第22話 プレゼント
新人戦を来週に控えた日曜の黄昏時。
いつもより早めにバイトを終えた俺は、妙とショッピングモール内のスポーツ用品店に来ていた。
「陣くん、何買うの?」
「コンプレッションインナー。いままではノースリーブのインナーだったんだけど袖のあるやつに挑戦してみようと思ってさ」
サッカーの規定ではインナーがユニフォームから出てしまう場合は同色でなければならないとされている。そうなると2色用意しなければいけなくなるので、俺はノースリーブの物を選ぶようにしていた。
俺がメンズ、妙がレディースのインナーを背中合わせで物色していたのだが、カチャカチャと鳴っていたハンガーの音が止んだので後ろを振り返りと、妙は右手を顎の下にやりじっとインナーを見ながら考え込んでいる。
「どうした?」
怪訝に思い声をかけてみると、クルッと振り返った妙が真剣な表情で聞いてきた。
「袖のあるなしでパフォーマンスってやっぱり変わるのかな?」
コンプレッションインナーの効果は疲労回復やパフォーマンスの向上などと謳ってるのだから、やっぱり違うんじゃないか?
に、してもだ。真面目な顔で考え込む妙がおかしくて、つい笑いがこみ上げてきた。
「ぷっ、くくくっ」
「えっ?なんで笑うの?」
納得のいかない顔で抗議をしてくる。
「わ、悪い。だから首絞めるのやめてくれない?」
妙の綺麗な両手が俺の首を締め上げようとしている。オチちゃうからね?
「気になっちゃったんだからしょうがないでしょ」
俺に笑われて恥ずかしかったのか、プイッと顔を背けて腕組みをしている。
「そんな不機嫌アピールするなよ。いや、笑ったのはさ、俺も袖のあるなしでパフォーマンス変わるのか知りたくて今回は半袖にしようとしたんだよ。だから同じこと考えてるなって思ったんだよ」
サッカーなんだから腕は関係ないと思われるかもしれないが、肩や腕ももちろん重要だ。特に競り合いの際や走るときには重要な役割を担う。
「陣くんも同じこと考えてたんだ。ふ〜ん、じゃあ私も笑わないとね」
クルッと回転して俺の顔を覗き込みながら笑う妙の仕草にドキっとしてしまい、思わず後ずさる。
「お前、それだとよろこんでるようにしか見えないぞ」
俺だってバカにしたわけじゃないけれど、今の妙の表情はまるで恋人に見せるような表情だった。
「あれ?ちょっと違った?」
頭の上に?が出ているような表情の妙には、他人を茶化すようなことは似合わないのかもしれない。
根が真面目なんだよな。
中学時代、もっと静を教育しておいて欲しかったぞ。
今はサッカー部のマネージャーをやっている静だが、中学時代はテニス部に所属しており妙の後輩だった。
「お前のそういうかわいらしいところ、なんでうちの妹に引き継いでくれなかったんだよ」
本当に、静には妙を見習って欲しいと心底願うばかりだ。
「は、はいっ?かわいらしい?」
手に持っていたインナーで口元まで隠してるが、どうやら照れてるみたいだ。
妙は否定するだろうけど、見た目とのギャップも相まって中学時代から俺の周りでは人気は高かった。
「普通にかわいいの方がよかった?妙って中学の頃からモテるのに男の影がないんだよな〜」
実は妙はこの手の話が苦手らしい。
かわいいのは事実なんだから堂々としてればいいのに。
「も、もうその話は終わり。早く買い物終わらせようよ」
インナーで顔を全て隠してしまった妙は、商品を持ったままその場から逃げた。
「そこまで照れなくてもいいだろう……」
♢♢♢♢♢
「ありがとうございました」
妙の途中退場もあり、結局俺は1人でインナーを見ることになったのだが、ネットでチェックしておいたPUMAのサックスブルーとオレンジの半袖を1枚づつ購入した。
妙を探そうと店を出てキョロキョロしてると、目の前のエスカレーターの横で申し訳なさそうに小さくなってる妙がいた。その手にはスポーツ用品店のロゴの入った袋が握られている。
「待たせて悪いな」
ベンチに座ってる妙に声をかけると、ぎこちない笑顔で謝罪をしてきた。
「待ってたのは私のせいだから。私こそごめんね」
まあ、怒るほどのことじゃないけどな。
「そんなに恥ずかしがるようなことじゃないのに。まあ、俺もこれからは褒め方考えるな」
「も、もうっ、だから〜!」
「はいはい、わかったわかった」
「それっ、絶対にわかってないやつだからね!」
嫌がってるならやめるけど照れてるだけだからな〜。
「わかってるって。それより妙は何買ったんだ?さっき持ってたインナーか?」
どうせ見つけてもすぐに逃げられると思って「インナー見てる」とメッセージだけ送ったんだけど、妙はどこにいたんだ?
「うん、インナーも買ったけど後は……」
ガサガサと袋に手を突っ込んで何かを探し出した妙はしばらくすると、小さな袋を取り出して俺に「はい」と手渡してきた。
「うん?開けていいのか?」
「うん、開けてみて。レギュラー入りのお祝い」
どうぞと言わんばかりに右手を差し出してきたので、口に留めてあるテープを丁寧に取って中身を出した。
「おっ、レガースか!しかもサックスブルー!サンキューな」
「気に入ってくれたみたいで良かった。綺麗な色だったしユニフォームが水色だって言ってたから合うかなって思ったの」
最近は練習が激しかったせいもあり、だいぶ痛んできてたからこれはありがたい。
「うん、いい色だよな」
俺はレガースを一旦ベンチに置いて、自分の買った袋の中から妙同様に小さな袋を出して渡した。
「同じようなこと考えてたな。俺のは復帰祝いだ」
両手で受け取ってくれた妙だったが、想定外のことだったらしく、その手に乗った袋をじっと眺めていた。
「妙?」
「……あっ、ごめんね。ちょっと頭が追いつかなかったみい。開けていい?」
右手で袋を上げて聞いてきたので、先程の妙同様にどうぞどうぞと促した。
「……リストバンドだ。ふふっ、ありがとうね陣くん。今度の新人戦で使わせてもらうね」
リストバンドを見つめながらふふっと笑う妙にドキッとしながら、俺は誤魔化すようにレガースを掲げた。
「俺も新人戦で使わせてもらうな。それで試合に勝ったらお願いも聞いてもらうからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます