第28話 俺だけが
改札を抜けて地上に出ると眩いばかりの光に照らされた。
隣のつむつむを見ると俺と同じように額に手を当てて日射しを遮っている。
「晴れて良かったけど暑くなり過ぎるのは勘弁だな」
動物園までの短い距離を歩くだけで薄らと汗が滲んだ。
「せ、先輩。ふれあいたい、です。うさぎさん見に行きましょう」
まだ入場していないのに、つむつむはソワソワしだして俺の手をグイグイ引っ張ってくる。
入り口で、事前に購入しておいたチケットを2枚渡し動物園に入って行った。
「先輩、あの、お金いくらですか?」
鞄を開けて財布を出そうとしているつむつむ。
「いや、そこはカッコつけさせて」
苦笑いでつむつむに財布を仕舞わせて場内を見渡す。近年はイケメンゴリラが話題になり客足が戻ってきてるみたいだが混雑するほどでもなく、昼食も余裕をもって食べれそうだ。
「ふれあい広場って一番奥だろ?そこは後にして手前から順番に行こうか」
「はいっ」
ここの動物園も、旭山動物園で話題になったように動物の見せ方も工夫されている。
この動物園でも徐々にではあるが一部でその片鱗がうかがわれる。
「おっきいですね〜」
動物園といえばゾウとキリン。
その2種類の動物が真っ先に思いつく人も多いだろう。
アジアゾウの優雅な鼻さばきを見ながらつむつむが目を輝かせている。
楽しんでくれてそうだな
「先輩、次、うさぎさんです。ふれあえないけど、うさぎさん見に行きましょう」
大きなゾウの隣に小さなうさぎ。
ギャップが激しいなぁ。
ふれあい広場の行われるこども動物園にもうさぎはいるので、ここはサラッと流した。
園内に入ってからというもの、つむつむはずっと俺の左腕に抱きついてる。そりゃもう木に抱きついているコアラのように。
「う〜ん、動きませんねぇ」
「だな。餌代かかってるんだからもう少しサービスして欲しいよな」
コアラ1頭の餌代は年間で800万ほどかかるらしい。たしかに寝てる姿も愛くるしいが、もう少し近くで愛想振りまいて欲しいものだ。
「寝てても起きててもかわいいなんて、ズルイですよね」
動物に対抗意識を燃やしてどうするんだよ、と心の中で思ったが
「つむつむもいつもかわいいぞ」
本心からの言葉なのに、つむつむは頬を膨らませて不満顔。
「そ、そのかわいいは小さいからって意味、ですか?」
なるほど、つむつむとしてはマスコット的な扱いをされるのに嫌気がさしてるのかもしれないな。
「ごめんごめん。確かに小さいからってのもあるけど、それはつむつむの個性だろ?それに最近は大人びたところも出てきたから、たまにドキっとさせられる」
その言葉を聞いたつむつむの膨れっ面は、いつの間にか弛緩し、時折「えへへへ」と言う笑い声が聞こえてきた。
コアラ舎を出ると11時を回っていたので、俺たちは少し早めの昼食を摂ることにした。
園内のフードコートは、まだ早い時間帯にも関わらず7割程度の席が埋まっていた。
俺は「トマト坦々きしめん」と「クマピザ」を、つむつむは「エビとアボカドの天ぷらきしめん」と「ライオンピザ」を購入した。
「先輩!見てください。クマさんも、ライオンさんもクオリティが高いです」
つむつむはスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮った。
「確かにこれはすごいな。あ、つむつむ食後にコアラ食べるか?」
「ちゃんとアイスをつけてください。あ、あのいまさらだけど食べ過ぎかなって……」
どこをどう見ても太ってなどいないつむつむ。あえて言うなら栄養分はピンポイントで女性を意識させる部分にいっているのではないかと思う。
「食べた分は消費するだろ?午後からも歩き回るんだからしっかり食べような」
イマイチ納得してない様子のつむつむの手首を掴む。
「ほらっ、こんなに細い手首で何言ってるんだよ」
「ふぇ?」
突然掴まれた左手に驚いたつむつむは、右手に持っていた箸を落としてしまった。
『カシャン』
「あっ!悪い。新しい箸もらってくるな」
俺の軽率な行動で驚かせてしまったので、代わりの箸を持ってくるのは当然なんだけど、席に戻った俺を待っていたのは右手で左手首を握りしめてニヤけてるつむつむだった。
「えっと、つむつむ?変わりの箸もらってきたぞ」
俺に話しかけられたことでハッとしたつむつむが「ありがとうございます」と箸を受け取り、何事もなかったかのように食事を続けた。
昼からはつむつむお待ちかねの動物との触れ合いのためにこども動物園に移動した。
入り口でヤギの餌を買い、主役の登場を待っていると小さな男の子がお母さんに餌をねだっていた。
「お母さん、エサあげたいよ!」
男の子は赤ちゃんを抱いたお母さんの袖を引っ張り何度もお願いをしている。
きっとお母さんは男の子がエサをあげているときにすぐ動けないので難色を示しているのだろう。
「お母さん」
男の子は涙目になりながらも諦めきれないみたいだ。お母さんも困ったような顔で男の子の頭を撫でている。
「あ、あの先輩」
どうしたものかと考えていると、つむつむが袖を引っ張りながらエサを見せてきた。
意図を察した俺がコクリと頷くと、つむつむは男の子のところに駆け寄った。
「あ、あの。良かったらお姉ちゃんたちと一緒にあげない?」
つむつむがしゃがみ込んで男の子に話しかけると、それに気づいたお母さんにも、「私が見てるのでこのエサ一緒にあげてもいいですか?」と聞いた。
「いいんですか?」
俺たちを見ながら確認するお母さんに、俺たちは笑顔で「はい」と答えた。
やがてヤギが出てくるとつむつむは男の子の手を引き、一緒にエサをあげ始めた。
「あの、デートの邪魔してしまってごめんなさいね」
隣にきたお母さんが赤ちゃんをあやしながら俺に謝ってきた。
「いえ。彼女から言い出したことですので気にしないでください」
男の子と一緒にエサをあげているつむつむはいつもにも増して輝いていた。
「お姉ちゃんありがとう」
触れ合い体験が終わると男の子はつむつむにピンクの包みを渡した。
「い、いいの?」
隣にいるお母さんも笑顔で頷いている。
「またね!」
男の子は腕を一生懸命振っていた。
♢♢♢♢♢
昼間の暑さも和らぎ、辺りが茜色に染まり始めた頃に動物園を出た俺たちは駅前のファーストフード店にいた。
「今日はありがとうございました」
俺がポテトを頬張っていると、つむつむが徐に頭を下げてきた。
「うん?俺もすごく楽しかったよ」
ぎこちなく笑うつむつむに、俺が今日誘った意図がバレていることを気付かされた。
「先輩の心遣いが嬉しかったし、あの、デートもすごく嬉しかったです」
つむつむの成長を目の当たりにした今日のデートは、彼女を一人の女性として意識させられると共に、自分だけが前に進めてないんじゃないかと感じさせられた。
「あの、先輩」
何かを言い淀んでるつむつむの言葉の続きをゆっくり待つ。
「私、やっぱり負けたくないです。まだ、できること、あります。だから、負けません。自分にも、有松先輩にも。そして……京極先輩にも。だから—」
テーブルに両手をついたつむつむの顔が間近に迫る。
「チュッ」
唇と唇が触れ合い、柔らかな感触が残る。
「私は静ちゃんじゃありません。妹じゃありません。だから……私は負けません」
つむつむも前に進もうとしているのに、俺だけがまだ前に進めないでいるんだと気付かされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます