第10話 やっぱり
11時30分
俺たちはショッピングモール内のフードコートに来ている。少し早めの昼食だ。
日曜日のショッピングモールは家族連れなども多い上にセール期間中ということもあり混雑に拍車がかかっている。すでに満席に近く、たまたま見つけたカウンター席に2人並んで座れた。
「よかった〜、座れて」
安堵の声を上げながら紫穂里さんが海鮮丼をテーブルに置いて座る。
「まだ12時前ですよ?みんな気が早くないですか?」
海鮮かき揚げ丼をテーブルに置き、周りを見渡しながら紫穂里さんの隣に座った。
ここのショッピングモールは4階建で1階と4階にレストラン街、2階にはいま俺たちがいるフードコートがある。
その中でもフードコートは俺たちみたいな高校生からすれば敷居が低いので使用頻度は高い。
「西くんはよくここにくるの?」
「そうですね……」
紫穂里さんにとっては話しの取っ掛かり程度の言葉だろう。
『よくくるの?』
学校帰りに週末。
ウィンドウショッピングだけでも楽しめるショッピングモールは俺たちには定番のデートコースだった。
「西くん?」
紫穂里さんの声にハッとした俺はなぜか口元にあるマグロに視線を落とした。
「えっ?」
「あ、あぁ〜ん?」
マグロを掴んだ箸の下には紫穂里さんの白い華奢な手が添えられており、取り返しのつかない状況に視線を逸らしながら耐えているその顔は羞恥に染められている。
「あ、いただきます」
ここで食べないという選択肢をすれば紫穂里さんを傷つけることになるし、あ〜んくらいで動じる程初心ではない。俺が平然と食べたことに若干戸惑ってるみたいで、しばらく箸を持ったまま固まっていた。
その光景がなんともおかしかったので、目の前のかき揚げをひと口大に切り分けて紫穂里さんの口元に運んだ。
「はい、お返しです」
口をパクパクさせて固まる紫穂里さん。
これはタイミングを合わせて入れろということだな?
パク、パク、パク、「はいっ」モグ、モグ、モグ。
見事に紫穂里さんの口に投入。
ゴクンと飲み込んだことを確認して俺もかき揚げにかぶりつく。
うん。やっぱりうまい。
俺がかき揚げを堪能していると視線を感じたので隣をチラり。
紫穂里さんが俺にジト目を向けている。
「どうしました?」
拗ねてると言うか、恥ずかしがってると言うか複雑な乙女心を表しているような紫穂里さんがワナワナと口を開いた。
「あ、あのね西くん!一応聞くんだけどね。いま間接キスだったの知ってるかな?」
俯きながら最後は消え入りそうな音量で俺に聞いてくる紫穂里さん。
「はい?まあ、そうなるんですかね?」
何かおかしいのか?
「あ、のね。一応私も女の子だって意識してくれてる?」
「当たり前じゃないですか。どこからどう見てもかわいらしい女性じゃないですか?」
箸を止め、紫穂里さんに向き合う。
俯いていた顔が上がり、俺と目が合うと耳まで赤く染まった。
「か、かわっ!」
「いらしいですよ?僕だけじゃなくてみんなにも言われるじゃないですか」
紫穂里さんの人気は部内に留まらず、校内でも上位の人気者だ。
「……これが経験値の差なのね」
ため息を漏らしながらも納得したような紫穂里さんは海鮮丼に視線を落とすと箸でサーモンを掴み俺に差し出してきた。
「経験の差なら場数を踏めばいいんだよね?ということで、私の練習に付き合ってね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた紫穂里さんがグイグイとサーモンを押しつけてくる。
「え〜」
「ねっ!」
あまりの迫力に観念してサーモンをパクっといただいた。
♢♢♢♢♢
なんとかサーモンまでで勘弁してもらえた昼食を終えてモール内を歩いてると、隣にいたはずの紫穂里さんの姿が見えなくなっていた。
慌てて周りを見渡すと、人波に飲み込まれそうな紫穂里さんを見つけることができた。
「ご、ごめんね西くん。声かける間もなく動けなくなっちゃって」
「とりあえずはぐれなくて良かったですよ。俺が道作りますから後ろからついてきてくださいね」
不安そうな顔の紫穂里さんを背中に歩き出すと、控えめに袖を掴まれた。
まあ、そんな気はしてたんだけどこれは好意云々じゃなくって仕方ないことだよな?
自分に言い聞かせるようにしてから袖を掴んでいる小さな手をしっかりと握った。
「そんな掴み方じゃ離れそうなんで。ちょっとだけ我慢して下さいね」
「……うん、あ、ありがとうね」
微笑んでくれた紫穂里さんを自分の身体を盾にしながら目的地へと向かった。
「いい?」
目的地に着いた紫穂里さんは遠慮がちに聞いてくるので「いいですよ」と笑いかけた。
着いたのは紫穂里さんのリクエストのゲーセン。
目的はまぁ「早く西くん。これにしよう」プリクラですよね。
俺なんかの感覚だとスマホのアプリ使えばいいんじゃない?って思うんだよな。違いと言えば照明くらいだろ?
なにが悲しくてこんな女だらけの巣窟に「西くん、は・や・く!」すぐ行きます。
中はさながら白い世界。
ちょっと照明明る過ぎませんかね?
俺が内部をキョロキョロしている間に紫穂里さんがパネルを操作し、設定が終わったらしい。
『ポーズを決めてみよう!』
機械にあれこれ指示されるのは癪だなと思いながらも「西くん、ポーズポーズ」と先輩命令ならば拒否はできない。
数パターンの無茶ブリをなんとかこなすと、最後に爆弾が投下された。
『最後にお互いをギューっとしよう』
「いやいやいや、何言ってんだよあんた!」
機械相手にマジツッコミ。
さすがに抱き合うは……隣で紫穂里さんが両手を開いて待っていた。
「ほ、ほら。指示だからしょうがないよ」
この様子だと確信犯だな。
このポーズがあることを知った上でのこの機種だったんだろう。
「いや、さすがにまずくないっすか?いろいろと」
紫穂里さんがひょっとしたら好意を持ってくれてるかもしれないが、いまの曖昧なままで……、なんだろう。俺がいろいろ考えてる間に紫穂里さんの身体が俺を捕らえた。
「ちょっ!」
不意打ちだったこともあり後退ってしまうと、紫穂里さんは悲しそうな顔で「嫌だった?」と呟いた。
あ〜、さすがに感じ悪かったと反省。
「嫌じゃないです」
紫穂里さんの前で両手を開くが待ち人こず。
悪いのは自分だという自覚はあるので躊躇う紫穂里さんを軽く抱きしめた。
『できたかな?撮るよ〜』
軽い口調の後に『パシャリパシャリ』と2回撮影された。
「ありがとうね」
「いえ、ごちそうさまでした」
「……なにがかな〜?」
紫穂里さんの身体の柔らかさを堪能させてもらったんだから間違いじゃないよな?
落書きは紫穂里さんにお任せして、出てきたプリクラのを見た俺の感想は。
「これ、俺じゃないですよね?」
少女マンガの登場人物のような目に加工された俺は一言で言って不気味だった。
それに対して隣の紫穂里さんは……
「理不尽だ」
「何が?」
「俺だけ妖怪変化して紫穂里さんはかわいいままじゃないですか!」
元の作りの問題なのかもしれない。
美少女の紫穂里さんと雰囲気イケメンと言われる俺。
「そんなことないよ。この西くんもかわいいよ」
笑いを堪えている紫穂里さんの言葉に説得力は皆無だ。不貞腐れながらゲーセンを出ようとすると「まあまあ、半分っこしようね」
終始笑顔の紫穂里さんが袖をつかんできた。
「次はどこ見ます?」
建前を忘れてる紫穂里さんに希望を聞いていると、背後から声を掛けられた。
「陣?」
聴き慣れたあいつの声。
振り返る必要もないが、横目でチラッと見ると京極と久留米がいた。佐々木じゃなかったんだな。
狼狽えている紫穂里さんの手を掴み、京極たちには応えることもなく歩き出した。
「に、西くん?」
逃げるようになってしまい紫穂里さんには申し訳ないが、極力関わりたくないんだ。
「待って陣!」
案の定、京極に呼び止められるが俺に応じるつもりはない。
そのまま人波に紛れようとすると、左手を引っ張られた。振り返ると紫穂里さんが真剣な顔で立ち止まっている。
俺と目が合うのを確認するとコクリと頷いた。
「京極さん」
俺の手を引き京極の前に対峙する。
「なんですか?」
繋いだ手を苦々しい表情で見ている京極は不機嫌そうに答えた。
「もうあなたに遠慮はしません」
紫穂里さんは俺の左腕に抱きつきながら京極を牽制している。
「先輩に用はありません。正直ライバルとは思ってませんから」
異変に気づいた人達が足を止め様子を伺いはじめた。他人の修羅場は気になりますよね。
「奇遇だね。私もあなたをライバルだとは思ってないよ。だってあなたは選外だもん」
紫穂里さんの言葉に憤慨しそうな京極を久留米が押し止めた。
「織姫、いまはやめよう。先輩失礼しました。西くんも……ごめんね」
「ちょっと朱音?」
強引に京極の背中を押して久留米たちは去って行った。
♢♢♢♢♢
「落ち着きました?」
ベンチに座り水をひと口飲んだ。
「ごめんね。余計なことしちゃったかな?」
申し訳なそうにしている紫穂里さんの頭を軽く撫でた。
「こちらこそ巻き込んでしまい申し訳ないです。今後あいつに絡まれることがあったら教えて下さい。紫穂里さんに迷惑は—」
「迷惑じゃないよ」
「……迷惑じゃない」
真剣な表情で俺の言葉を遮った紫穂里さん。
「巻き込まれてない。私も当事者だもん」
「当事者?」
どう考えても京極に無駄に絡まれただけだ。当事者は俺と京極と、佐々木くらいだろう。
「うん。勢いみたいに言うのは嫌だから。ちゃんと西くんが私を見てくれるようになったら理由を言おうかな?」
手遅れかもしれないけどね、と最後はとても小さな声で呟いた。
「さっ、せっかくのデートなんだから楽しみたいな!西くん、次どこいく?」
やっぱり、この人は……
「そうですね先輩。そろそろ備品の買い出しもしましょうか」
すでに時刻は19時30分
「えっ?」と小さな声が聞こえてきたすぐ後に、
「きゃ〜!買い出し!今日は買い出しだった。西くん、スポーツ用品の売り場に行こうか!」
半ばヤケクソにも見えるその姿がおかしくて、ついつい腹を抱えて笑ってしまった。
「あっはははは!やっぱり忘れてましたね。はいはい。備品の買い出し行きますか?」
立ち上がり、まだベンチに座ってる紫穂里さんに左手を差し出す。
「もう!西くんのいじわる!」
その手をしっかりと握りしめて紫穂里さんは力強く歩き出した。
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