第29話 新人戦決勝

 新人戦決勝。

 相手は鉄壁のディフェンスと中学時代からの帯人のライバル、遥翼擁する城西高校。


「いいか、インハイも選手権も城西を倒さなければ叶わない夢だからな。しっかりと結果出してこい」


「「「はいっ!」」」


 天然芝が敷きしめられた港サッカー場。

プロも時々試合する整えられたピッチで両チームがアップを始める。

 短く刈り取られた芝。ボールがよく走りそうだ。


「陣くん」


 アップを終えベンチに戻った俺を紫穂里が手招きして呼んでいる。


「どうしたの?」


 みんなが一旦控え室に戻る中、通路脇のベンチに座らされギュッと両手を握られた。


「はいっ、私の想いも持っていってね」


 手を離した紫穂里が優しく微笑んでくれた。


「頑張るよ」


「うん」


 ベンチから立ち上がった俺は紫穂里の頭をポンポンとしてから控え室に戻った。


♢♢♢♢♢


『ピー!』


 城西のキックオフで試合が始まった。


 相手のフォーメーションは4-5-1。

俺の今日の役割はセカンドトップともトップ下とも言える位置から左サイドに流れる傾向にある相手の10番を抑えながらサイド攻撃にも参加することだ。


『遥!』


 ボランチから中央やや左側でボールを受けた10番がトラップと同時に南雲先輩を交わしてサイドに開いてきた。


「先輩は中!」


 躱された南雲先輩を内に絞らせて、スピードに乗らせないようにチェックに行く。


「っの!」


 俺が身体を寄せる前に逆サイドに大きく展開されアーリークロスで中央に折り返されたが、中西先輩の好判断により難を逃れた。


「陣」


 ボールがラインを割ったところで帯人が声をかけてきた。


「前半はイン主体で攻めるぞ」


 司令塔帯人からの指示で前半はポゼッションを高めることに注視し、サイド突破を控えた。


 前半を終えてスコアレスドロー。


 ハーフタイム


「紫穂里ちゃん、ポゼッションの割合どんな感じ?」


 タオルで汗を拭いながら帯人は紫穂里の手元にあるタブレットを受け取る。


「6:4か、カウンター狙いの相手にこれじゃあだめだな」


 ため息混じりで帯人が呟く。

体感としてはもう少し高いと思っていたので、帯人のため息にも納得だ。


「キャプテン、後半はサイドから。両サイドバックのフォロー指示よろ」


「おし、任せとけ」


「前さんはあまり流れないで前衛維持ね。そのかわりシモは走り回れよ。そのために前半サボってただろ?」


 ワザとらしく舌を出す下田。


「陣と東野はぶっ倒れるまで走れよ。ガンガンボール放り込んでくからな」


 東野と顔を見合わせて頷き合う。


「よしいいか?」


 帯人の話が途切れたところで監督が声を掛けてきた。


「後半は積極的に行くぞ。硯、頭からアップしておけ」


 その声に俺はバレないように監督を睨みつけた。

 その時、背中にそっと手を添えられた。


「頑張って」


 耳元で囁かれた紫穂里の声に荒れそうだった心に安心感を抱いく。


♢♢♢♢♢


 後半が始まってからも帯人は積極的に中央突破を繰り返させた。

 硬直状態が続いた後半20分。

うちのベンチに動きがあり、サイドラインに硯先輩が立つ。

 俺は深いため息を吐きながらサイドラインに走り出した。


「西!お前じゃないぞ」


 最後尾から聞こえた声にハッとし、硯先輩の隣の副審を見ると、そこには「2」ではなく「3」と表示されていた。

 硯先輩は東野とハイタッチで入ってくると、そのまま左サイドにポジションを取った。


 ベンチからの明確な意思表示を受けて、帯人のゲームメイクに変化が訪れた。

 頻繁にインとサイドを出入りする両サイドハーフ。

 そのスペースに俺と硯先輩が走り込む。


 そして後半30分に試合が動いた。

帯人から中央にいた俺にクサビのパスが入る。俺がダイレクトで植田先輩に落とすと、そのまま右サイドの奥にパスが送りこまれるが、長くなったそのボールはエンドラインわ割った。

 

 城西のゴールキックでリスタート。

最終ラインを形成すべく素早く自陣に戻ると『ドンっ!』という音と共に左のスペースにボールを放り込まれた。


 硯先輩がいなければいけないところに。


「硯サボるな!ディフェンス、ズレて対応しろ!」


 中西先輩のコーチングで俺は中央にポジションを移しセンターリングに備える。


「くそっ!」


 フォローに行った南田先輩が後ろから飛び出してきた10番に躱された。

 そのままドリブルで中央突破を仕掛けてきた10番に対応の遅れた俺たちは止める術がなく、最後は飛び出した中西先輩もドリブルで躱されて先制点を許してしまう。


「っそ!」


 地面を叩いて悔しがる中西先輩を尻目に、俺は急いでボールをセンターサークルに戻した。残り時間僅か。

 

 先制されたことで疲労が一気に溢れ、足が鉛をつけたように重くなる。

 まだポジションに戻れてないやつらを他所に、センターサークルには帯人が待ち構えている。


「まだ時間あるよ!諦めないで!」


 ベンチから紫穂里の声援が届き、前川先輩がサークル内に入り、帯人は素早くパスを出した。


「焦るなよ!ワンプレーワンプレー丁寧にだぞ!」


 慌てて帯人に戻そうとした前川先輩が植田先輩までボールを下げる。

 

愚直にいくしかないな。


「くれっ!」


 相手は引いて内を固めているので、サイドは手薄になっている。  

 植田先輩からのパスを受けた俺は南雲先輩とのパス交換でサイドを駆け上がり、ファーサイドには前川先輩が待ち構えている。

 

「下田!」


 俺の前に流れてきた下田。

縦に出せとばかりに左手を伸ばしてボールを要求する。


 顔を見合わせニヤリ。

俺はディフェンダーを引き連れて流れていく下田の後方にシュート並のグラウンダーのパスを出した。


「ナイスだ相棒!」


 下田と前川先輩のツートップの間に左サイドから流れてきた帯人が滑り込む。


「チッ!」


 帯人のスパイクを掠めて僅かにコースを変えたボールはゴールキーパーの逆をつき、ゴールに突き刺さった。


『ピー!ゴール!』


『ピッピッピー』


 同点ゴールのすぐ後に再度ホイッスルが吹かれた。

 

 新人戦では延長戦はないために5分のインターバルを挟んでPK戦が行われる。


「唐草、ナイスだ!」


「西もよくやったな!」


 ベンチに戻るとチームメイトから祝福の言葉を貰ったが、最後に無茶をした反動で俺も帯人も膝が笑ってる状態だ。


「陣くん、お疲れ様。蹴るのは難しそうかな?」


 ベンチに戻ってきた俺を見て紫穂里は心配してくれてるみたいだ。


「蹴れと言われれば蹴るよ」


 ここまで責任逃れのようなことはできない。


「時間がないから手早く決めるぞ。蹴りたいやついるか?」


 監督がみんなを見渡しながら確認する。

いつもなら真っ先に手を挙げる帯人も自分の状況を考えてか、様子を見ている。


「俺が行きます」


 真っ先に手を挙げたのはキャプテンの中西先輩だった。


「却下、点を取るのは俺の仕事だ。お前はゴールを守るのが最優先」


「んじゃ、俺がその次いきます」


 前川先輩が中西先輩を押し除けて1番手に名乗りを挙げると、相方の下田は2番手に名乗りを挙げた。


「じゃあ3番手は俺が行こう」


 座り込んで足をマッサージしていた植田先輩が手を挙げた。


「あと2人だな」


 監督が周りを見渡すと帯人がいつものように不敵に笑う。


「主役は最後って決まってるんだぜ?」


 初めから蹴るつもりだったのかはわからないが、すでに覚悟を決めたらしい。

 それなら俺の役割もハッキリとする。


「脇役が主役の前だろ?」


 帯人に笑いかけると、呆れた顔でため息をついた。


「ラノベのハーレム主人公みたいなやつが何言ってやがる」


 みんなを笑わす冗談のつもりだろうが一部から鋭い視線を感じるからやめろよ?


♢♢♢♢♢


 俺たちはコイントスにより後攻となり、両チームとも3人目までは誰も外さなかった。


 相手チームの4番手。

狙いすましたグラウンダーのシュートは、ゴールマウスを捉えることなくポストに阻まれた。


「シャー!」


 ゴールライン上では中西先輩がガッツポーズを決めている。


「陣くん!ファイト!」


 ペナルティマークにボールをセットする俺に紫穂里が声援を送ってくれた。


『ピッ』


 ホイッスルが吹かれ、俺は小さな助走からゴールを狙った。

 ゴール左隅にコントロールしたシュートはキーパーの逆をついて……


『カンッ』


 ゴールポストに阻まれた。


「クッ!」


 やり場のない怒りを抑えながらチームメイトの輪に戻ると、帯人が背中をバシッと叩いてきた。


「盛り上げてくれるなぁ」


 俺が決めていれば帯人にのしかかるプレッシャーも軽くなっていただろう。

 相手の5番手は10番が登場。

 大胆にも真ん中にチップキックで決めてきた。


「なんだよ。俺が決めても同点になるだけじゃんか」


 軽口を叩く帯人だが、ペナルティマークに向かう足取りは重そうだ。


『ピッ』


 ホイッスルが吹かれ、軽めの助走から蹴り出されたシュートは、枠を大きく外れてゴールのはるか上を通り過ぎた。


『ピピー』


「やったぜー!」


 歓喜の輪のできる城西。


 ゴール前に立ち尽くしている帯人はまるで、1994年のアメリカワールドカップ決勝で見せた、イタリアの至宝、ロベルト・バッジョのようだった。





 

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