第23話 開幕前日

 新人戦前日、午前中に軽めのメニューをこなした後、午後からのミーティングに備えて各自昼食を摂っていた。


「はい、お口に合えばいいんだけど」


 俺はというと空き教室で紫穂里と2人、手作り弁当をいただいている。

 おにぎりをはじめ、定番の玉子焼きやウィンナー、ポテサラ、そしてソウルフードの唐揚げのてりかけなとが詰め込まれた弁当箱が俺の目の前で光り輝いている。


「うまそっ!いただきます」


♢♢♢♢♢


 昨日の帰り道のこと。


「陣くん、明日は一緒にごはん食べたいな」


と紫穂里に誘われた。そういえば、これまでに紫穂里と一緒に弁当を食べたことはなかった。ほかの部員の目があるので注意する必要があるが、ほかの部活もやってるだろうから教室に紛れ込めば目立ちにくくなるだろう。


「あ、まあ、いいですよ」


 特に断る理由もないので2つ返事で了解した。


「やたっ!じゃあ私が陣くんの分も作ってくるね」


 隣を歩く紫穂里が下から覗き込むように言ってきた。傍から見れば仲の良いカップルに見えるのだろうか?寄り添うように歩く紫穂里との距離は身体が触れ合うかどうかの距離しかない。


「えっ?まじっすか?じゃあ材料費だけはちゃんと払うので後で請求して下さいね」


 俺の言葉に不満があったらしく、紫穂里の頬が膨れてる。


「もう!敬語禁止!あと、材料費はいりません!」


 乙女心ってやつはわかりにくいらしく、敬語だと距離を感じるみたいだ。


「あ〜、はいはい。でもお金のことはちゃんとしとかないと」


 すると紫穂里は「う〜ん?」と少し上を向きながら口元に人差し指を添えて考えていた。


「やっぱり材料費はもらいません。その代わりに今度一緒にカフェでも行きませんか?」


 視線を俺に戻すと上目遣いでのお誘い。


「……了解」


♢♢♢♢♢♢


 最近、紫穂里も慣れてきたのか、それとも何か吹っ切れたのか。積極的に自分の武器かわいさを使うようになってきた。


「あ、陣くん。昨日の約束覚えてる?」


「カフェのこと?もちろん」


「良かった。ちゃんと言質とったからね?」


 わざわざ言質とらなくても、それくらいいつでも付き合うのに。


「はい、約束の印に、あ〜ん」


 にこやかに玉子焼きを摘み上げて俺の口元に運んでくる。


「……照れなくなってきたよね」


 呟くように指摘した途端に、紫穂里の顔は赤くなってきた。

 なんだ。強がってただけか。


「わ、私だって頑張って—」


『ガラッ』


 紫穂里が膨れっ面で俺に抗議をしている最中、突然教室の扉が開かれた。


「あれっ?先客がいた……しほりんと西くん?」


 右手で扉を開けたまま、ポカンとこちらを見てるのはバレー部の華さんだった。様子を伺ってみるとその後ろにも何人かのバレー部員がいるみたいだ。


「華ちゃん?」


 こちらをじっと見られてることに気づいた紫穂里がハッとして固まる。

 このままだと摘み上げられた玉子焼きを落としそうなので、俺は紫穂里の手を握りながらパクリと口の中に入れた。


「ふぇ?」


 ビクッと身体を震わせた紫穂里。

うん、手を固定しておいて良かったや。


「あら〜、お邪魔だったかしら」


 下から覗き込むように教室に入ってきた華さんが茶化すように言ってきた。


「……」


 固まる紫穂里。2人っきりの時は積極的なのに他の人がいるときはまだまだ恥ずかしいらしい。


 次々と教室に入ってくるバレー部員の中に険しい顔つきの京極がいた。


「あ〜、華さん。見ての通りなんでよそあたってもらえます?」


 紫穂里を背中に隠すように座り直して華さんに話しかけると、にっこりと微笑み返してくれた。


「へぇ〜、意外だったなぁ。西くん一途なタイプだと思ってたのに姫がいなくなった途端に乗り換えたんだ〜」


 華さんからすれば冗談半分だったのかもしれない。これまでと同じように「そんなことないっすよ〜」って俺が答えるんじゃないかって。


「乗り換え?乗り換えたのは俺じゃなくてそいつなんだけど?」


 華さんを睨みつけながらゆっくりと距離をつめていく。


「えっ?」


 さっきまでのバカにしたような笑顔は消え去り、恐怖に怯えた表情で後退り始めた。


「 俺がそいつから紫穂里に乗り換えただと?ふざけたこと言いやがって。俺から佐々木に乗り換えたんだろ」


『ガタン』


 後退る華さんが後ろにあった机にぶつかり逃げ場を失う。


「あっ、ち、違うの!ごめん、ごめんなさい。いまのは悪ふざけし過ぎた」


「何、俺相手だから何言っても許されると思ってたわけ?もうそいつとは関係ないんだから気を使う必要ないんだけど」


 華さんを見下ろしながら睨みをきかす。


「陣くん、落ち着こう」


 静まり返っていた教室に紫穂里の優しい声が響いた。


「華ちゃんも言い過ぎだと思うよ。別れたこと知ってるよね?」


 紫穂里は俺の腕を優しく引いて、華さんから遠ざけた。


「知ってるからだよ、知ってるからこそ西くんには姫をちゃんと見て欲しいんだよ」


 俺が離れたことで落ち着いたのか、華さんは訴えるような眼差しで俺を見ている。

 いまさら京極をよく見ろ?


「いまさらそいつのことなんて見たくないんだよ。それにあんた、さっき京極から紫穂里に乗り換えたとか言ったよな?」


「あ、あれは……」


 華さんは言葉を探しているのか、返答に困っているみたいだ。


「紫穂里とそいつを同列に扱うな。紫穂里に対して失礼だ」


 平気で人を裏切って二股するようなやつと紫穂里を一緒にされたのは許せない。それは紫穂里に対する侮辱だ。


「……陣くん」


 その声に振り返ると紫穂里は左手で口元を押さえながら驚きの表情をしていた。


「華さん、もう行きましょう」


 これ以上話をしても仕方ないと思ったのだろうか。京極は華さんと他の部員を促して教室を出ていった。


「……ごめんね」


 教室を出る間際、京極は立ち止まり俺たちに謝罪をした。


♢♢♢♢♢


 先程までの喧騒がなくなり静まり返る教室。俺は席に座って深くため息をついた。他の部活のやつらも来る可能性は予想していたが、まさかあいつらが来るとは思わなかった。


「ごめん紫穂里。なんか訳の分からない騒ぎに巻き……、紫穂里?」


 俺の隣の席に座り直した紫穂里の顔はなぜか緩んでおり、時折頬に手を当てながら「えへへへへ」と笑っている。


「何があったんだよ?」


 さっきまでイザコザがあったにも関わらず、なぜに笑顔なんだ?まあ本人が幸せそうな表情だからいいか。俺はそのまま弁当の残りを食べ始めた。


♢♢♢♢♢


 昼食後、集合場所の視聴覚室で監督、キャプテン、2年マネージャーの友利茉莉ともりまつりが中心となりミーティングが行われた。


「明日の初戦の翔栄高校は不祥事により半年間の活動停止処分が明けたばかりだそうです」


 友利からの衝撃的な報告から始まったミーティング。半年間の活動停止ってどんな不祥事起こしたんだよ。


「活動が再開したばかりということもあり、チーム状況はまさしくという状態です。昨年までの戦績も初戦敗退ばかりです。監督も変わってはいないので、注意点としては相手に合わせず自分たちがいかにイニシアチブを握るかだと思います」


 友利が下がり先生が教壇に立つ。


「わかってると思うが、相手を格下だと思うなよ。ましてや明日は初戦だ。うちだって新チーム。条件は互角だと思え」


「「「はい」」」


「スターティングメンバーは試合前に発表する。各自コンディションはしっかりと整えておけよ」


いよいよ明日から新人戦の開幕。

これを機に俺を取り巻く環境がまた変わり始めることを、この時の俺はまだ知らなかった。

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