第13話 ライバルは幼馴染

「スイッチ!」


右サイドにドリブルで流れてきた帯人のボールをかっさらい中央までボールを運ぶと、左サイドにボールを展開する。

背後をつかれた敵の右サイドバックの硯幹雄すずりみきお先輩が苦い表情で追いかけるが、ノートラップでアーリークロスを上げられ、中央に切り込んできた帯人がポストプレイで残っていた俺に落とす。

ペナルティエリア手前から放ったボールはドライブ回転がかかり前がかりになっていたキーパーの頭を越えてゴールに吸い込まれた。


「ナイッシュー陣」


帯人やチームメイトとハイタッチやグータッチを交わしながら自陣へ戻った。


サッカー部も今日から新入生が本入部して新たなスタートを切る訳だ。大所帯の俺たちは新入生同士の紅白戦が行われた後、新人戦のメンバー決めにも影響を与えるであろう2年生対3年生の紅白戦が行われていた。

レギュラーメンバー11人のうち、2年生は4人。その中に俺は含まれていない。

俺の得意とする右サイドバックのレギュラーは3年生の硯先輩だ。


「終了〜、軽くジョグしてダウンしとけよ」


試合は3対3のドロー。

レギュラー争いをしているやつらが別のチームに組み込まれていたということもあり、白熱した展開になった。まあ、この紅白戦だけでレギュラーが決まるわけではないんだけどな。さっきの新入生同士の紅白戦を見る限り、昨年の帯人のようないきなりメンバー入りしそうなやつはいなかった。 


「お疲れ陣、今日は身体のキレが良かったな。別れてからの方がサッカーに集中できてるんじゃないか?」


からかい半分の言葉ではあるが、あながち間違いではないかもしれない。やっぱり別れた当初は辛かったが、身体を動かしているときは他ごとを考える余裕はないからな。


「西くんお疲れ様。ちゃんと疲労抜いてね」


紫穂里さんがタオルとスポドリを持ってきてくれた。

京極と別れてから紫穂里さんがアプローチしてくるようになったわけだが、やっぱり練習中は気にすることはない。紫穂里さんも俺がレギュラーになれるように応援しているので、練習中にアプローチをしてくることはしないからな。


「今年も1年生いっぱい入ってくれたね」


グラウンドの隅でクールダウンしている新入生たちを見渡しながら紫穂里さんはうれしそうにしている。


「紫穂里ちゃんのお眼鏡にかかる少年はいましたかな?」


からかい口調で紫穂里さんをイジる帯人に紫穂里さんは「う〜ん?」と人差し指を唇に軽く当てて考えてるみたいだ。


「少年はいないんだけどね、ぜひ仲良くなりたい少女は入ってきてくれたかな?」


恥ずかしそうに赤い顔で俯く紫穂里さんが、横目でチラッと見てくる。

申し訳ないけど、俺は苦笑いするしかないですよ?


「お、帯人先輩!お疲れ様です。タオル使って下さい」


「ありがとう静ちゃん」


爽やかな笑顔でタオルを受け取る帯人に対して両手の指をモジモジとさせている乙女がいる。いや、もう聞いてないんですけど人、


♢♢♢♢♢


今日の練習は新入生の挨拶から始まった。

男子は全部で38人、マネージャーは6人も入ってきた。

女子マネージャーが入ってくると聞けば、やっぱり気になるじゃないですか?健全な男子高校生ですからね?でも、そんな俺の高揚感は初っ端からくじかれた。


「マネージャー希望の西静です。素人ですけど頑張ります」


凍りついたね。帯人も知らなかったらしく一緒にフリーズしてたな。


「お、お前!聞いてないんですけど?」


自己紹介が終わりアップが始まる前に静を捕まえて文句の一つでも言ってやろうと思ったわけなんですがね。


「つむつむのライバルがいるらしいじゃない?親友として、そして義妹として見極めようと思ったのですよ」


ピシッと俺を指差してくる静だが、どうも様子がおかしい。


「まさかと思うが、帯人か?」


その瞬間、静の身体が跳ねて固まる。


「は、はははは、はぁ〜、お兄ちゃんと姫ちゃんが別れたんだから、帯人先輩が彼女さんと別れる可能性だってあるのかな?って。その時、そばにいたいなって思ったの」


「悪い?」と言いながらそっぽ向いた静の耳が赤くなっているのを見逃さなかった。

 

「西くん。ひょっとして」


タイミングを測っていたのか、会話が途切れたところで紫穂里さんが声をかけてきた。


「あ〜、まあ妹です」


「やっぱり!」


なぜか紫穂里さんの笑顔が輝き、静と俺の顔を交互に見ている。


「う〜ん、よく見ると似てるような〜」


「似てません、やめてください」


不愉快だとでも言いたそうに静は右手を額に、左手を腰に当ててため息をついている。


「うふふふ。高校生でお兄ちゃんと似てるって言われてもうれしくないか。私は3年生の有松紫穂里です。よろしくね静さん」


納得顔で笑う紫穂里さんを静は顎に手をやりじっと観察するかのように見渡す。


「なるほど。先輩ですねお兄ちゃんの彼女候補のマネージャーさんは。あ、申し遅れました西です。これからお世話になります」


行儀よく挨拶する静に不気味さを覚えた俺は思わず引いてしまった。


♢♢♢♢♢


「なあ愚妹よ」


「なによ愚兄」


帯人の使っているタオルをじっとみる。あれはサッカー部のものではなく……


「お前、勝手に俺の部屋に入った上に買ったばかりの新品タオルをパクりやがったな」


恨みがましく静を睨みつけると、紫穂里さんも何かに気付いたらしく、「あ、そのタオルこの前のデートの時に買ってたやつだよね」とみんなのいるところで暴露してくれた。


そう。帯人が首にかけているPUMAの地中海ブルーのタオルは先日の買い出しの最後に寄ったスポーツ用品店で購入したものだ。


「へ〜、デートでねぇ」


タオルの端を掴みニヤニヤしている帯人と静。失言に気づき狼狽える紫穂里さん。

俺へは複数の殺気を含んだ視線が突き刺さる。


「あ、みきくんお疲れ。ちゃんと汗拭いてね」


そこに通りかかった硯先輩に紫穂里さんがタオルを渡そうとするが、硯先輩は受け取らずに他のマネージャーの腕にかかっていたタオルをひょいっと掴み取った。


とのデートで買ったかもしれないタオルなんて使いたくないね」


硯先輩は乱暴に汗を拭いマネージャーにタオルを返した。


「みきくん……」


紫穂里さんはさみしそうな表情で受け取られなかったタオルを見つめてた。

たしか、紫穂里さんと硯先輩は幼馴染で、紫穂里さんがマネージャーになったのも硯先輩が頼み込んだからだって聞いたことがある。


「やだな先輩。ポジションも紫穂里ちゃんも取られそうだからって嫉妬は醜いっすよ」


いまの態度が気に入らなかったのだろう。帯人はからかうように硯先輩を覗き込んだ。


「なんだと唐草。お前レギュラーだからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」


今にも掴みかかりそうな勢いの硯先輩と帯人の間に強引に身体をねじ込む。

お互いの態度が気に入らなかったことは理解できるが喧嘩はまずい。それに帯人の行為は紫穂里さんを庇ってのこと。


「硯先輩」


俺は先輩を正面から見据える。


「先輩の相手はに俺でしょ?じゃあよそ見してないで俺をしっかりと睨みつけててくださいよ」


さっきのが硯先輩の嫉妬ならば矛先を向けられるのは俺だろう?


「お前も調子に乗りやがって。いまの言葉忘れんなよ。必ず後悔させてやるからな」


素敵な捨て台詞を吐きながら硯先輩は部室に戻って行った。


「お〜!ライバル宣言。ポジションだけじゃなくって紫穂里ちゃんの彼氏の座も懸けるか。って彼氏の座は懸ける必要ねぇぞ。なぁ紫穂里ちゃん?」


帯人は俺の肩をバンバン叩きながらよろこび、紫穂里さんは両手で顔を覆っている。


「お兄ちゃん。いまのは有松先輩は俺のものだって言ったのも同然だよ?ちゃんと理解……してないね」


帯人に言われてハッとなった俺はしばらくフリーズしていた。

えっ?そうなのか?

静の言葉にフルフルと首を横に振ることしか、今の俺には出来なかった。




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