第25話 わがまま
試合が終わった後も帯人は信じられないものを見たかのように呆然としていた。たしかに、地区大会で負けるとは思ってなかったんだろうな。
コートでは試合を終えた2人がにこやかに笑いながら握手をしている。惨敗だったにも関わらず久留米の表情は清々しい
「おい帯人。久留米のところいくんだろ?」
いつまでも動こうとしない帯人の背中を叩いた。
久留米はすでに荷物を持ってコートを出ようとしている。
「ああ」
帯人は俺に右手をヒラヒラして久留米を追いかけた。
「やれやれ。なんでお前のほうが落ち込んでるんだよ」
遠ざかる帯人の背中を見送り、コートに視線を移すとベンチから出て行く妙と目が合った。
ニッコリと笑った妙は胸の前で軽く手を振り口をパクパクさせている。なんだろう?
結局、コートを出たところで同じ学校のやつらと合流した妙は、そのまま更衣室へと歩いて行ったので、俺はバイトに向かうべくバス停へと歩いて行った。
球技場からは打球音、陸上競技場からは電子音。ところどころで試合前のアップをする選手たち。中には試合を終えたのだろうか、カップルがベンチでイチャイチャしている。
ため息を零しながらカップルのそばを通ると、ポケットの中でスマホが震えた。
「おっ、勝ったか」
つむつむから送られてきたメッセージにはユニフォーム姿で恥ずかしそうにスコアボードを指差すつむつむの写真と「デート覚えてますか?」の文字が。
「メンバー入りしたらって約束だったもんな」
『おめでとう』と『新人戦終わったら出かけような』と返信し、スマホをポケットにしまいバス停の時刻表を覗き込んだ。
「ちょっとお兄さん?」
背後から聞き慣れた声が聞こえてきたが、あえて無視をした。
「えいっ!」
ドンッと背中に衝撃を受けたが、予測済みだったので時刻表に軽く手をついて難を逃れた。
「ちょっといろいろとひどいと思うんだけど」
振り向くとそこには両手を腰に当ててジト目を向けてくる妙がいた。
「よう、お疲れ様」
何か悪いことをしたか?と考えながら妙をじっと見ると「はぁ」とため息をつかれる始末だ。
「まずひとつ目、待っててっ言ったのに……まあ口パクだったけどね?先に行っちゃったこと」
ああ、さっきのパクパクかぁ。わからねぇよ。
「二つ目、私の応援をしてくれてなかったこと。まあ、対戦相手が陣くんの学校の子だったから仕方ないけどね」
頬を膨らませて不機嫌をアピールしてくるが、それは言いがかりだな。
「まて妙。俺はちゃんとお前の応援に行ったんだからな。それにお前コートから出たら学校の子らと合流してただろ?」
俺の言葉を聞き、あからさまに顔を逸らす妙。
「しょうがないじゃない。うち女子高なんだから男の子と話してるところ見られたら大変なことになっちゃう。主に陣くんがね」
あえて何故とは聞かないでおこう。
きっとコンパやろうとか、誰か友達紹介してとか言われるんだろ?それは確かに厄介だな。
そんなことを考えてると妙がジト目で見てたのに気づいた。
「たぶんだけどね?陣くんが考えてることはニアピンだよ?」
「自信たっぷりで言ってるけど、俺が何考えてるか本当にわかってるか?」
そんなに単純じゃないんだぞ!と言う気持ちを込めて問い正した。
「きっとコンパ開いて〜とか、友達紹介してとか言われると思ったんだよね?」
手を後ろで組み、俺の顔を覗き込みながら答える妙はしたり顔だ。
「……ちくしょう」
「ふふふ。甘いよ陣くん。それくらいは私でもわかっちゃうからね?」
クスクスと笑う妙が俺の隣に並ぶと、トンと身体をぶつけてきた。
「はいはい。いじけるのはそのくらいにしておこうね。バス来たよ」
♢♢♢♢♢
「おはようございます」
月曜日の朝、最近では恒例となってしまったつむつむのお迎え。
「ああ、おはよう」
最近では俺も、静なら〜と言うこともなくなった。あまり言い過ぎてもつむつむを拒否してるみたいで悪いからな。
『カタン』
隣の家から窓を開けるような音がしたのでふと見上げると、京極の部屋のカーテンが揺れていた。まさか、つむつむが毎朝来てるのを知ってるのか?
「じ、陣さん?」
京極の部屋を見ながら黙り込んでしまったのを不安に思ったのか、つむつむが俺の袖を引っ張っていた。
「ん、悪いな。行こうか」
視線をつむつむに移すとぱぁっと明るい笑顔になり「はい」と答えとくれた。
♢♢♢♢♢
「つむつむ、高校デビュー戦はどうだった?」
結果だけはつむつむから教えてもらってたけど、内容は聞いてなかった。
チームに加わってからひと月しか経ってない上にリベロだ。まだチームメイトの特徴を把握できてないつむつむにとっては厳しい状況だろう。ましてやライバルはあの京極だから。あいつは先輩とも同級生ともしっかりとコミュニケーションが取れている。しかも華さんのお気に入りだ。
「あ、はい。昨日は、地区予選の初戦だったので、出してもらえました」
胸の前でぎゅっと両手を握りしめて主張することつむつむは、俺から聞いて欲しかったんだろうな。
「おっ!よかったな、つむつむ。さすがに入ったばかりだから厳しいかなと思ってたけど、この前の紅白戦の印象もあったのかもな」
インパクトだけなら間違いなく京極より上だった。ただ、
「試合の結果も、よかったんです。けど……」
さっきまでの笑顔が消え去り、俯いてしまったつむつむ。
「かんざしとお絹以外のメンバーとの連携はイマイチだった。か?」
力なくコクリと首を縦に振る。
バカだなぁ、いまの段階で気にすることじゃないのに。
「私、コミュニケーション取るの、苦手で、いつも、しーちゃんときーちゃんに頼っちゃうんです。だから、先輩達にボールが回らなくって。せっかくのアピールの機会を奪っちゃいました」
つむつむらしい悩みだと思う。
あの2人とのコンビネーションを見せつけた方がつむつむのアピールにはなるのにな。
「まだ入部してひと月だぞ?本来なら先輩がサポートしてやるべきなんだぞ?つむつむはもっとわがままにやってもいいくらいだ」
つむつむのライバルはその辺の割り切りはいいからな?
「わがままに、ですか……」
しばらく考えこんでいたつむつむは、ばっと顔を上げたかと思ったら、なぜか俺の腕に抱きついてきた。
「つむつむ?」
予想外の行動に対処しきれないでいると「だって」と小さく前置きをしてから小悪魔のごとく囁いた。
「わがままに、なれって言わましたから」
いやいや、そうじゃないからね?
この積極性がバレー部でも活かせればいいと思う次第です。
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