第18話 背負うもの

街灯の明かりの中を紫穂里さんと歩く。

先月までの俺では考えられない。

あの頃は当たり前のように京極が隣にいて、それはいくつになっても変わることのない未来だと思っていた。


「良かったね西くん」


紫穂里さんが覗き込むようにして微笑んでくれる。


「うん、紫穂里さん事前に知ってたんだ?」


「やっぱり顔に出てた?」


両手で顔をペタペタしておかしなところを探してるんだろうか?残念ながら見つからないと思いますよ?


「しっかりと。もう発表の前に安心しちゃいましたもん」


思い出したらついつい笑えてきた。


「う〜っ、もうばかにしてるでしょ〜」


口を尖らせながらずいっと顔を近づけてくるものだから、違うとわかりながらもドキッとしてしまう。


「あ、いや。そんなことないですよ」


嫌味にならないように少しだけ身体を逸らしてから左手をひらひらとした。


「一応、私の方が年上なんだけどな」


「そういうこと言っちゃうところがかわいいんですよね」


左から紫穂里さんがトンと身体をぶつけてくる。照れたような、拗ねたような感情が入り乱れたような表情をしている。

紫穂里さんの左手がキュッと俺のシャツを掴む。


「西くんは、そういうところだよ?」


わかってる?とでも言いたいのだろうか?

こんなに甘えてくれるのに年上アピールされてもね?


「紫穂里さんも、そういうところですよ?」


わかってますか?と紫穂里さんの真似をして身体を軽くぶつける。そう、軽くだったんだけど。


「きゃっ」


倒れそうになった紫穂里さんに左手を伸ばしてグッと抱き寄せた。


俺の腕の中に収まった紫穂里さんは驚きの表情のまま固まっている。


「す、すみません」


俺の両腕は、しっかりと紫穂里さんの腰をホールドしているので慌てて離そうとすると、紫穂里さんも同じように俺の腰に腕を回してきた。


「……謝らないで」


時折、車のライトが俺たちを照らしながら通り過ぎていく。幸いなことに歩行者はいないようだ。


「紫穂里さん?」


熱を帯びた表情で紫穂里さんが見つめてくる。その表情から目が離せない。


また一台の車が紫穂里さんを照らして通り過ぎた。


「西くん、私は—」


『バタン』


通り過ぎたはずの車が止まり、運転席からスーツを着た中年の男性が降りてきた。


「紫穂里か」


その男性は俺たちをじっと見ながらため息混じりに紫穂里さんの名前を呼んだ。


「……お父さん」


俺の腰に巻かれた腕をゆっくりと離しながら紫穂里さんは一歩俺の前に出た。


「こんな時間に何をしてるんだ?」


淡々とした口調だが、その視線からは威圧感を感じた。


「すみません。俺は—」


「君には聞いてない」


状況を説明しようと試みたが、紫穂里さんのお父さんの眼中にないようだ。


「お父さん!」


紫穂里さんの声色からは焦りのようなものが感じられた。


「言い訳は家で聞く。乗りなさい」


そう言うと紫穂里さんのお父さんは運転席に入っていった。


まあ、娘が抱き合う光景なんて見せられて平気な父親なんていないだろうな。そんなことを思いながら紫穂里さんを見ると、車を睨みつけながら固まっていた。


「紫穂里さん」


俺は紫穂里さんの肩を指でトントンと叩いてから車を指差した。


「今日はこれで。また明日。ですね」


「……ごめんなさい」


肩を震わせながら俺に謝る紫穂里さんの背中をそっと押した。


「こちらこそ」


この後、きっと紫穂里さんは怒られるだろう。だから俺に謝ることなんてないはずだ。


『プップー』


早くしろとでも言いたげなクラクションに急かされるように紫穂里さんは車へと乗り込んで行った。


♢♢♢♢♢


俺は今、自室のベッドで仰向けに寝転んでいる。特に何かをしてるでも考えてるでもなく、ただ天井を見つめてた。


最後に見た紫穂里さんの寂しそうな表情がふと、フラッシュバックしてきた。


「申し訳ないことしたなぁ」  


突如訪れた罪悪感にため息しかでてこない。


「はぁ」


ゴロンと横を向くとスマホの画面が光ってるのが目に入った。


『おめでとうございます!』


つむつむに送ったメッセージの返事だ。

メッセージは2通。

お祝いのメッセージとよろこんでいるウサギのスタンプ。


簡素なメッセージだけどつむつむもよろこんでくれてることがわかる。


そして2通目


マリンブルーのユニフォームに12の文字。

バレー部も今日メンバー発表だったんだな。

うちの女子バレー部はホームが珍しいチェリーピンク、ビジターがマリンブルー。

リベロはその反対。

つむつむはリベロとして選手登録されたみたいだ。


おめでとうとメッセージを送ろうとしたところにしょんぼりとしたウサギのスタンプが送られてきた。


そっか。つむつむはお揃いの番号が良かったんだな。そして俺とお揃いの番号を背負うようになるのは……。


12番のユニフォームの写真を眺めてるところでまた、メッセージが送られてきた。

久しぶりに見た名前。

ブロックするの忘れてたなぁ。


不意にタップしてしまいメッセージを開いてしまった。

そこにはつむつむ同様、マリンブルーのユニフォーム。違うのは……2と書かれた文字。


中学生の頃から恒例となっているメンバー発表後の報告メッセージだ。

送り主の名前はと表示されている。

すぐに既読がついたことに気がついたのか、続けてメッセージが送られてきた。


『メンバー入りできた?』


これでメンバー落ちしてたら爆弾にしかならないメッセージだな。

このまま既読スルーをしようとしたところ、また新規のメッセージがきた。


『新人戦が終わってからでいいから2人で話がしたいです』


いまさら?

何を話すことがあるのかという思いもあるが、いまだに俺の中にあるモヤモヤを取り去るいい機会かもしれない。


『ああ』


京極にはこの一言だけメッセージを返した。

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