第24話 それぞれの初陣
「スタートはメンバー発表の時のままだ。大会だからと言って気負う必要はないぞ。インハイの前哨戦だと思え」
「おう!」
城谷先生の檄の飛ぶ中、俺たちは緊張の面持ちのまま中西先輩を中心に円陣を組む。
「よしっ!みんな気合いの入った……、おい唐草、もうちょい表情引き締めろよ」
中西先輩の声で視線が集まる中、帯人は大きく口を開けて欠伸をした。
「ふぁ〜ぁあ。ホイッスル鳴るまで寝かせて」
気の抜けた表情に思わず苦笑いをする。もちろん帯人も気合い十分。中西先輩の思惑に乗ってくれたわけだ。
「唐草は置いとくとして。両サイド。序盤から飛ばしていけよ。特に西と東野。遠慮はするなよ、サイドだけじゃなく中も空いたら狙っていけ」
「「っす」」
中西先輩の声に俺と東野が応える。
「植田、うまくバランス取ってやってくれ。相棒が我儘キングだからな。頼りにしてるぜ」
中西先輩が視線を送ると植田先輩は親指を立てて応えた。
「前線は遠目からでも狙えよ。前川は周りを活かしてやってくれ。下田、サボるなよ」
ポストプレイヤーの前川先輩は軽く頷き、セカンドトップの下田はにへっと笑った。
「最後に唐草。……まあ、好きなようにやれ。周りがフォローしてくれるだろう。ただし自分の仕事はしっかりな」
中西先輩が隣の帯人の背中を叩く。
「イテッ!先輩、力加減間違えてるって!」
叩かれた勢いで前のめりになる帯人をよそに中西先輩が気合いを入れる。
「っし!出し惜しみするなよ!」
「「おう!」」
「いくぜっ!」
「しゃあ!」
ピッチへと向かう通路の途中で紫穂里がみんなに声を掛けている。
「陣くん」
監督に呼び止められて最後になっていた俺の腕を強引に引っ張る。
「チュッ」
頬に柔らかな感触。
「おまじない。私を国立に連れてってね」
してやったりで満面の笑顔の紫穂里にツッコム。
「新人戦、県大会までしかないけど?」
♢♢♢♢♢
『ピー』
翔栄高校のキックオフで試合はスタート。
最前線の前川先輩が積極的にプレッシャーをかけていく。下田もなんだかんだでパスコースをしっかりと塞いでいる。
苦し紛れのロングフィードを植田先輩が競り勝ちボールは帯人の元へ。
相手のフォーメーションは3-5-2のダブルボランチ。ディフェンス時には5バックになるようだ。
チラッと帯人がこちらを見る。
「走れよ」と言われているようだ。
右サイドの南雲先輩がダイアゴナルの動きでトップ下に入ったので、俺は空いた右サイドを駆け上がった。
「陣!」
相手が知らないとは言え名前呼びながらパス出すなよ!ほら見ろ、ディフェンスがつられてくれただろ。
右サイドから中央に切り返した俺にウイングバックがくっついてきた。
「にははは。ないすぱーす」
ボールは俺の頭の上を通り越して弧を描きながらサイドに開いてきた下田の前に落ちた。
「おい!サイド!」
翔栄のセンターバックが慌てて下田をチェックに行くが、ボールはゴール前の前川先輩の頭にドンピシャ。
ディフェンスを2枚引き連れたまま競り合うが、目の前にはゴールキーパー。もちろん想定の範囲内。
前川先輩の落としたボールはゴールではなく、中央に走っていた俺の目の前にきた。
「シッ!」
インサイドで狙いすましたボールはゴール左隅に決まり先制。
「よしっ!ナイスゴールだ西!」
「あざっす」
神様は言った。
「シュートとはゴールへのパス」
前川先輩を筆頭にチームメイトとハイタッチを交わしながら自陣へ戻ると、不貞腐れたような帯人が待っていた。
「おいしいところ持っていきやがったな〜」
『バチン!』
一際大きい音を立てた帯人とのハイタッチはしばらくの間、痛みが引かなかった。
「陣くん、ナイスシュート!」
ベンチではスコアブックをつけている紫穂里が片手を口に当て大声で祝ってくれた。
ソワソワして落ち着きのない紫穂里は興奮してるのだろう。スコアブックを落としてることに気づいてないみたいだ。
俺は地面を指差しながら「落ちてる」と口パクで伝えた。
♢♢♢♢♢
『ピー』
結果は6-0の完勝。
俺は1得点2アシストと言う、結果だけ見れば及第点をもらえるものだった。もちろん課題も浮き彫りになったわけだけどね。
「やっぱりMOMは俺だろ?」
ベンチから撤収する際にドヤ顔で自分を指差す帯人。
後半、我慢できずに何度も前線に顔を出した10番はハットトリックを決めた。
「あ〜、はいはい。ちゃんとカバーしてくれてた植田先輩をヨイショしとけよ」
前線に駆け上がった帯人は最低でもシュートを打つまで戻ってこない。植田先輩の献身的な守備に助けられたところは大きい。
「わかってるよ。それより今から朱音の応援行くんだけど、お前もくるだろ?」
なんで行くこと前提なんだよ。
「まあ、行くことは行くけど」
久留米の応援じゃないぞとは言いづらい。
今回のサッカーの会場とテニスの会場は同じ運動公園内にあるのですぐに行くことができるが、バレーの会場はバスでの移動になる。
ちなみにマネージャーは今後対戦相手になりそうなチームのスカウティングのため、紫穂里も静も会場に残っている。
♢♢♢♢♢
会場に着き、トーナメント表を見ると久留米と妙の試合はちょうどやってる最中だった。
「おい、陣。急ごうぜ」
試合後にこれだけ元気ってことは随分と体力温存してやがったな。俺はダッシュなんてしないからな!
10面あるテニスコートのうち、久留米と妙が試合をしているDコートには観客が集まっていた。
「おい帯人、お前あれだけダッシュできるならもう少し試合で……どうした?」
コートを見つめる帯人の表情は信じられないものを見ているかのように固まっていた。
「マジかよ……」
帯人の視線を追ってスコアボードを見ると、現在は2セット目が始まったところ。
1セット目は妙がストレートで取っていた。
昨年度1年生ながら県ベスト16に入った久留米が地区大会の初戦でこんな苦戦をしているとは帯人は思ってなかったんだろう。
「へぇ、これはびっくりだな」
妙の優勢は予想してたけど、ブランクがあるような感じだったからもっと競ると思ったんだけどな。
久留米が県ベスト16ならば、妙は中学生最後の中総体で軟式テニスだったが県大会で優勝をしている。
まあ全国大会はとある事情で辞退したために出場はしていない。
「なんだよあいつは。朱音に強いって聞いてとけどそれほどなのかよ」
「だな」
帯人の問いかけなのか独り言なのかわからない言葉に曖昧な返事をしてコートに視線を移す。いまは妙のサービスゲームみたいだ。
前傾になり、左手でボールを3度弾ませた後、ギュッとボールを握り祈るように高く上げると、流れるようなフォームから繰り出されたサーブに久留米は返すのがやっとだった。
「くっ!」
体勢を崩された久留米が立て直したときにはすでに妙は前に出てきており、難なくポイントを重ねた。
0-40
妙のマッチポイントだ。
「朱音!」
下を向きあきらめかけてる久留米に、帯人が声をかける。
その声にパッと顔を上げた久留米はキョロキョロしだした。おい、集中しろよ。
程なくして帯人を見つけた久留米がニコッと微笑み深呼吸。気持ちを切り替えたようだ。
ゲームが再開されないことに違和感を感じた俺は妙を見ると、視線がぶつかった。どうやら一連のやり取りの中で俺も妙に見つかったわけだ。
一瞬、微笑んだ妙がサーブに入る。先程同様ボールを3回弾ませて左手を……左手にはめているリストバンドにキスをしてからボールを高く上げた。
「なにしてるんだよ」
俺は妙の行動に狼狽ながらも、再び試合に集中した。
「しまっ!」
懸命に伸ばしたラケットを擦り抜けてボールは後ろにてんてんと転がった。
「ゲームセット マッチウォンバイ 桐生」
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