天使と死神 後編



・・・・☁️・




「神サマ!!聞こえる?!

セレネの翼を戻して!!

セレネをっ!天使に戻してっ!!

神サマ!!お願い!!

俺の全て…なにと引き換えでもっ!!

……何でもするからっ!

神サマっ!!」


部屋へ連れて来られ、

テクトスはすぐに鏡に向かって訴え出した。


神サマに、必死に……


「……テクトス…

テクトスは僕が天使じゃないとダメ?

少しでも一緒にいたいと思わない?」


……大きな瞳から涙をボロボロ落としながら

やっと僕の方に振り返る。


「テクトスの全てと引き換えにでも?

そんな事したら僕は何の為に人間に?

やっと人間になれたのに、天使に戻されて

テクトスにも会えなかったら…」


テクトスは今、

愛する人と一緒にはいないのかな…


…少し残酷なのかな…


いきなり僕が翼を…永遠の命を捨てて

テクトスに会いに来ちゃったから…


重い…?


こんな重み、抱えられない…?



「…テクトス……泣かないで……」


「………俺こそ…

セレネの笑顔が見れるだけで

幸せだったのに…

セレネ……すぐ死んじゃう…

俺とここにいても…

セレネが笑顔になれない……」


「………テクトス…」


俯いて流れた涙を自分で拭き、

これ以上涙が出ないように

テクトスの綺麗で大きな手が

閉じた両目を数秒抑え…

手を離したと同時に鋭い瞳が僕に向いた。


「………」


「………テクトス…

僕の記憶を操作して天界に戻そうとしてる?

……そんな瞳で見ても、

僕の記憶は変わらないよ?」


「………」


「……ほら、僕の記憶は操作出来ないって。

しかも、戻ってどうしろって?

神サマにお願いしたって無駄だよ。

もう、翼は捨ててきたんだから……」


また涙が溢れ落ちる。


「……テクトス…

泣かないでよ……

僕はテクトスが好きで好きで…

逢いに来たんだよ……

僕が人間として生きる間、

テクトスの時間を少し分けてよ。」


両手を伸ばして

テクトスの涙を拭き取ると、

すぐに長い腕に身体を引き寄せられた。

凄く強い力で。

同時にブワッと黒い羽が視界に広がる。

テクトスが背中を丸めて

大きな漆黒の翼が僕とテクトスを包んだ。

視界が暗くなって甘い香りに包まれると

息も出来ない。


「……っく…るしっ…」


「…ごめっ…セレネっ……

死なないで……

苦しむだけかも……」



そう感じる事も…幸せなんだけどな……

翼をもぎ取った背中にはまだ癒えない傷。

痛みは酷いけど…


「テクトス……

もう諦めて。

僕はここでテクトスと暮らしたい。

……ねぇ、

僕を抱きしめた感想は?

僕は痛いけど嬉しいよ?」


「……あ…ごめん…」


「ふっ…感想を聞いてるんだよ…

実体って凄いね?

僕は、少し…テクトスに触れるだけで

熱くなるし、心臓がドキドキなるし、

……嬉しい…」



ずっと待ち望んだ事。


初めて抱きついたテクトスの身体は

天界でいつもフワフワした感覚とは違って

ビクともせずに男らしかった。


今も羽に包まれ、テクトスの体温を感じる。

何故か背中の痛みが和らいでいく。


「……テクトス…

これからは、僕がずっといるから…

嫌な事とか…ツライ事とか…言ってね?」


「……ずっとって………

人間には、'ずっと'なんて無いんだよ…

…ほら…セレネも泣いちゃってるじゃん…」



初めて流す涙は

テクトスに逢えたから。


僕にいずれ訪れる死、

いつも向き合う人の死に戸惑ってるような…

テクトスの苦しみが伝わるから。



「……ごめん…

けど、もし…終わりが来ても…

後悔しないように、一緒にいて…」


抱きしめられたまま、

近くで顔を見上げる。


また涙が溢れてきそうな瞳には

僕が写ってる。



天界での生活では

愛の確認方法なんて知らないし、

身体が熱くなる事も無かった。


ただ、ただ

テクトスが好きだった。


「……テクトスを…好きで好きで…

テクトスが、誰かを愛して

死神になったんだとしても、

……そんなテクトスも好きなんだ…」



テクトスの両目が力強く輝きだす。


重なってくる唇を甘く味わい、

夢中になって刺激に溺れる。

痙攣するような瞬きの合間に

テクトスの苦しそうに瞑る瞼を盗み見る。


微かに浮いたテクトスの唇から漏れる声。


「……死神に、なった理由は……

セレネだよ…

意味、分かる……?」



テクトスの唇が顔、首、耳元…

舐められた所が次々に熱くなる。

熱に耐えられず吐息を吐き出すと

身体に力が入らなくなった。


僕が………意味。

分かる………テクトスの唇から伝わる。


テクトスの腕に支えられながら

ゆっくり床に転がると

上からテクトスの手がいろんな所を這い出す。


触れられる所が熱を帯びる。

熱いよ。

僕は生きてるよ。

幸せを噛み締しめずにはいられない。


2人で素肌で触れ合う熱に委ね、

気持ちが良くて怖い程の…

初めて感覚に包まれた。








……☁️……………☁️…


☁️…50年後…




「僕達、このままずっと、

永遠に生きれるんじゃない?」



50年前とほぼ変わらない見た目のセレネが言う。


死神は歳をとらないけど

俺の能力、自分自身の体、

少しずつ衰えている事を実感していた。



「……ああ、俺の力を見くびらないで?」


「え?僕が元天使だからじゃないの?

テクトスの力?」


笑いながら話すセレネは今日も俺の隣で

いつでも翼で包み込める距離だけど、

そろそろいろんな事から守り抜けなくなって来た。



…多分信じてないけど…ずっと隠して来た。


『お前の瞳はやっぱり特別な力がある…

その力は見るものの寿命を戻す力があるけど

自分の命を削るから気をつけなさい…

…そして、それを自分の意思で使ったら

罪を受ける事になる…

……長いこと…'無'と'死'の罪を……』



どれ程見るものの寿命を狂わせて、

どれ程俺の命が削られるか分からなかった。


2人で過ごす僅かな時間を選んだセレネに、

俺も応えたかった。

'無'と'死'の罪の事なんて、

二人の時間と天秤にかけたら

大した事じゃない。




何度もキスをして、

何度も身体を重ねて、

何度も本気で見つめて来た。

自分でも瞳からエネルギーが

消費される感覚に慣れて…

それでもセレネをしっかりと見つめて来た。


そろそろ、俺は終わりの時かも知れない。



「…テクトス?」


「…セレネ、セレネはずっと自分が死んだ後

俺が1人になるって心配してたでしょ?

……俺の方が、先に逝くかも。

けど…そしたらセレネの寿命は

普通の人間並になるはず。

一瞬だけサヨナラするけど、

きっと上で、また逢えるから…」


「………なに…急にそんな話…」


セレネの顔が一瞬で曇る。


「……共に生きて、共に終われたらって

ずっと思ってて…

その時が近そう…」


……あ…泣いちゃうかな…

あまり顔を見せずに正面から抱きつかれる。

ちょうどセレネの顔が乗った俺の肩辺りが

ジワっと暖かくなる。


セレネはいつもこうやって慰めてくれた。


心が疲れきった日、

悲しくなる日を理解してくれて、

一緒に泣いて、労わってくれた50年。



こんなに共に過ごせた事は

この世界では本当に幸せな事。



「……セレネが50年前、

俺の為に人間になってくれて…

今はとても感謝してる。

…言ってなかったかな…ありがとう。

いつも俺に元気をくれてありがとう。」




いろんな運命があって。


いろんな奇跡があって。



今日も空の上の天使や神サマが

星を輝かせる仕業をしてる。


二人でいつも見上げて来た星空。



『人間達…

これを見て願い事する人もいるんだって』


『…なんで?綺麗だから?』


『…そう、なんだろうね。

星が流れたりすると余計に奇跡らしいよ』



何十年も前、星屑をジミナと創って願った。


"2人いっしょにいれますように"



「……上に行ったら…

二人でよく遊んだ場所で逢おう。

ちょっと遅くても…

待っててね?すぐ逢いにいくから…」


「…僕の方が長生きしても…

僕が…待つの?

……テクトス?」


「……うん。

ちょっと待ってて。

俺は必ず、逢いにいくから。

そしたらまた生まれ変わって…

何度生まれ変わってもセレネに会いに行く。

待ってて。」


「待ってる…」






…神サマにも頼らずに、

俺は俺の強い意志で運命をも息づかせる。



俺達は巡り逢う。


いつもずっと一緒。




たとえ運命が2人を引き裂いても


この手で……






・・・・・完・・・・・☁️


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