますよ」と釜寺が名乗り出る。

  

「いいから、いいから。お前らはディスカッション楽しめよ」


 そのまま椅子に座らせて俺は部室を出た。


 グラウンドには食後の運動なのか何人かの生徒がサッカーをしたりキャッチボールをしたりしている。


 俺はグラウンドを横切って昇降口にある自販機で飲み物を買い、部室から持ってきたカゴに入れた。


「陣くん?」


部室に戻ろうとしたところで紫穂里に声を掛けられた。友達と一緒にいたみたいだけど、その場で手を振って別れていた。


「友達良かったの?」


 俺の質問が気に入らなかったらしく、頬を膨らませながらジト目で睨まれた。


「わかってて聞かないでよね。いまから部室?」


 サッカー部と書かれたカゴを見て紫穂里が聞いてきた。


「そう。ご一緒します?」


 あまりお勧めしませんが、と。


「もちろん」


 膨れっ面からいつもの笑顔に変わった紫穂里が俺の隣にきて一緒にカゴを持ってくれた。


 部室に戻ると扉の外からでもわかるくらいの大きな声が聞こえてきた。犯人は前川先輩だ。


「前川くん、熱弁だね」


 内容まではっきりと聞こえてくるので紫穂里は苦笑い。


「いつものことだけどね。っし、ただいま」


 扉を開けて部室に入るが、ディスカッションに夢中で俺たちの存在に気づいてくれない。


 反応がないため、紫穂里がカゴから飲み物を取って配ってくれた。もちろん1年の分も。


「おう、サンキュー西……じゃね〜じゃんか!」


 飲み物を受け取ってやっと気付いた前川先輩が紫穂里を見て固まる。

 いや、みんなだな。

熱くなってたのが恥ずかしいのでだろう。ディスカッションは強制終了となった。


「な、なあ有松」


 度会先輩が紫穂里をチラッと見て話しかけた。


「どうしたの?」


 紫穂里に話しかけられた度会先輩は赤い顔で俯いてしまった。


「お、おう。あのさ、お前……西と付き合ってるの?」


 突然の質問に場が凍る。

 

 本人のいる前でよく聞いたなぁ。その積極性がサッカーでも発揮できればレギュラー狙えるのに。


「ん?ううん、まだ付き合ってないよ」


 紫穂里が意味ありげに俺の顔を見ながら度会先輩に答える。


「そ、そっか。最近、噂になってたからさぁ」


 三次元の噂も気にしてたのは知らなかったわ。


「付き合ってはないけど、週末はデートなんだけどね、ね、陣くん」


 その途端、みんなからの鋭い視線が俺に突き刺さった。


「「「「「リア充爆発しろ」」」」」


 チームワークばっちりだよね。





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