第32話 幼馴染の逆襲

「おはよう陣」


 朝、インターホンが鳴ったので玄関の扉を開くと、そこにいたのはつむつむではなく、京極だった。


「何してるんだ?」


 たぶん、俺の反応は間違っていないはずだ。

 たしかに昨日、一緒に晩飯は食べた。

前のようにパスタとピザをシェアして。


「一緒に学校行こう?準備まだだった?」


 これまでの一か月はなかったかのような態度の京極。


「あ、あぁぁ〜、なんで、京極先輩が、いるんですか!」


 知らないうちにいつもの時間になっていたようで、つむつむが迎えにきた。


「あら、おはよう紬。なんでって隣に住んでて一緒の学校に行くんだから、一緒に行けばいいと思わない?」


 当たり前でしょ?と言わんがばかりの京極に、珍しくつむつむが反論する。


「お、思いません。先輩は、私と行く約束をしてるんです」


「どしたの?」


 玄関先でのやり取りが家の中にまで聞こえたらしく、歯ブラシを持ったまま静が出てきた。


「おはよう静。そっか……うん。陣、今朝は静と行くよ、話したいことあるし。いいよね静?」


 玄関を開けている俺の腕の下から静を覗き込む京極に、一瞬狼狽た静だったが、思うところがあったらしく了承した。


「う、うん。わかった」


♢♢♢♢♢


 そんな騒動があったからか、今朝はつむつむの距離が近すぎる。いや0距離と言うか、マイナス距離なのか?

 ギュッと抱きしめた俺の左腕は、その小柄な身体からは想像できない胸に埋まっている。


 行き交う栄北生からは生暖かい視線と、刺すような視線を向けられている。


「なあ、つむつむ。歩きにくいから少し離れないか?」


 もちろんね、邪魔というわけではない。

けどね、俺の立場と言うか、理性と言うか。

いろいろなものがこの状況を「NO」と訴えている。


「だ、大丈夫です。全然歩きにくくないです。先輩の邪魔もしてません」


 全く取りあってくれないんだよね。


「はぁ、そうですか」


 すでに学校は視界に入っているので、諦めることにした。


♢♢♢♢♢


「おはよう」


 教室に入ると珍しく久留米が先に来ていた。


「うす。お前が先なんて珍しいな」


 自分の席に座りイヤホンを耳に掛けると、チョンと指で摘まれて、掌に乗せられた。


「織姫と話したんだって」


 すでに京極から聞いていたのか。


「まあな」


 仕方なくイヤホンを鞄にしまい、久留米に向き合う。


「で、どうするの?えっとやっぱり復縁は無い感じ?」


 経緯を知っているからこそのなんだろうな。


「あると思うか?」


「……ない、かな」


「わかってんじゃん」


 俺はため息を吐きながら話を続けた。


「あんな別れ方したのに、少し話して、はい元通りってある?」


「……ない、かな」


「友達として、ということならそのうちあるかもしれないけど、恋人としては……なあ」


 困ったように笑う久留米。


「まあ、お前に迷惑かけるようなことがあったら本人に直接文句言ってくれな。当方では一切関与致しません」


♢♢♢♢♢


「バカなんじゃない?」


 年上の幼馴染の話を聞いた私は怒りを通り越して呆れた。まさかこんな話をされるとは思ってなかった。


「……反省してる」


「それは当たり前!でさっきのは何?つむつむの邪魔?」


 お兄ちゃんが姫ちゃんと別れた時点で私はつむつむを推している。親友なんだもん。当たり前でしょ?まさか私にフォローしてもらいたいとでも思ってるわけ?


 本命つむつむ、対抗有松先輩、大穴でバイトが一緒の妙先輩だろう。


「邪魔と言うか……、あ〜、うん。取り繕っても仕方ないもんね。そう捉えてくれていいよ。今は無理だとしても将来的にはわからないもん」


 はぁ〜、いくらお兄ちゃんが優しくても今回のことは許せないと思うんだけとなぁ。


「まあ、私はつむつむの応援するから。姫ちゃんはこれ以上お兄ちゃんに迷惑かけないでね」

  

♢♢♢♢♢


「紫穂里ちゃん、硯先輩どうした?」


 アップの後、ボールを出してきてくれた紫穂里に帯人が問いかけると、紫穂里は苦笑い。


「辞めちゃったみたい。私もさっき先生に聞いたばかりなんだけどね」


 一昨日のことは朝練中でも話題になっていた。渦中の硯先輩も居づらそうにしてたので、耐えきれずに逃げたということだろう。


「ダサっ!いくらなんでも諦めが早過ぎじゃない?まあ、静ちゃんと顔合わせづらいのはわかるけどさぁ」


 朝一番、静はみんなの前で硯先輩に頭を下げた。やり過ぎてすみませんでした、と。

その謝罪に対する硯先輩の対応も良くなかったため、さらにヘイトを集める結果になったんだけどな。


「ねぇ陣くん」


 チョンチョンと紫穂里に袖を引っ張られる。


「何?」


 探るようにじーっと俺を見つめる紫穂里がフッと笑顔に変わった。


「ううん。あっ、ねぇ。デートの件なんだけどね?今週末はどうかな?すぐにインハイ予選が始まっちゃうから早めがいいと思うの」


「買い出し?」


「ううん、デート。はっきり言っておかないと意識してくれないんだもん。買い出しは来週末に行くので別件でお願いします」


 サラッと2週連続の予定をぶっ込んできた紫穂里。つむつむといい、紫穂里といい、最近の女子は肉食系が多いみたいだ。


「来週末はバイトが夕方から入ってるからね」


 買い出しなら断れないので、あらかじめ予定を伝えておこう。


「うん。じゃあついでに今日は一緒に帰ろうね」


 ……今日だよ紫穂里。


 練習が終わり紫穂里と校内を歩いていると、校門で京極が立っていた。


「陣、一緒に帰ろう」


 隣の紫穂里から負のオーラが溢れ出しているようだ。


「ごめんね京極さん。私が陣くんと帰る約束してるの。2人で帰りたいから遠慮してもらえるかな?」


 顔だけニコニコしている分、怖い。


「あ、有松先輩いたんですね。視界に入ってませんでした。私は陣に話しているんですよ。先輩には聞いてません」


 修羅場の様相に野次馬が群がってくる。


「はいはい、ごめんね〜。は〜い、織姫は私たちとタピるから西くんとは帰れませ〜ん」


 野次馬の間から華さんはじめバレー部の2、3年生が数日、京極を囲んで連れ去っていった。


「この前はごめんね。姫にもちゃんと話しておくから。しほりんもこの前はごめんね」


 俺たちだけに聞こえるくらいの小さな声で華さんは呟くと、京極を拉致したバレー部員の後を追って行った。

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