第12話 バレーも、恋も

「シャー!」


コギャル……もとい、お絹の雄叫びがコートに響く。


「ナイス志乃、紬」


パンッパンッとハイタッチをしていくお絹は、コギャルのくせにと言ってはいけないかもしれないが、かなりの熱血漢だ。


つむつむ、かんざし、お絹は中学のバレー部で知り合ったらしく入学してからしばらくはお互いに距離があったらしい。

きっかけは今日と同じく上級生との紅白戦。

3人に共通しているのは負けず嫌いであること。まあ、つむつむに関して言えば「バレーに限る」けどね。


試合を通じてエンパシーを感じた3人はバレーの話をきっかけに仲良くなったそうだ。


「お絹のやつ、相変わらず気合い入ってるなぁ」


チームを鼓舞するお絹を見て感心していると静がクスクス笑いながら教えてくれた。


「きーちゃんはね、栄北にこれてうれしいんだって。模試でもいつもボーダーラインぎりぎりだったんだけどね。また3人でバレーやれるのがうれしいんだって」


お絹は感受性が豊かでよく怒るしよく泣く。バレーに取り組む姿勢は真摯だし、とっても仲間思いだ。ミスをしたチームメイトを責めるようなことは絶対にしない。今もそう。レシーブが乱れたチームメイトの肩を叩いてサムズアップをしている。


「紬!」


試合が進むにつれて上級生チームがリズムを掴み出しつむつむの出番が増えてきた。小さな身体でコートを跳ね回るその表情は笑顔だ。


「しーちゃんお願い」


つむつむのレシーブをそのままバックアタック。鋭角にコートに突き刺さるかんざしのアタックに上級生のレシーブも僅かに乱れる。


「クッ!」


タイミングのズレたスパイクをつむつむが拾いセッターへ。ライトのかんざしを囮にレフトのお絹に上げる。


「もらいっ!」


要所要所で三人娘が踏ん張り上級生チームの流れを断ち切る。


「お華〜、このままでいいのかな〜?」


審判席に座っていた大林先生がニヤニヤと笑いながら上級生チームを見下ろしている。華さんも頃合だと感じていたのだろう。


「姫っ!」


ベンチの京極に向かいコートに入るように手振りで促した。相手に得点をさせない。いま新入生チームがやってることを上級生チームがやるとどうなるか?


「はあはあ。やっぱりきち〜な」


ゲームが進むにつれて新入生チームの動きが鈍くなってきた。理由は簡単。いわゆるガス欠。毎日のように練習している上級生と、受験で鈍りきった身体の新入生とじゃ身体に積んでいる燃料がちがう。体力不足。練習不足。


「でも〜、簡単には負けたくないよね〜、つむぎ?」


かんざしが肩で息をしているつむつむに声を掛ける。その表情は悪戯っぽい。


「んっ。も、もちろんだよ」


「きわみせんぱい出てきたしね〜。愛しのにしせんぱいも見てるんだから、かっちょいいとこ見せなきゃ〜」


「お〜、ニッシー先輩きてたんだ。そりゃ紬脱ぐしかないよな!」


お絹がつむつむにサムズアップをしている。


「な、なんで脱ぐのよ。でもね、京極先輩に負けたくないもん」


つむつむは両手を胸の前でグッと握りしめている。小さなガッツポーズだ。


「ッシャ!みんな最後まで諦めんなよ!相手が先輩だからって遠慮するな。ミスしても引きずるな!紬が全部拾ってくれる。ガンガン攻めよう!」


お絹が仲間を鼓舞する。つむつむを信頼しろと。


ラリーポイント制の3セットマッチ。1セット目は新入生チームが、2セット目は上級生チームが取っている。15点先取の3セット目は14対10で上級生がリードしている。


上級生チームは華さんからのサーブ。

つむつむを避けたボールは新入生チームのコート深くを強襲する。


「ッツ!」


なんとかセッターに返ったものの、コート中央からオープントスを上げざるを得なく、レフトのお絹にはブロックが2枚張り付いていた。

踏み切る際にわざとタイミングを外したお絹だったが、内側の壁に当たり自陣のネットギリギリに落とされる。

安堵の様子を見せていたブロッカーはお絹の影から小さなつむつむが滑り込みのが見えたのだろう。


「うそっ!」


待ってましたと言わんばかりのつむつむがギリギリで真上に上げる。


「さすが紬、もらった!」


右手を振りかざしながら垂直に飛ぼうとするお絹は、ブロッカーをあざ笑うかのように身体を真横に向けてオーバーハンドでライトに上げた。


「ずどーん」


走り込んできたかんざしの鋭いアタックは虚をつかれた京極の腕を吹っ飛ばした。


『紬が全部拾ってくれる』


言葉通り、お絹はブロックされるのを前提でつむつむにかけた。ギャンブルではない。かけたのは信頼だ。


「きわみせんぱいっ。つむぎならぁ、いまの取ってますよ〜」


珍しく京極を挑発しているかんざし。


「くっ!」


悔しそうに自分の両手を見つめる京極に華さんがポンポンと肩を叩いた。


「あんたのせいじゃないし、負けた訳じゃないんだ。あと1ポイントサクッと取るよ」


華さんの言葉通り、お絹のジャンピングサーブがネットに引っかかりサクッと得点が入った。


「うぅ〜、ごめんねみんな〜」


試合後、お絹は両膝を抱えてベンチでうずくまっていた。


「やってくれたね、かんざし」


京極は煽ってきたかんざしに声を掛けていた。試合中のやりとりを思い出して思わず息を飲む。


「あ〜、ドンマイですよせんぱい。ミスは〜誰でもするんで〜」


とぼけたような顔で辛辣な言葉を浴びせるものだ。そのミスは試合中のことだけなんだろうか?


「でもでも〜、しっかりしてないと〜大事なもの全部なくなりますよ〜。ポジションも、大事な人も、ね〜」


言いたいことを言ったのだろう。京極には興味がないと言わんばかりにお絹のところに行き、ギュッと抱きしめた。


「く、苦しい〜!」


身体のいろんなところが大きいかんざしに抱きしめられたお絹の顔は、圧迫され息苦しそうだ。


「つむぎも〜、はいたっち〜」


お絹を離したかんざしは両手をつむつむの前に突き出したが、後ろからお絹のケリが入り前のめりになる。そこに小さなつむつむが両手を差し出したもんだから。


「いやんっ、つむぎのえっち〜」


フニュっという効果音が似合いそうにつぶれたかんざしのおっぱい。

ハイタッチならぬパイタッチ。


「ああああ、ご、ごめんねし〜ちゃん」


胸を両手で隠して身体をクネクネしているかんざしに、つむつむはオロオロと謝っていた。


「紬」


背後から京極がつむつむに声をかけた。


「京極先輩?」


「リベロで勝負するんだね?」


真剣な表情でつむつむに迫る。

息を飲む展開にかんざしもお絹も目が離せない。


「は、はい。私はもう、もう京極先輩に負けたくありません。バレーも、こ、恋も」


最後は消え入るような小さな声だったらしいが、京極には伝わったみたいだ。


「わかった」


踵を返して上級生ベンチに戻る京極を、つむつむはじっと見つめていた。


♢♢♢♢♢


「つむつむ、お疲れ」


本入部初日は紅白戦のみで終了したので、俺と静は校門でつむつむを待っていた。


「先輩、お疲れ様です」


疲れなど微塵も見せないひまわりが咲いたような笑顔だ。


「ニッシー先輩、お久しぶりで〜す」


「おう。相変わらず気合い入ってたなお絹」


「顔面グーパンするぞ」


真顔で拳を握りしめるお絹。

お絹という呼び方は「年寄りっぽいからやめて」と言っているので、それはフリだと思い込み、俺はお絹と呼び続けてる。


「にしせんぱいだ〜。わたしもがんばったからほめて〜」


ラブラドールレトリバー。

かんざしを動物に例えるなら俺は間違いなくそう答える。身体は大きいがすごくあまえたさんなのだ。


「おう、かんざしよくがんばったな」


少し屈んで頭を差し出してくるかんざしの頭をヨシヨシと撫でてやる。身長は辛うじて俺の方が高いみたいだ。


「えへへへ〜」


耳がパタパタ、尻尾はブンブンしている大型犬は小型犬の方をチラッと見て俺に撫でてあげてと目で訴えてくる。


「つむつむもすごかったな。随分と成長してて驚いたぞ、身長以外な」


「も、もう先輩!」


頭をグリグリと俺の胸に押し当てて抗議してくるが、そのまま頭を撫で続けてると「えへへへ〜」と大型犬同様、獣耳と尻尾が見えてきた。


「あのさ〜、ウチも頑張ったと思うんだけど、ニッシー先輩としてはどうなん?」


ない胸を突き出してつむつむの後ろで仁王立ちしているお絹に「グッジョブ!」とサムズアップしてやると、ニカッと笑いサムズアップを返してくれた。

単純なやつで良かったわ。


「先輩、あの、ですね。その〜ですね」


つむつむが少し距離を開けてモジモジしだした。顔も赤い。


「どうした?」


まあ、つむつむのモジモジくんはいつものことなので、気長に待っているとなぜか「よしっ」と気合いを入れて拳を握りしめた。


「今度の新人戦のメンバーに入れたら、そ、その……デ、デートして、ください」


ふむ。つむつむにしては大胆な申し出だ。県内でもそこそこの強豪のうちで入学したてのつむつむがメンバー入りって結構難しいと思うよ?今日の紅白戦で自信付けたんだろうけど、なかなかにして強気な申し出だ。


「だめ、ですか?」


その上目遣いでだめと言える男子高校生がどれだけいると思う?


「んっ、いいよ。お出掛けするか」


「はいっ!」


満面の笑みのつむつむに俺の心がチクッと痛む。この子の思いに全力で応えてあげれるのか?本来ならこの話は断るべきなのか?いまはまだわからない。


「じゃあ〜、わたしもメンバー入りしたら〜デートしてもらおうかな〜」


ん?お散歩か?


「よしっ、ニッシー先輩。私も特別にデートしてあげるよ?」


「あ、間に合ってますんで」


お絹の申し出をしっかりと断り、俺たちは帰宅の途についた。

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