第17話 重なる影
「集合!」
GWを間近に控えた4月下旬。
肌寒かった朝から一転、朝練を終えればすでに汗だくである。マネージャーから渡されたタオルで汗を拭いながら監督、キャプテンを取り囲むように集まる。
「よし、みんなお疲れ様」
「お疲れ様です!」
監督の
「みんなお待ちかねの新人戦のメンバー発表をする。登録メンバーは変更できないがスタメンはいつでも変更するからそのつもりでいろよ。今から渡すユニフォームの11番までが現時点でのスタメンだ」
気持ちの昂りが抑えられない。
大丈夫だ、ここまでいいパフォーマンスができていた。自信はそれなりにあるが、緊張で喉がカラカラだ。
みんなの視線が城谷先生に集まるなか、ふと視線を感じてその横の紫穂里さんを見ると視線がぶつかる。
その表情からフライングで結果が分かってしまった。
「じゃあ配るぞ。GK、中西 1番。もちろんキャプテンもお前な」
「頑張ります」
中西先輩が紫穂里さんから真っ赤なユニフォームを手渡された。
栄北高校のユニフォームはホームがスカイブルー、ビジターがパッションオレンジで、GKはホームが赤でビジターが黒のユニフォームだ。
予想通りとは言え、中西はうれしそうな表情で背番号1のユニフォームを見つめている。
「ほいほい、サクサクっといくぞ、次はDF」
普通ならば2番は右サイドバック。
メンバー入りしていれば俺が呼ばれる。
「あ、その前に4バックな」
そこでためるな!と何人が心の中で呟いたことか。紫穂里さんも静も俺を見て笑っている。仕方ないだろ、緊張してるんだから。
「右から西 2番、南田 4番 北野 5番 東野 3番」
っし!声には出せないが控えめにガッツポーズをした。紫穂里さんが笑顔で手招きしてくれている。
静は2番を紫穂里さんに手渡し、残りの3枚は自分で手早く配ってしまった。
いやいや。みんな紫穂里さんに手渡してもらいたかったのにお前何やってるの?
心の中で静につっこむが、みんな予想外の表情をしている。あれ?静でも良かったの?
「西、後がつかえてるから早くしろ」
やばいやばい。他の連中を見ていたら一人出遅れてしまった。
俺は紫穂里さんの前に立ち、スカイブルーのユニフォームを受け取った。
「西くん、頑張ってね」
目に薄らと涙を浮かべながらも優しく微笑んでくれる紫穂里さんは、みんなからはわからないようにユニフォーム越しに手を握ってくれた。
「頑張ります」
みんなの輪の中に戻った後、ちょっとしたトラブルが起きた。
「MF 4人、右から南雲 7番、底に2枚で植田 6番、唐草 10番、左に岡部 8番」
『うぉ〜!』
昨年までダイヤモンドの頂点のトップ下にいた帯人が中盤の底、レジスタとして攻撃のタクトを振るうように指示されたのだ。
トップを追い越してゴールを決めたり、サイドに開いてドリブルで切り裂いていくこともできる帯人に守備の負担までさせるのか?
本人も聞かされてなかったらしく、呆然としている。
「先生、唐草を中盤の底に使うんですか?それだと—」
中西先輩の抗議を左手で遮った先生がチラリと帯人を見た。
「唐草。全国に行くために可能性を上げたい。一蓮托生だ。10番と一緒に俺の期待も背負ってくれ」
全国に行くため。
何か言いかけた帯人が口を閉ざし、無言のまま紫穂里さんからユニフォームを受け取った。
その後は何事もなくメンバー発表が終わり、俺は帯人に声をかけに行くところで先生に呼ばれた。
「西、唐草。話があるから準備室まで来い」
♢♢♢♢♢
「失礼します」
「す」
帯人と2人、体育準備室に入り4人掛けのテーブルに座らされた。
「っし、まあ、案の定納得できてない唐草に今後の方針を伝える」
帯人の眉がピクッと動き真剣な顔に変わった。
「まずは唐草。お前、上級生とうまくいってないだろ?それが原因で練習中も試合中もボールが回ってこないことがあるな?」
核心めいた問いかけに帯人は視線を逸らした。まあ、あれだけ煽ればな。
「そこでだ、チームの方針として選手権までにポゼッションサッカーに切り替える。いままでみたいにお前が個人技だけでチャンスメイクするのは終わりだ。使われる側から使う側になれ。端的に言うとだなピッチのキングになれってことだ」
テーブルに両手をつき前のめりになって語る先生に若干引き気味の俺は、隣に座っている帯人の熱を帯びたような表情に唖然とした。
「ビッチのキング?」
「おいっ!」
大真面目にボケる帯人にツッコミを入れるが先生は帯人の言葉を完全にスルーして熱く語り出した。
「いいか唐草。お前は俺が見た中でも過去最高のポテンシャルの持ち主だ。それだけに今のお前はもったいない。お前だけの力じゃなく、お前が全員の力を引き出せ。攻撃はお前を経由し、守備はお前が指示をだせ。あのマエストロ、ピルロだってトップ下から中盤の底に変わって大成したんだ。ピルロにできて、お前にできないなんて言わせないぞ」
言うに事欠いてピルロかよ。白々しいにも程がある。そんなんでノセられる程、今日日の高校生は「バンっ」……は?
帯人は興奮の面持ちでテーブルを叩いて前のめりになる。
「先生!俺ピルロを超えるぜ!俺がピッチのキングになってみんなを国立に連れて行ってやる!」
先生と熱い握手を交わす帯人。
なんだこの三文芝居は……。
展開についていけずに窓から外を見るとテニスウェアの久留米が通りかかり、向こうもこちらに気づいたらしく手を振ってきた。
「おい、帯人」
熱い握手を交わしたままの帯人をつつき窓を指さすと「先生、明日からの俺を見ててくれ!」と荷物を持って走って行った。
「ふ〜」
先生と2人取り残された俺も荷物を持とうとしたところで呼び止められた。
「まあ、さっきの話は半分以上が冗談なんだけどな」
ですよね。分かってますってば。
「最近の練習を見ててもお前たちのコンビプレイは十分武器になると思ってる。だけど全国に行くには武器が足りない。だからな西、お前がうまく唐草のサポートをしてくれないか?」
「俺が?」
「お前以外にいないだろ?」
「まあ、ですかね?」
「勘違いしないで欲しいんだが、お前のメンバー入りは実力で勝ち取ったものだからな。唐草云々は関係ない。だから自信を持って試合に挑め」
俺の疑問を見透かされた気分だったが、悪い気はしなかった。
♢♢♢♢♢
準備室を出た俺はつむつむと妙にユニフォームの写真を添えてメンバー入りしたことを報告した。
辺りはすでに薄暗くなっており、校舎の僅かばかりの光が俺の影を映し出していた。
自分の影を見ながら歩いていると、ふと別の人影と重なった。
「お疲れ様」
その声に視線を上げると紫穂里さんが鞄を両手で持って立っていた。
「待っててくれたんですか?」
俺に向けてくれている表情でわかってはいたけど、やはり確認してしまう。
「うん。一緒に帰りたくて。いいかな?」
首を傾けながら遠慮がちに聞いてくるその仕草は思わず抱きしめてしまいたくなるくらいに愛おしかった。
「よろこんで。お送りしますよお姫様」
仰々しくお辞儀をして返事をすると、右手で口元を隠しながらクスクスと笑っている。
「うん、よろしくね」
街灯の明かりが照らす道のりを紫穂里さんと肩を並べて歩きはじめた。
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