第31話 幼馴染は残念な子
「いらっしゃいませ。お連れさまお待ちですよ」
放課後、俺は先月頭までよくきていたファミレスに来ていた。
対応してくれたのはすでに顔見知りとなっている女子大生アルバイト。
よく座っていた窓際の席に、待ち合わせの相手がいた。
「ドリンクバー2つ」
「かしこまりました。グラスはあちらになります」
改めて説明してもらうまでもないが、お店の決まりごとなんだよなぁ。
特に話すでもなく、ウーロン茶を注いで席に戻った。
京極は俯いたまま席に座っている。
俺たちのテーブルだけ時間が止まっているかのように静寂に包まれている。この店でこんな時間を過ごすのは初めてた。
京極と2人で、帯人や久留米と4人で過ごしたあの頃は、こんな時間を過ごす日がくるとは思わなかった。
「そろそろいいか?」
きっかけを与えてやらなければ埒が開かないだろう。俺の声に京極はビクッと身体が震えた。
「……うん」
弱々しいその声に、その姿に苛立ちを覚える。
「話したいことがあるんだろ?聞いてやるから話せよ」
語気を荒げないように言ったつもりだったが、自分で聞いてもわかるくらいに苛立った口調になっていた。
「……ごめんなさい」
捻り出すように出した言葉はシンプルな謝罪の言葉だった。
「何が?」
フッてごめんなさい?
二股だったのごめんなさい?
「私のせいで勘違いさせて、傷つけたこと」
この言い方だと、俺が勘違いしたのが原因と言ってるようなものだよな?
俺の苛立ちが態度に現れていたのだろうな。京極は頭を左右に振ってから小さく深呼吸をした。
「ごめん。言い方間違えたね。陣のせいじゃない。ちゃんとわかってる。お願い。……お願いだから最後まで私の話を聞いて。お願い」
神妙な面持ちで頭を下げる京極。
「どっちみち今日でお前と関わるのは最後だからな。言い訳くらい聞いてやる」
いつまでも引きずるつもりは俺にもない。じゃないと俺も前に進めない。
「嫌……最後になんてしたくない!」
最後という言葉に過剰なまでに反応した京極は、両手でテーブルを叩いて身を乗り出してきた。
静まる店内。視線が俺たちへと注がれる。
「……おい」
ハッとした京極が慌てて座り直す。
店内を見渡すと顔見知りの店員さんと目が合ったので軽く会釈をした。
「ごめん。でも……私は最後になんてしたくない」
いまさら別れた男にどうしろと言うのだろうか?
友達に戻ろう?
幼馴染に戻ろう?
俺の中ではない選択肢だ。
「ここがうちの学校の生徒もくる店だってのはお前もよくわかってるよな?俺と一緒にいるのが彼氏にバレたら困るのはお前だろ?わざわざリスク覚悟で二股までしてゲットした彼氏だろ?大事にした方がいいんじゃないか?」
俯いていた京極の顔がガバッと上がった。
「朱音ちゃんにも怒られたんだけどね」
そういえば、話をしたと言ってたなぁ。
「私、佐々木くんとは付き合ってないよ?あの日、陣と別れたあの日、一緒に帰ったのは認める。手も……繋いだ、ね」
「友達だから手を繋いで帰りました?ないとは言えない。でも別れた当日にそんなことしたらどうだ?」
グッと唇を噛んで苦々しく表情をする京極。
「乗り換えた、って。二股だったって思われても仕方ない、ね。でもね。それは違う。初めからちゃんと話すね」
気を取り直そうと京極は深呼吸をしてから俺の目を真っ直ぐに見てきた。
「矛盾してると思われると思うし、おかしいって朱音ちゃんには言われた。現状からいっても私が間違ってたって理解できた」
俺に向いていた視線が下に落ちていく。
「怖かった。私ね、いつか陣に飽きられちゃうんじゃないかって思ってた。陣といるのはすごく安心できるの。無言の時間だって気にならない。だからね?結婚するのは絶対に陣だって、今だって思ってる」
「勝手だな」
「うん、勝手だね。でもね、彼氏彼女ってそうじゃないんじゃないかな?って思ったの。もっとドキドキして、ハラハラして。でも陣とはキスしても、エッチしても安心感しかないの。だからね?これじゃあお互いダメだなって。彼氏、彼女としてはダメだって思ったの」
彼氏としてイマイチ発言はこれが原因か。
「どうすれば陣にドキドキするだろうって、どうすればドキドキしてもらえるだろうって考えたとき、新しい関係だったらドキドキするんじゃないかなって。だからね、男バレに協力してもらって彼氏役になってもらった。もちろん、キスもしてないし、身体も触られてないよ?あ、のね。手は繋いじゃったけど……」
俺にはこいつの思考が理解できなかった。いや、久留米も出来なかったから俺は正常な思考なんだろうな。
理解できない話の中でも、俺はこいつに言わなきゃいけないことがあった。
「お前はどうか知らないけど、俺はいつもドキドキしてた。勝手に俺の気持ちを決めつけるな」
安心だけじゃない。こいつは俺にいろんな感情を教えてくれていたんだ。
「……えっ?そうだったん、だ」
少しハニカンだ後、苦々しい表情に変わる。
「やっぱり私、バカだね」
俯き、黙り込んむとしばらくして、身体が震え始めた。
時折、小さなため息や鼻を啜る音が聞こえてくる。
どれだけ時間が経ったのだろうか。俺たちに会話のない間に、店内な客は入れ替わっていた。
夕飯の時間に差し掛かり、親子連れやサラリーマン、カップルが次々と来店していた。
「……陣」
赤い目をした京極が顔を上げて俺を見据えている。
「なんだよ」
「……やり直したい、もう一度、私と付き合ってください」
逸らすことのできないその視線は京極の強い意志を表していた。
「悪いけど、考えられない。お前が考えてたことはわかった。だからと言ってまたお前とすぐ付き合うなんて考えにはならない」
紫穂里の思いも、つむつむの思いも、今は関係ない。
京極なりに俺とのことを考えてたのはわかった。だからと言ってまた付き合う気にはなれない。
「それは、一生無理ってこと?」
「それは極論だろうな」
先のことはわかるわけがない。いつか京極のことを許せるかも、再び好きになる日がこないとは言いきれない。
「待つ」
「はっ?」
「ずっと待つ。ううん。待たない。待っててもだめだ。許してもらえるように頑張る。信用してもらえるように頑張る。また、好きになってもらえるように頑張る。だから、また話しかけてもいい?」
俺は今、京極に対してどんな思いを持っている?話しかけられるのも嫌なくらい嫌か?
「……それは……」
付き合わないから話さない?
友達としてならいいのか?
答えることができないでいると、京極がメニューを俺に渡してきた。
「久しぶりにご飯、一緒に食べよう?後のことは陣がゆっくり考えて。私はもう迷わないから」
吹っ切れたような物言いだが、強がっていることはわかった。
「いつものにする?すみませ〜ん」
俺の返事も待たずに店員さんを呼んだ京極は、いつものようにカルボナーラのピザと明太パスタのWを注文した。
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