第27話 成長過程
『ピロローン』
さっきからスマホの通知が止まらない。
もう、まとめて見ようと思い30分以上放置しているのだけど、この間に15件の履歴が残っている。
「全く、乙女だねぇ」
メッセージの送り主は全て同一人物だ。
中学時代からの親友で、なぜかお兄ちゃんにベタ惚れの大島紬。通称つむつむ。
ことの発端は今週の月曜日。
「静ちゃん。あ、あのね。来週、先輩とデ、デートに行くことになったの」
はぁ、それは良かったねぇ。で?
つむつむは普段では見せないような興奮した表情で迫ってきている。
「へ〜、どこ行くの?」
お兄ちゃんのことだ、最近元気のないつむつむを元気付けてあげようとしてるんだろう。
お兄ちゃんの定番のデートコースといえば駅前のショッピングモールだったけど、相手が落ち込んでるつむつむだからなぁ。あ、でももう落ち込んでないかも。
『ピロローン』
ん。そろそろ見ようかな。
つむつむとのトークを開き写真をチェックしていく。
「ちょっと無理して露出し過ぎでしょ」
短絡的な思考のつむつむに頭が痛い。
『全て却下。そんなに露出し過ぎると下品だよ』
すぐに既読がつき着信音が鳴った。
「もしもし?」
『あ、あの。ダメかな?私、いつも子ども扱いされるから少しは成長してるところを—』
「却下。はいはい、一からやり直しね」
通話を切りため息をつく。
成長したところを、ね。
確かに成長したわよね。
うらやましいくらいに。
綺麗な谷間もできてるもんね!
でもそんなことしてもお兄ちゃんの心は奪えないと思うんだよね〜。紫穂里先輩という強力なライバルもいるんだし。
『ピロローン』
さっそく修正版の第一号がきたみたいね。
「いつも通りでいいって気付いてくれたね」
そこに写っているつむつむは、いつも私と出かけるときのような普段通りのつむつむだ。
『合格!念のため勝負下着つけといたら?』
最後だけ、ちょっとからかってみたけど私は紫穂里先輩でも姫ちゃんでもなく、つむつむの味方だからね。
♢♢♢♢♢
朝9時30分。
時間通りに着いた待ち合わせ場所の噴水の前には、ソワソワした様子のつむつむが何度も腕時計を見ては周りをキョロキョロを繰り返していた。
「あ、せ、先輩」
俺を見つけたつむつむはハンドバッグを両手で持ちながら小走りで近づいてきた。
ふんわりとしたロング丈のレースガウンとミニのデニムスカートのつむつむが、今日はトレードマークのツインテールを解いて風になびかせている。
「おはよう、つむつむ。待たせちゃったみたいだな」
きっと何分も前から待っててくれたんだろう。時間通りに行動した自分がなんだか恥ずかしい。
「待ちきれなくて」
顔を赤らめながら呟くように言ってくれたつむつむがかわいくて、思わず頭を撫でてしまう。
「ひゃっ!」
つむつむがビクンと身体を震わすので、つい手を引っ込めると「あっ」と呟き残念そうな顔をした。
「ごめんごめん。さ、行こうか」
やってしまった気まずさから逃れるかのようにつむつむに背を向けて駅に向かい歩き出……せずに、左手をしっかりとつむつむに握りしめられた。
「きょ、今日はデートですから。あの、その、こ、恋人っぽい扱いをお願いします」
必死な表情のつむつむは、俺の手をしっかりと握りしめて大事そうに胸に抱きしめた。
「つ、つむつむ?」
さすがにやり過ぎだろうと声をかけると、無意識な行動だったらしく、はっとした顔になったかと思うと湯気が出そうなくらいに赤い顔になった。
「す、すみません」
そう言いながらも手を離すつもりはないらしいので、俺は繋いだ手をスッと下におろしながら肩が当たるくらい距離を縮めた。
「いいよ。じゃあ行こうか」
改札を抜けてエスカレーターにつむつむを先に乗せて後ろに立った。
今日の目的地は動物園。
つむつむに笑顔になってもらうのが一番の目的だから、かわいい動物を見れば少しでも気が紛れるんじゃないかという安直な考えだ。
この駅は東山線の終点なので待てば必ず座れるのだが、目的地の東山動物園は地下鉄で5駅。時間にして10分程度の乗車時間なので立っていても問題ないだろう。
流れゆく街並みを眺めながら、つむつむに学校生活について聞いてみた。
「つむつむ、学校は慣れたか?友達できたか?困ったことはないか?」
そんな俺の質問に「クスッ」と笑ったつむつむ。
「先輩、お父さんみたい、ですよ」
口元を右手で隠しながら笑う彼女は、いつもと髪型が違うこともあり、大人びて見えた。
中学生の頃から比べれば、まだまだ成長過程ではあるが随分と容姿も変わっているのかもしれない。
いま、つむつむが抱えている悩みは環境の変化によって生まれたもの。成長過程の彼女には乗り越えなければいけないものだろう。
いつまでも小さい女の子じゃないんだよな
中学時代から俺に好意を向けてくれていたつむつむは、俺にとっては妹の親友。妹みたいなものだった。恋愛感情とは縁遠い、親しくもそれ以上にはなり得ない存在。
それは俺の都合で形作った関係で、つむつむにとっては迷惑なものだったのだろう。
京極と別れたことによってその関係をつむつむは変えようとしている。それは彼女が先に進むために必要だから。
じゃあ京極は、姫はどうだったんだろう?俺との関係を壊して他の男に走った理由は、俺とではあいつが成長できないと感じたからなのか?あいつにとって俺は足枷だったのか?
「彼氏としてはイマイチ」
あいつは成長するために俺と別れたのか?
そんな答えのわからないことを考えてると、繋いだ左手をクッと引っ張られた。
「難しい顔してどうしたんですか?ひょっとしてもうデート嫌になっちゃいましたか?」
不安そうな顔で覗き込んでくるつむつむ。
笑顔になってもらうために誘ったのに何やってんだ。
「ごめんごめん。ちょっと考えごとしてただけ。それよりもつむつむ。呼び方戻したの?」
この前は名前で呼ぶって意気込んでたのに、いつの間にか元どおり。
「やっぱり恥ずかしくて、その、先輩はどっちがいいですか?」
どちらと言われてもなぁ。
陣さんって呼ばれるのは新鮮なんだけど、やっぱりつむつむらしくないかな?
「先輩かな?いい意味でね、つむつむに先輩って呼ばれるの好きなんだ」
少し驚いたような顔をしたつむつむだったがやがて、
「はい。じゃあ今まで通り先輩で」
やっぱりつむつむには笑顔が似合う。俺は先輩として—、
「あ、でも、あの……、いつかは陣さんって呼びたいです」
恥ずかしそうに呟く彼女の表情からは秘めた想いが伝わってきた。
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