第30話 だせぇな
表彰式が終わり、控え室に戻る頃には俺も帯人も間近に迫ったインハイ予選のことに頭を切り替えていた。
新人戦の結果を受けて、俺たち栄北高校は地区予選は第一シードになり3回戦からの出場となる。
控え室にはマネージャーやベンチ入りできなかった一部の生徒が集まっていた。
「よし、みんなお疲れさん。敗れたとは言えPK戦だ。悲観するような結果じゃない。とは言えインハイ予選まであまり余裕がないから各自問題の洗い出しをしておけよ」
監督は簡単に挨拶をしてから応援にきてくれてた他の先生たちに挨拶に行った。
「じゃあ準備のできたやつから解散な。明日は休養日だからしっかりと身体休めろよ」
なかなか帰るきっかけがない中で、中西先輩がみんなに声を掛けた。
紫穂里はPKを外した俺を心配してくれているらしく、試合に出たメンバーの体調確認を俺を起点にやっている。
帯人は暗い雰囲気の控え室に気を使ったのだろう。中西先輩の発言を茶化した。
「キャプテン。バレー部も明日は休養日でしょ?デート?」
軽い感じで話しかけると、その口調が気に入らなかったのか硯先輩が口撃してきた。
「おいおい。いつもは自信満々のくせに大事なところでヒョってPK外したやつが随分と偉そうだな?反省って言葉知ってるか?」
「全くだな。そんなやつがうちの10番背負ってるのかよ」
「隣のハーレム野郎も女にかまけて練習不足なんじゃないか?」
他にも帯人のことを気に入らない3年生が数人、硯先輩に便乗してきている。
『ガタン』
隣で紫穂里が立つ気配がしたので、手を握り座らせた。
「陣くん?」
「……話にならないからほかっとけよ」
「てこと。紫穂里ちゃんが怒ると余計に拗れるから大人しくしててね」
相手にするだけ時間の無駄。
ここにいる大多数の人間は呆れ顔をしている。
正論ではないので言わせておけばいいだろう。中西先輩はこの後、個別に注意するつもりなのか硯先輩を睨みつけている。
紫穂里も落ち着いてくれたらしいのでそろそろ帰ろうとしたところ、硯先輩がまた因縁をつけてきた。
「だいたいなんで俺が左サイドだったんだよ。あそこは俺が右サイドに入ってれば—」
『バシャン』
「いい加減にしてください!」
辺りに水しぶきが飛び、当の硯先輩はバケツで水をぶっかけられて水浸しだ。
「みっともないと思わないんですか?みんな言わないからはっきり言ってあげますよ。先輩のせいで失点したんです!それを帯人先輩もお兄ちゃんも必死に取り返してくれたんです!それにPKだって。なんで途中交代で体力に余裕があったあなたが蹴らなかったんですか?フルタイムで走り回って疲労困憊の先輩達に蹴らせて外せばけなす?最低の人間ですね!」
その声の主は紫穂里でも、中西先輩でもなく、幼少の頃から聞き馴染んだ妹の声だった。
「なんだと一年、お前自分がやったこと—」
「硯、お前こっちこい」
いつの間にか控え室に戻ってきていた監督が物凄い形相で硯先輩を連れ出した。
控え室を包み込みなんとも言い難い空気。
いまだ興奮冷めやらぬ静を紫穂里がギュッと抱きしめている。
「なぁ、陣」
帯人が俺の肩に手を置きながら話しかけてきた。
「年下の女の子に庇われるなんて、俺たちだせぇな」
そんな台詞とは裏腹に、帯人の表情は緩んでる。
「だな。妹に庇われるなんてだせぇな」
2人顔を見合わせ苦笑い。
ことの張本人は紫穂里に抱きしめられて困惑中。
「あ、あのっ、先輩?そういうことはお兄ちゃんにお願いします」
おい妹。何をお願いしてるんだ。
「うん。お願いされなくてもするから大丈夫」
大丈夫の意味がわからない。
「とりあえず、掃除道具借りてくるわ」
少しくらいお兄ちゃんらしいところ、見せておかないとな。
♢♢♢♢♢
その夜、帯人の提案で紫穂里と静を誘ってて4人でファミレスで晩飯を食べてから家に帰り、ベッドでゴロゴロしているとスマホが震えた。
「もしもし」
『私、織姫だけど、今、いいかな?』
少し緊張したような声色の京極からの電話。きっと部屋の窓を開ければ会話のできるくらい近いはずの距離にいるのに、遠い存在。
「……ああ」
『明日は休養日で部活休みだよね?』
「だな」
さっき、つむつむから優勝しましたとメッセージがきていた。試合にも出れましたと。
『前にお願いした話。明日の放課後、いつもの場所で待ってるね』
「了解」
『うん。じゃあまた明日ね。おやすみなさい』
「ああ」
いつものね。
俺はスマホを枕元に置いて目を閉じた。
「明日も忙しくなりそうだ」
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