第26話 ジャージデート
地区大会決勝。
「下がるな!前からプレッシャーかけろ!」
雨が降りしきる地区大会決勝は、戦前の予想を覆して接戦を余儀なくされた。
後半35分の時点でスコアレスドロー。
みんなぬかるみに足をとられないように踏ん張ってのプレーなので疲労もいつも以上だ。
「陣!」
右の空いたスペースに帯人からのロングフィード。俺はラストプレーのように全力で駆け上がりゴール前に折り返す。
「グッジョブだ西!」
ゴール前にそびえ立つ前川先輩の頭にドンピシャ。ボールはGKの手をかすめてゴールに吸い込まれた。
『ピー』
「勝った〜!」
その後、相手の猛攻を耐え切った俺たちはなんとか地区大会を制して県大会への切符を手に入れた。
「みんなお疲れ様〜」
ベンチに戻ると紫穂里が笑顔で出迎えてくれた。
「身体冷やすといけないから早く着替えろよ」
監督に促されて足早にベンチを後にする。
今日は決勝ということもあり控え室を使うことができたので、シャワーを浴びてジャージに着替えた。
「陣くん、ナイスアシスト。今日ので地区予選5アシストで唐草くんの7アシストに次いでチーム内で2位だよ」
スコアブックを見ながら紫穂里は目を細めてる。それだけ俺の活躍を喜んでくれてるんだよな。でも。
「今日も一緒に帰れない」
パタンとスコアブックを閉じると口を尖らせて不満顔だ。
紫穂里はこの後、監督と一緒に県大会の説明会に参加することになっている。
「紫穂里がしっかりやってくれてるから俺たちはプレーに集中できてるんだよ。感謝してます」
その言葉を聞いた紫穂里が妖艶な笑みを浮かべた。なんだろう、嫌な予感がする。
「感謝してくれてるの?」
俺の顔を覗き込みながら距離をつめてくる紫穂里。
「あのね紫穂里。みんな見てるんだけど?」
周りには殺意を孕んだ視線。
「外堀から埋めようかなって思ってるの」
現実から目を背けたくなる思いだ。
俺が知らないだけで、紫穂里は元々こういう性格だったのだろうか?
「それ、俺に言っちゃだめなやつじゃない?」
人差し指を口元に添えて「ん〜?」と考えている。いや、考えるフリをしてるんじゃないか?
「えっとね。言っちゃだめ、じゃなくて言っとかないとダメかな?じゃないと陣くん意識してくれないでしょ?」
照れたように笑う紫穂里。
いまさらそんなことをしなくても意識させられてるけどね?
「それと、感謝は行動で示して欲しいな」
この一言で、俺の予定が一日埋まった。
♢♢♢♢♢
総合運動公園からの帰り道、雨脚はだいぶ和らいできたがまだ傘は必要らしい。
今回の新人戦、テニスは先週全日程を終えて、妙は一足早く先に県大会出場を決めていた。
京極とつむつむのバレーはサッカー同様、今日が決勝戦のはずだ。
「おかしいな、そろそろつむつむから連絡が入ってもいい頃なんだけど……、おっ、やっと来たか」
ポケットの中のスマホが振るえたのでメッセージを確認すると、そこにはつむつむからではなく、つい最近ID交換したばかりのお絹からだった。
『紬が試合出れなくて落ち込んでるからニッシー先輩よろしく』
試合に出れない?
先週は普通に結果報告もらったし、毎朝の登校時も落ち込んでた様子はなかった。
決勝だけ出れなかったってことか?
俺はお絹に教えてくれたお礼を送ろうとしたところ、かんざしからも同じようにつむつむを心配するメッセージがきた。
「直接つむつむに連絡するか」
♢♢♢♢♢
駅前のファーストフードでコーヒーを飲んでいると、小さな女の子が小走りで店に飛び込んできた。
「つむつむ」
俺に気づいたつむつむは俯き加減で走ってきた。
「ご、ごめんなさい。時間かかりそうだったからそのまま来ちゃいました」
つむつむはバレー部お揃いの青いジャージ姿だ。急いできたのだろう、その下にはマリンブルーのユニフォームが見え隠れしている。
「いや、俺もジャージだから。2人ともだから一緒にいればおかしくないだろ?」
キョトンとした表情をしていたつむつむだが、徐々に顔が赤くなってきた。
「そ、そうですよね。制服デートがあるくらいだからジャージデートがあってもおかしくないですよね?」
俺の隣に座ったつむつむは周りをキョロキョロ見渡しながら、自分と俺を交互に見比べている。
「お、お揃いのジャージぽいですよね」
「まあ、そうとも言えるかな?」
同じ青系のジャージではあるけど、お揃いってほど似てはいない。
「あの、サッカー部はどうでしたか?」
小さな身体をさらに縮めたつむつむが小さく首を傾けて聞いてきた。
「勝ったよ。バレー部はどうだった」
結果くらいは聞いても問題ないだろう。
俯いたつむつむが呟くように「勝ちました」と言った。
「そっか、お疲れ様。次は県大会だな」
俺の言葉につむつむはコクリと頭を下げただけだった。
「ちょっと待ってて」
つむつむを席に残してレジに向かった俺は、暖かい飲み物とキングサイズのポテトをつむつむの前に置いた。
「えっ?」
困惑するつむつむの口にポテトを1本無理矢理ねじ込む。
「ん〜!んっ、んん。な、なにするんですか」
うん。落ち込んでるよりも怒ってたほうがマシだな。全然怖くないし。
「一緒に食べようぜ」
固まっているつむつむをよそに、俺はゆっくりとポテトをパクつく、その様子を見たつむつむは「ふふっ」と小さく笑った。
「いただきます」
胸の前で小さく手を合わせたつむつむは、ポテトを1本掴むと、俺の口元に持ってきた。
「……つむつむ?」
なんとなく、わかってはいる。
いわゆるあ〜んというやつだ。
これって実はやる方にもダメージが及ぶ。
現につむつむの顔は赤い。
「ん、いただきます」
躊躇なくポテトを咀嚼していると、照れてたつむつむが膨れっ面に変わっていた。
「ど、どうしてそんなに平然としてるんですか?私はこんなに、は、恥ずかしいのに」
う〜む。そんなこと言われてもいまさらだからなぁ。
「大人だからじゃない?」
そうやって言っちゃうところが本当はガキなんだけどな。
「も、もう子供じゃないです」
ジト目を向けるつむつむだが、やっぱり幼さが残っている。身体の方は……。
「あ〜、どうかな〜」
ついつい身体のある部分に視線がいってしまった後ろめたさから、つい視線を逸らして誤魔化した。
「それよりさ」
ちょっと強引だけど、俺は本題に入ることにした。
「は、はい」
身体をおれの正面に向けて言葉を待っているみたいだ。
「メンバー入りのご褒美。来週、どこか行こうか?」
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