第8話 かわいくありたい
時刻は19時30分
ショッピングモールはレストランと食料品売り場を除いて21時までしかやっていないため、急いで見て回らなければ!
そう思っていた俺の不安は杞憂だったらしく、妙は目当ての店をピンポイントで回っていく。
「要領いいな。セールなんだし他もってならない?」
京極なんかは目当て店では何も買わずに、何となく入った店で違うものを購入なんてことがしょっちゅうだったぞ?
「時間ないし、陣くんに付き合ってもらってるんだもん」
要するに俺に気を使ってくれてるって訳だな?ササッとお店に入っていく妙の背中に声を掛けた。
「せっかく来たんだから慌てなくてもいいぞ」
妙を追いかけて店内に入るとデニムのタイトミニとチェックのキュロットを真剣に見比べていた。
「何、迷ってるの?」
俺の問いかけに真剣な表情のまま「うん」と頷いた妙は、ハンガーのままの商品を俺の目の前に差し出してきた。
「どっちがいいと思う?」
「ええ〜」
定番な質問なんだけど非常に困る質問だ。
身長が高くスタイルの良い妙にはどっちも似合うと思う。
「さぁ!」
ズイっと俺に詰め寄ってくる妙。
その勢いに押されて両手を上げて降参状態の俺を見た妙はしてやったりの笑顔を見せている。
「う、う〜ん?」
改めて商品を見て、その二つを履いた妙を想像してみる……
……
……
どっちも似合うじゃん!
でもどちらかと言えば……
俺は意を決して指差した。
「ん、こっち」
意外そうに目をパチクリさせる妙。
「本当に?」
「なんでそこで疑問に思うんだよ!基本的にどっちも似合うとは思うけど、お前いつも無地ばっかりだろ?たまにはチェックなんかもかわいいんじゃないかと思ったんだよ」
妙の俺への印象が垣間見えた感じがした。
ジト目で抗議。
笑顔でかわされる。
「お前かわいいもの好きだろ?鞄とか服装はシックなのに小物とかはかわいい系ばかりだし。さっきからファンシーショップやら雑貨やなんかの前通る度にチラチラ見てるだろ」
本当はかわいらしいファッションとかも好きなんだろうな。自分にかわいいものは似合わないと決めつけちゃってるから選択肢から除外しちゃうんだよ。
「あはははは。バレてたか〜」
妙は苦笑いを浮かべながらポニーテールの毛先をくるくるしている。
「かわいいもかっこいいも似合うと思うけどな?たまには違った妙を見せてよ」
「そうだね。じゃあこっちにしようかな?」
妙はミニスカを元の位置に戻して、キュロットをレジに持って行った。
「お会計は1980円になります」
「めっちゃお買い得じゃん」
ついつい思ったことを口に出してしまい、レジのおばちゃんに笑われた。
「……陣くん?」
呆れる妙を他所に商品を受け取りレジを後にする。財布をしまった妙が近づき手を差し出してくる。もちろん繋ごうではない。
「荷物持ってたら見れないだろ?買い物終わるまでは預かるよ」
買い物袋をクイッと上げて肩を竦める。
「荷物持ちの仕事だから」と言うと小さく笑って「ありがとう」と返してくれた。
その後、少しだけウィンドウショッピングを楽しんだ。
「せっかくだから歩いて帰らない?」
バスなら5分の道を20分かけて歩くことにした。
「ありがとうね、荷物」
あれから妙はサマーセーターとハンドバッグを購入した。もちろん、はじめに買ったキュロットに合わせてコーディネートした。
妙がね。
俺が選んでたら大変なことになるだろう。
「たいした量じゃないから。それにしても鞄まで買って諭吉さん以内ってセールさまさまだな」
妙が選んだ鞄はサマンサのエナメルの鞄だった。色はパステルピンク。さっそくかわいいを実践してくれるみたいだ。
「これでも贅沢したなって気分だよ?いくらアルバイトしてるからって高校生のアルバイト代なんて知れてるじゃない?」
「まあね。でも無理をしてでもおしゃれしたいのが女の子じゃないの?」
実際、京極は「陣のためにかわいくなりたいの」なんて俺を言い訳にしてたくらいだ。
妙は俺の表情を伺いながらクスっと笑った。
「いま京極さんのこと思い出してたでしょ?たしかにあの子はオシャレだもんね。でも私はそこまで拘らないかな?」
妙はクルッと背中を向けて数歩、歩き出した。後ろ手で手提げ鞄をもちながら、空を見上げて立ち止まった。
「まあ、好きな人の前ではかわいくありたいって気持ちはわかるけどね」
振り向いた妙の顔は月明かりに照らされて幻想的だった。
♢♢♢♢♢
中学が一緒だった妙とは同じ学区内なので俺の家からは徒歩10分程度の距離でしかない。
「陣くん、付き合ってもらったお礼に飲み物でも奢るよ」
妙はコンビニの方をチョンチョンと指差して入店を促した。
「コーヒー買うけど奢りじゃなくていいぞ。俺も楽しかったんだから割り勘な」
俺は右手に持っていた缶コーヒーと妙が持っていたミルクティーを持ってレジに行った。
「あっ」という妙の声が聞こえたが素知らぬ顔でスルーした。やっぱり女の子に奢ってもらうのは抵抗がある。
「ありがとうございました〜」
コンビニを出たところでミルクティーを妙に渡すと不機嫌そうな表情に睨まれた。
「私も奢られるの嫌いなんだけど?」
口を尖らせて足早に歩き出した妙はコンビニの駐車場を出るとピタッと立ち止まって「いただきます」と呟いた。
「どうぞ」と返してから俺もボトル缶の蓋を捻りぐびっと一口飲んだ。
「そう言えばもうすぐ新人戦だろ?今年は出れそうか?」
妙は硬式テニス部に所属している。
聖シッダールタのテニス部は強豪とは言えないが、バイトが忙しく練習にあまり出れない妙は去年、公式戦には出れなかったらしい。
「うん。先輩達がいなくなったら8人になっちゃったからね。一年生次第だけど今度の新人戦は出れそうだよ」
妙はVサインを俺に向けたかと思えばいきなりラケットを振る真似をした。
「1回くらいは勝ちたいかな」
中学時代、軟式テニスではあったが妙は県大会に出場できるほどの実力はあった。
「勝てると思うぞ。応援してるから頑張れよ」
頑張れの意味を込めて親指を立てる。
「そこは応援に行くからじゃない?」
指でバッテンを作り小さく舌を出した妙からの要求は態度で表せと言うものだった。
「ん〜?俺の試合と被らなきゃ行くぞ?花束いるか?」
テニスだけではなく各競技が同じ時期に新人戦が行われる。なので日程が被る可能性もある。
「本当?言質取ったからね?それはそうと陣くんこそ試合出れそう?」
痛いところを突かれた。現状ポジション争いは劣勢に立たされている。自分でも自覚してるんだけど、俺には「これ」と言う強みがない。器用貧乏って言葉が的確な表現だろう。
「た、大会までにはなんとか……」
愛想笑いを浮かべながら明後日の方向に視線をやり誤魔化す。
「あれ?ひょとして他人の心配してる場合じゃなかったりするのかな?」
妙がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくるので一歩後退。
そうだよ、他人の心配してる余裕なんてないよ。いまだにベンチウォーマーから抜け出せてねぇよ。
「ふんっ!お前が勝つのと俺のレギュラー入りで勝負するか?」
どちらかというと俺の方が分が悪い気もするが対決としてはいい勝負なんじゃないか?
妙も腕組みしながら考えている。
「いいよ。勝負しようか?勝った人には定番の?」
「「なんでも言うことを聞く。ただしえっちなのはなしね」」
ピッタリと合った言葉に思わず顔を合わせて笑い出す。
「よし!契約成立だな」
「うん。私はえっちのでも良かったのに」
「その気もないのにやめなさい」
「あれ?ばれた?」
妙の気持ちなんて読めるわけない。
でもこんな台詞は冗談に—
「なんてね。陣くん次第、かな?」
「小悪魔みたいなこと言いやがって」
女心ってなんだろう?
言葉通りに考えてるとバカを見ることになりそうだ。
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