第7話 ポニーテールは男のロマン

 土曜の練習後、俺はバイト先のうどん屋がある駅前まで紫穂里さんと一緒に歩いていた。もちろん手は繋いでないですよ?恋人同士じゃないし。部活帰りだし。つむつむに負けない宣言されたし。


 京極と別れてからというもの、身の回りの慌ただしさに振り回されて自分のペースが狂わされてしまってる訳で、今日もこうして紫穂里さんと一緒に歩いてるんだけど、学校の近くということもあり同じ学校のやつらの視線が突き刺さる。

 まあ、少し前まで京極とバカップルとして有名だった俺が違う相手と歩いてれば視線を集めるのも仕方ないのかもしれない。

 でも、紫穂里さんとは同じ部活だし一緒に買い出しに行ったとでも説明しておけば変な噂されることもないだろう。

 手でも繋いで歩いてれば言い訳もできない……ね。

 不意に俺の左手が紫穂里さんの小さな右手に包まれた。

 ギョッとして隣を見ると俺を見ないように俯いている紫穂里さんがいた。耳がほんのりと赤くなっている。この人はどこまで現状を把握しているのかわからないが勇気を出した行動だったんだろうということはさすがの俺でもわかる。


「あっ」


 繋いだ手を一旦離し指と指を絡めてギョッと握った。紫穂里さんは小さく驚きの声を上げたがその後は「えへへへ」と微笑んで身体をピトッとくっつけてきた。左腕全体を包む柔らかい感触、中でも上腕二頭筋に感じる柔らかさは格別だ。

 邪な思考を追い出すように俺は紫穂里さんに話しかけた。


「紫穂里さん、日曜はスポーツ用品店とドラッグストアっすか?」


 部活の備品の買い出しだからテーピングや包帯、スポドリの粉とかを買うんだろう。


「えっ?あっ、と。そ、そうかな?」


 なぜかアタフタし出した紫穂里さん。

あれ?ひょっとして某会員制のスーパーセンターの方だったか?


「とりあえずはショッピングモールとかも見たいかな。ほ、ほらセールとかやってるかもしれないでしょ?」


 この反応。紫穂里さんの思考が読めた。

必死に取り繕う紫穂里さんの様子を微笑ましく見ていると、バイト先に着いてしまっていた。


「あっ、紫穂里さん。俺ここなんで」


 絡めていた指を解いて手を離すと、その手をそのまま紫穂里さんの頬に当て……

 見る見るうちに赤くなっていく紫穂里さんの顔。惚けるような表情で俺を上目遣いで見てくる。


 やってしまった!いままでの癖で別れ際にキスをしてしまうところだった。


「す、すみません」


 俺がパッと手を引っ込めると若干拗ねたような表情を見せた。


「そんな慌てて手引っ込めなくてもいいのに」


「いやいや、さすがに、ね?」


 まずいでしょ?と苦笑いを浮かべる


「ちゅーする?」


 年上の余裕を見せたかったのか、揶揄うように見つめてくるが経験値は俺のほうが上。イニシアチブは取らせない。


「それは明日のデートまで取っておきましょうか」


 ピシッと固まる紫穂里さんに笑顔で手を振ると「バイト頑張ってね」と笑顔で送り出してくれた。


♢♢♢♢♢


「お疲れ様です」


 店の裏口から厨房に入るとモワッとした熱気に包まれる。

 

うどん屋『無双庵』


 創業3年目だが県外からもここのうどん目当てに来る人もいるくらいの人気店だ。


「おう、悪いな陣」


 この人は店長の塩瀬信夫しおせしのぶさん(28歳独身)


 脱ぐと凄い細マッチョで、学生時代は空手の世界大会にも出たことがあるらしく、この前は店先で喧嘩をはじめた酔っ払いを秒殺していた。


「ま、仕方ないですよ。その分時給割り増ししておいてもらえれば問題ないっす」


 本当ならば今日は休みの予定だったのが、他のバイトの子が急遽入れなくなったということで日曜日のシフトと入れ替えで今日出勤することになった。なので明日は一日中紫穂里さんとデートすることも可能になった。


「あ〜!陣くん待ってたよ〜。私ホールに出るから麺場よろしく」


 すれ違いざまに俺の肩をポンっと叩いてホールに出て行ったのは聖シッダールタ高校に通う桐生妙きりゅうたえ。俺とは中学時代の同級生。キリっとした綺麗系美少女で今はバンダナに束ねてしまってるがポニーテールがトレードマークの店の看板娘だ。彼女目当ての常連さんも多く、店の売り上げに貢献している。

 遊ぶ金欲しさにバイトしている俺とは違い、中学時代に父親を亡くした妙は家計を助けるために働いている。

 成績も優秀で特待生として入学した進学校の聖シッダールタ高校でも主席を守っているらしい。


「陣くん、肉うどん大と月見うどん並ね」


 カウンター越しに伝票を受け取ると麺を二束と一束をそれぞれてぼに入れてさっと湯がき、どんぶりに入れて店長に渡した。


「昼は忙しかったか?」


 どんぶりを下げに来た妙に声をかけると疲れた表情も見せずに微笑んだ。

 なんていうのか、妙の笑顔はパッと花が咲くような笑顔で、周囲の人を安心させる。


「うん、今日からそこのショッピングモールでセールやってるしね。買い物袋抱えた家族連れとか多かったよ」


 妙は接客業が肌に合ってるらしく、厨房にいるよりもホールにいる方が好きみたいで、厨房で黙々と作業をしたい俺にとってはありがたい存在である。


「あ〜、セールやってるんだ」


 紫穂里さんの言っていたことはあながち嘘ではなかったらしい。明日は買い出しと言う名のデートになるみたいだ。


「私も夏物見たいんだけどね。バイト帰りにしか行けないからな〜」


 はぁ、とため息をつきながら肩を落とす妙に「今日、一緒に行くか?」とついつい言ってしまった。


「えっ?いやいや。さすがに京極さんに悪いよ」


 右手を左右に振り断ってくる妙。


 俺と妙は中学3年間同じクラスだったが、京極とは同じクラスにはならなかった。2人の共通点といえば俺くらいで顔見知り程度の仲だろう。


「ああ、別れた」


 妙から受け取ったどんぶりを洗いながら端的に言うと、妙は口元を手で隠して「……嘘」と呟いた。


「フラれた。だから気にする必要はないぞ。まあ、俺と行っても荷物持ちくらいにしかならないけどな」


 軽く洗ったどんぶりを食洗機に入れてスイッチを入れた。


「あ、じゃあ今日付き合ってもらっていい?」


 恐る恐る聞いてくる妙の姿が珍しくてついつい笑ってしまった。


of courseもちろん.」


♢♢♢♢♢


「じゃあお先に失礼します」


19時


 バイトを終えた俺たちは私服に着替えて店を出た。

 妙は店のTシャツから黒のシフォンのブラウスとジーンズというシンプルで大人びた格好をしてた。バンダナを外した頭にはトレードマークのポニーテール。


左右に揺れるポニーテールを横目で見てると、それに気づいた妙が毛先を触りながら笑った。


「陣くん、ポニーテール好きだよね」


 男のロマンじゃない?と俺は思ってるんだけどなぁ。左右に揺れる度に見え隠れするうなじが妙の色気を引き出している。


「うん。特に理由はないんだけどな。特に妙のポニーテールは、な」


 顔を覗き込みながら揶揄うように言うと、ほんのり赤くなった顔で「揶揄わないでよ」と腕をポコんと叩かれた。


「俺のために今日もポニーテールにしてくれてありがとう」


 さらに追い討ちをかけるとポコポコポコと連続で叩かれた。まあ、痛くないんだけどな。

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