第2話「同棲相手はハーフエルフ」

『帝都プラザ駅ー、帝都プラザ駅ー』


やる気があるんだかないんだかよくわかんねえアナウンスが流れて、帝都プラザ駅に到着した。

大江戸線はここが終点になる。

要するにここから先は別だってことだ。

日本じゃねえってよ。

東京じゃねえって。ほんとにそうかね、って俺なんかは思っちまうね。どっちでもいいんだけど、あんまり変わんない感じもする。

日本語通じるし、日本の通貨で買い物できるし、店によっては日本のクレジットカードが使えたりすんのよ。

もうこれ日本じゃね?

 って思われても仕方ない。

しかたない。

まあ日本じゃ三メートルの岩みたいなオークが酔っ払って大暴れしてる光景ってのはなかなか見られないけどな。

とは言っても、十年前に和平協定が結ばれて、ある程度ビザが下りるようにはなってるけどさ。

ビザって入国許可のことだよ。

あっちとこっちで行き来するのは外務省からのビザってやつが必要。

だいぶ規制が緩和されてて、今後もどんどん手続きが緩和されるらしいけどよ。

今でもすでに特定の区域だけならビザなしで行き来できるんだけどさ。きちんと就労ビザ取って日本で働いてる亜人もいるんだ。

かくいう俺はその逆なわけなんだが……。

こういうのがどんどん増えていくわけなんだが。


尤も前科があるのようなやつは無理だけどな。

あの今暴れてるオークなんて日本来れねえんじゃねえの。

日本じゃ粗暴犯だぜあれ。

うわ危なっ。樽投げて来やがった。

こっち来くるなよ。

あっち行けあっち。

騎士隊なにやってんだ、さっさと取り締まってくれよ。

やれやれ。

 

街並みは基本中世ヨーロッパ風っていうか、まあ石畳に石材の建物が基本って感じだね。道路の舗装は魔法で固めてるな。

日本みたいにアスファルト打ったりはしていない。

無粋だからね。

それにこっちじゃなかなか原油も手に入らないからね。

こっちのプラスティック製品はだいたい日本からの輸入品だぜ。

インフラ関係まで日本だよりだと国として問題がありそうだから、帝国の上層部も考えてんじゃないの。

尤もその代わりに、帝国が作ったこの「特区」は素晴らしい売上を上げているわけなんだがね。

俺だって万々歳だぜ。

ちなみに日本人というか「あっちの世界」の住民が自由に入ってこられるのは、この帝都プラザ駅周辺のみなんだぜ。

もっと言っちまえばトンネルの周辺のみってわけだ。ここより遠くに行こうとすると厳重な検査を突破しなくちゃいけなくなっちまう。

まあこれはしょうがない。

まだ和平協定が結ばれて十年しか経ってないわけで。

こっちの帝国さんも、はいご自由にってわけにはいかない。

 うわ、夜回り組だ。

騎士隊のやつがめっちゃ睨んでくる。

おいおい勘弁してくれよ。

俺は何も悪いことしてないっての。

日本人だからって変な目で見るのやめてくれる?

 偏見だぜ、そういうの。

差別、差別。

なんであんなトゲトゲしい感じ出してんだっての。

 ああそう言えば、こっちの新聞読んでると、上層部も少しキナくせえ感じになってきてるって話じゃねえの。

こりゃ、近いうちに何か一騒動あるかもな。

やれやれ。安心安全に店を切り盛りできねえもんかね。

面倒事はほんっとごめんなんだがね。

とか言ってるうちに、自分ちに着いていた。


まあ普通の仮宿だよ。

マンションとかアパートとかイメージしてたら悪いな。

こっちにはまだそこまで日本的なものは作られてねえよ。

ヴェネチアとか、一昔前のニューヨークとか、そういう欧米の古いマンションを思い浮かべな。

だいたいそんな感じのところに住んでんだよ。

日本人からしたらオシャレに見えるがね。

まあ現地人からしたら普通のオンボロ宿だぜ。

築年数も古いからな、これ。

「ただいま」

自分の部屋のドアを開けて入る。

するとすぐにセリアが出てきた。

「おかえり、ヒロ。おかえり」

まあもう説明するまでもないとは思うが、この子が例の同棲相手のハーフエルフの子だよ。

思ってたよりずっと幼くて驚いた?

 まあ人間で言うなら小学校高学年から中学生ってところか。

耳は尖ってるし、髪の毛は流れるような金髪だけど、まだ子どもだから胸は発達してねえし、体つきも女らしい丸みはまだないぜ。

スリム体系。

メシはちゃんと食わせてるはずなんだけどな。

どうにもエルフはどっちかっていうと痩せ形が多いらしい。

日本人の血も入ってるって話なんだけどね。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

「…またエレナのアホから仕込まれたのか。バカなことやってねえで、さっさと寝なさい。

子どもがこんな時間まで起きてるもんじゃないぜ」

「セリ、まだ晩ご飯食べてないもん」

「そうか。俺は焼き鳥とビールを食べてきたがな」

「…ヒロのイジワル」


セリアは目をウルウルにしてきやがった。

いや、買い置きはあったはずだから、食べてないおまえが悪いんだろうけども。

「ラーメンでも食いにいくか」

「らーめん、好き」

セリアはらんらんとステップして、一旦奥の部屋に消えていった。着替えてくるんだろうな。この時間、もうまともな居酒屋は店じまいだから、シメのラーメン屋くらいしか開いてないだろうな。

 値段も安くて、ラーメン一杯一五〇円だ。

信じられるか。味もうまいの。

物価が日本の五分の一なんだ。

もうこっちの世界を知ったら、日本なんて全部ぼったくりに思える。

「ヒロ、手、繋いで」

「ん」

セリアの手は、ビックリするくらい小さい。

「ありがと、ヒロ。いつも、ありがと」

「んー」

俺たちは近所のラーメン屋に入った。

リザードマンのおやっさんが「へいらっしゃい」と威勢良く言った。

割り箸を割って、まずはスープから啜り始める。

セリアはずっと俺の服の裾を掴み続け、レンゲでスープを啜るんだよな、これが。

これが実年齢一〇二歳のババアだって信じられる?


そうして、今日も二人でラーメンを食べたんだ。



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