第16話  海底遺跡クランヒル

 ーーフィランデル王国から船に乗る。


 王城の裏手にある水門。そこからガトーの大河を横断する船が出ているのだ。


「え? わざと?」


 飛翠ひすいは船を待つ間、水門の橋の前でそう言った。ハウザーさんとネフェルさんは、チケットを買いに行っている。


「ああ。あのグロウってのは、俺達が“偽物”だと知ってる。だが、決定的な証拠がねー。」


 飛翠は、グロウ総帥とやらの事を疑っているらしい。


「ん〜……。手配書はそっくりだもんね?」


 船の来るのを待つ乗船場。人もけっこういる。私達は、その開かれた水門から来る船を、待っているのだ。


「わざと俺達とネフェル、ハウザーを別にした。話を聴いて証拠が欲しかったんだろう。それに、あいつは“俺達”が、マーベルスって街を襲った奴だとは、思ってねー。」


 難しい顔をしながらも、飛翠は言い切った。


「え? そうなの?」

「お前……目の前にいたよな?」


 飛翠は深くため息ついた。


 いましたけど。そんな事を考えてる余裕は、御座いません!


 ん? てことは……飛翠が、さっさと部屋から退散したのは……、そうゆうこと??


 とりあえず聴いてみよう。


「あ。だから文句も言わず……さっさと、身を引いたワケ??」

「身を引いたは、おかしくねーか?」


 ん? そうかな?? ニュアンス合ってるよね??


 それにしても、この御方は色々と考えてるんだな。無表情なのに。


「イレーネ国とケンカしてきたんだろ? てことは……あの“グロウ”ってのは、なんか企んでんのかもな。」


 飛翠がそんな恐ろしい事を言い放つ。


「えっ!? なに!? それって“戦争”するってこと!?」

「バカ。声がでけー。」


 私は飛翠に口を抑えられた。周りの人達がこちらを、見たのも確かだった。


 どーもすみません。お騒がせしました。


 私はとりあえず……謝った。心の中で。


「いいか? ネフェルとハウザーには言うな。」


 飛翠はそう言うと手を離した。


「なんで?」

「巻き込んでどーする。親父たちだけで、充分だろ。居なくて良かったな。ここにいたら面倒だったかもしんねー。」


 あ。そうか。カルデラさんやラウルさんは、イレーネ国の騎士だもんね。元だけど。


 居たら……そうだよね。迷惑掛けてたよね。


 にしても……。飛翠が、そんな事を考えてるとは、思ってもみなかった。


「わかった。飛翠。随分……優しくなったね?」

「は?」


 とてつもなく呆れられた。


 私にしたらかなりの褒め言葉なのだ。



 ▷▷▷


 遊覧船で、大河を巡回するコース。これで、ガトーの大河にある“海底遺跡クランヒル”の入口。


 海底トンネルのある小島まで、連れて行って貰うのだ。


 私達は、ネフェルさんから貰った乗船チケットを、使わせて貰った。


「ネフェルさん。ごめんなさい。チケット……」


 遊覧船は私達の世界とは、やはり少し違う。


 ボートみたいな大きさで、屋根はない。運転席も見えない。建物の中に“動力室”とやらがあるらしい。この甲板からは、立ち入り禁止。


 私達は甲板にいる。客室がないし、遊覧室もない。なので皆、この甲板で時間を過ごすのだ。これは、定期船と言うらしい。


 大河を横断し国境付近まで、運ぶもの。海を渡る船はもっと大きいらしいのだ。


「いいえ。まさか海底遺跡クランヒルに行けるとは、思ってませんでしたからね。それに巡礼の旅にも通じる所がある。そう言ったでしょう?」


 ネフェルさんは、甲板の手摺に寄りかかっている。船は木材を使用している様だ。この手摺も木だ。なんか……屋台船みたいなんだよね。


「でも……大聖堂に行くと言ってませんでした?」


 私がそう聞くと、笑ったのはハウザーさんだ。


「聖堂、遺跡、洞窟。神秘的な所に行くのは、ネフェルの巡礼にも通じるモンなんだ。因みに……俺のいた“炎の大空洞”。あそこも“聖地”なんだぞ。何と言っても炎の化身がいる場所だからな。」


 ハウザーさんは手摺に、背を寄りかからせていた。大きな身体で寄りかかるその姿は、カッコいい。


「……お墓参りなのかと思ってたから。」


 と、私が言うと


 あっはっは!

 くすくす。


 と、二人に、笑われてしまった。


 え?? 違うの!?


「僕の巡礼とは……“魂の棲む地”を巡ると言う意味です。炎の大空洞は、炎の化身が棲んでいる。つまり魂の棲む地。僕の巡礼は、そこを回り祈りを捧げることです。魂を癒やす旅ではありません。」


 ん? なんかちょっとだけわかったよーな、わからないような。


「ま。とにかく目的ってのは一緒だ。」


 ハウザーさんが、そう笑ったのだ。


 飛翠は隣で手摺に寄りかかり、大河を見つめていた。


「遺跡巡りってのは……最早。ただのツアーだろ。」


 と、ぼそっと言ったのだ。


 それはネフェルさんには聞こえなかったが、隣の私には聴こえた。


 う〜ん。手厳しい!!


 そうこうしていると、雄大な大河に孤島が見えた。小さな浮かぶ島だ。


 なんだかこじんまりとしてる。


 遊覧船は、その孤島に停泊する。


 何人か一緒に降りた。ローブを着てる人や、冒険者みたいな人達だ。


 遺跡巡りと言うのも……この世界には、“お宝探し”になるらしい。金儲けってことよね?


 よし! これは……稼ぐチャーンス!!


 貧乏だからね。私達は。遺跡なんだから、秘宝とか? 財宝とか? あるでしょう!


 トレジャー! 大金持ちじゃー!!


「蒼華ちゃんは……どうかしたんですか?」

「あー……放っとけ。発作だ。」


 聞こえてるっつーの!! 発作ってなに!? 堅実なんだ! 私は!


 何しろ! 魔力回復薬マジックメイトに、お金掛かるんです!


 私がぐふぐふと笑うのを、ネフェルさんと飛翠さんは、見ていたのだろう。


 そんな声が聴こえたのだ。なので、キッ!! と、睨んでおいた。


 孤島と言うには、余りにも小さな島だ。丸い島に、洞窟の入口みたいな穴が、ぽっかりと開いた場所だ。


 一緒に降りた人たちは、さっさとこの階段を降りてしまった。


 中は壁に灯りがともっている。明るそうだ。


 だが、大河の上にあるので船でなければ、来られなかっただろう。


 この大河は海に繋がっている。この辺りは既に、エメラルドグリーンだ。


 洞穴みたいな所には、ヤシの木みたいな木が申し訳程度に、数本立っていた。


 砂浜にあるその穴。


 既に入口からして……変な石碑が、脇に立っている。


 更に奥深くまで続く階段だ。

 石の階段が、とてもなが〜く見える。


「“我の眠りを妨げるな”」


 私はとりあえず……石碑を、読んだ。


「海神ってことか?」


 飛翠がそう言うと、


「ええ。そうです。ここには“海神ネプチューン”。それに……“海王リヴァイアサン”が、いますからね。」


 ネフェルさんはそう答えたのだ。


 は??


「海王!? ウソでしょ!? まさか……」


 私は石碑の前で、頭を抱えた。


「はい。飛翠くんはネプチューン。蒼華ちゃんは、リヴァイアサンです。“海の支配者”ですから。」


 私はフラついてしまった。およよ。と。


 いやだ!! ファイアードラゴン! あの野獣イフリート!! お次は……海王!?


 どうなってるの!? ねぇ?? こーゆうのって、もっとこー順序ってのが、あるんじゃないの!?


 ド素人ですけど!? 戦っていい相手じゃないでしょ!?


 ゼクセンさん!! いや黒崎さん!! どーなってるの〜〜!!


 叫びたかった。本当に。


「よし。行くぞ。ここで黙ってても仕方ない。嬢ちゃんならなんとかなるって!」


 がしっ!


 と、私は腕をハウザーさんに掴まれた。


 と言うよりも、ホールドされて担がれた。

 この感じは何度も経験している。このまま連行されるのだ。


「いやだ! 海王なんてムリ!!」

「大丈夫だって。魔力回復薬マジックメイト買っただろ。必殺技だ。」


 私はハウザーさんに連行され、階段を降りるハメになったのだ。


 それも洞窟の階段に、ハウザーさんの高らかな笑い声が、響き渡るのだ。


 嫌がらせだ! これは! 


 ▷▷▷


 ハウザーさんに担がれ、私達が先頭だ。中は壁についてる……のか、浮かんでるのかは、よくわからないけど、灯りがついていた。


 ランプみたいな器がない。

 裸電球みたいに、壁で淡く白とオレンジの混ざった光を、照らしていた。


 ひんやりしてきた。


 どれだけ降りて来たんだろう?


 もう入口は見えない。


「海底遺跡って……まだ?」


 さっきからこの黒っぽくて、どことなく蒼が交じる石の洞窟。それしか見えない。


 そこを降りてるのだ。


「もう少しですよ。それにしても……入口付近に、魔物がいませんね。」


 ネフェルさんが言った時だ。


 オォォォォッッ……と、地鳴りの様な音が響いた。それに揺れたのだ。


「え? なに? なんか叫んでる!?」


 そう。何かの雄叫びみたいに聴こえた。


「リヴァイアサンですね。姿を現してます。」


 ネフェルさんは、どうにも穏やかすぎて……焦ると言う事は、無いのだろうか?


「だから魔物がいねーのか?」


 飛翠も……おかしい。今の声を聴いて、なぜ冷静なのだ?? 


 私にはおっかない。来るな! と、言われてる様にしか聞こえなかった。


「ですね。リヴァイアサンの気配に、この辺りの魔物は怯み、姿を隠しているのでしょう。」


 え?? それってなんか……恐怖を、煽ってます?? そんだけ凄い奴! って、アピールしてます!?


 ネフェルさんを私は見てしまった。


 余りにも不安そうな顔をしていたのだろうか。ネフェルさんは、微笑んだのだ。


「大丈夫ですよ。蒼華ちゃんには、“必殺技”がありますからね。」

「それ! 馬鹿にしてますよね!?」


 絶対そうだ! 私の魔法連射。倒れるまでぶっ放せ! は、必殺技だけど……覚悟の技じゃ!!


 やりたくてやってるワケではない!! そこ! 間違えないで!! お願いだから!


 長い階段を下り……、ようやく遺跡の入口に、私達は出たのだ。


 そこは石碑の建つ広い空間だった。


 でも、壁に囲まれていた。私は、ようやくハウザーさんから、降ろされたのだ。


「どうゆうこと!? 出口とかないけど!?」

「入口だろ? 逃げ腰スタンスすぎだろ。」


 飛翠からの鋭いツッコミを、頂きました。


 わかってます! っての! 怖いモンは怖いんじゃ!!


 そう四角四面。壁に覆われている。この奥なのだろうが……行き止まりだ。


「真っ直ぐだったがな。」


 ハウザーさんも首を傾げていた。階段を降りて来ただけだ。それも直進! 曲道なんてなかった。抜け道っぽいのも。


「“継承の力を示せ”」


 そう言ったのはネフェルさんだった。気がつけば、大きな石碑を見ていた。


「継承の力??」


 私がそう言うと、ネフェルさんは立ち上がった。


「“資格”ですね。きっと。蒼華ちゃん。この石碑に、紅炎の魔法を。」


 私を見てそう言ったのだ。


「紅炎の魔法……」


 私は蒼いロッドを握りしめた。


「魔石ではなく。“継承した紅炎の魔法”です。」


 ネフェルさんの言葉に、私は石碑の少し手前に立った。


 つまり。これは……“試されてる”ってこと??


 この世界の住人どもは……好きですね。そーゆうの。


 私は石碑にロッドを向ける。


 えっと……二つ。教わった。どっちでもいいのかな?


 ゼクセンさんに教わった言葉。


「“紅炎の弾丸ファイアーボール”」


 物凄い威力だった。


「きゃあっ!!」


 私は思わず叫んでしまった。


 大きな炎の弾丸だ。それが、石碑にぶつかったのだ。それにこの凄い熱風!


 なにこれ!? 今までのと違うけど!?


 目を開けてられないぐらいの光と、爆風だった。


「壊れてねーな。」


 飛翠のその声で、私は目を開けた。ファイアーボールは、消えていた。


 石碑もそのままだ。


 でも、石碑の文字が青く光始めた。まるで、文字をなぞるように。


 ガコン!!


 音がした。石が動く様な音だ。


 と、同時に床が開いた。


「きゃーっ!!」


 コント!? と、思うぐらいの勢いの良い開き方だった。


 私達は、底抜けの床から落ちたのだった。

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