第14話 大魔導士ゼクセン降臨!!〜いやいや。黒崎さんだから!〜

 ーー白い羽織り。金色の襟。でも白い布に金色も混じっていて……きらきらとしていた。


 イフリートが私の目の前で、片膝ついた。


 碧風の竜巻で紅炎の弾丸は打ち消され、更にイフリートに、向かっていったのだ。


 彼は竜巻に斬りつけられたのだ。


「“大魔導士ゼクセン”。手出しは困りますね。」


 静かになったその場で、黒いローブを纏う女性の声が聴こえる。


 黒崎さん……。


 あれ? 両眼とも紫色だ。それに瞳はうっすらと金色に煌めく。前に見た時は左目は、白目で黒い瞳だった。


 それに……この姿。白髪も銀髪だし。老人である事は変わりないけど……。でもこの白のワンピースみたいな格好に、金色と白の混じった羽織り……。


 何だか胡散臭いお爺さんではなくなっていた。


 それに髭がない! 顎に髭生えてたよね?


「大丈夫か? 蒼華ちゃん。良く頑張った。まさかこんなに早く……“魔導士”の道に進むとは思っとらんかった。」


 私は黒崎さん……ゼクセンさんに、右肩にぽんっと手を置かれた。


 神々しいまでに光輝くゼクセンさんの身体。白い光に包まれている。


 何だろう? あたたかい。


 右肩からじんわりと全身に広がるのは、あたたかさだった。


 不思議とフラつくほどの私の疲労感は、消えた。


「蒼華! 大丈夫か?」


 駆けつけたのは飛翠だった。

 私は飛翠に背中を支えられた。


「うん。大丈夫。」


 私は……心配そうな飛翠にそう答えたのだ。


「“カーミラ”。この娘は死なせる訳にはいかんのでな。世界の“秩序”の為に。」


 ゼクセンさんは優しげに微笑んだが、直ぐに黒いローブ姿の人に顔を向けた。


「なるほど。“異世界”から連れて来た救世主たち。その者たちか。」


 カーミラと呼ばれた人は……黒いローブを下ろした。フードから覗いたのは、ゼクセンさんと同じ銀色の髪をした女性だった。


 でも額には金色のサークレット。紫水晶の煌めくサークレット。額の上で紅いティアドロップ型の石が、揺れていた。


 銀髪はアップにしているようだ。小顔が強調される。両耳にも紅いティアドロップ型のピアス。


 美しい女性だった。でも色が白く……少し不気味でもあった。真っ赤な口紅をつけた口元が、笑みを浮かべていた。


 グレーの眼が私達を見据えた。


「イフリート。すまぬな。邪魔をして。」


 イフリートは既に立ち上がっていた。


「秩序の賢者。その者が世界の救世主か? それにしても……変わった人間だ。」


 んん? なんだか引っ掛かる物言いだけど、まあいい。ゼクセンさん……。黒崎さんなんだけど、ゼクセンさんか。


 古書店月読つくよみの店主だったのに。違うんだよね。この世界の大魔導士ゼクセンさんなんだよね。


「救世主? なんの話だ。大体ジジィ。どこ行ってた? コッチは聞きてーことだらけだ。」


 飛翠がイラっとしている。

 わかり易いほどに。気持ちはとてもわかる。


「わかっておる。その前に“紅炎の継承”じゃ。蒼華ちゃん。イフリートの力を借り、紅炎の魔法を継承するのじゃ。」


 ゼクセンさんは私にそう言ったのだ。すると、イフリートが、


「来るがよい。」


 と、そう言った。


 私はゼクセンさんと飛翠に促されながら、イフリートの前に立つ。


 近くで見ると大きい。


「ワレの力を貸してやる。同時にお前は紅炎の継承者となる。紅炎の魔法の使い手だ。世界にはワレと同じ“支配者”がいる。」


 イフリートの口からやっぱり……呼吸みたいに、紅い炎が出てる。


「その者たちに出会い……力を借りるのだ。ワレらはお前の“召喚獣”となる。」


「召喚獣!?」


 え? それって召喚士ってこと??


 私が驚いているとイフリートの身体は紅炎に包まれたのだ。


「ワレら“支配者”を継承するのは、お前と“ティア”だけだ。忘れるな。特別な存在だと言うことを。」


 イフリートはそう言うと紅炎に包まれ……消えた。私の目の前に落ちたのは……真紅の宝石。煌めくその石は“エメラルドカット”と言われる四角だ。


 でも裏側は削られ尖っている。


 指先に持ち挟める大きさ。けっこう大きい。


「ゼクセン。支配者を召喚獣にされると……番人が不在になるんだが……」


 カーミラと言う女性は、深いため息をついたのだ。だが、ゼクセンさんは


「そんな事を言ってる場合ではない。既に“穢れなき乙女ティア”は、支配者の元を訪れより強力な召喚獣を手にしておる。“戦神オーディン”は、ティアの手中じゃ。」


 と、そう言ったのだ。


「どうゆうこと?」


 私がそう聞いたが、ゼクセンさんはその手にいつの間にか……金色のバングルを持っていた。


「蒼華ちゃん。コレを。」


 私はそう言われると右手を掴まれた。白い長袖の魔法闘衣の上から、バングルをつけられた。


 カチッと填められて……手首から肘手前まである、腕当ての様な長さだった。


 まるでサポーターだ。


「なんかいっぱい穴が開いてる」


 バングルは装飾されていて綺麗なんだけど、穴が幾つも開いている。四角いネジ穴みたいだ。


「ここに“紅炎の結晶”を填められる。良いか? これから出会う支配者達は、結晶となりお主に付いて行く。念じれば召喚獣となり力を貸してくれる。」


 ゼクセンさんはそう言うと、手首に程近いところ。そこに真紅の結晶をはめこんだ。


 なんだか魔石みたいだ。でも結晶だし、召喚獣だから違うんだよね?


「ゼクセンさん。私は何の魔法が使えるの?」


 そうそう。コレは聞いておかないと。


「“紅炎の弾丸ファイアーボール”。“紅炎の嵐ファイアーストーム”じゃ。覚えとるかな? ワシが最初に見せた魔法じゃ。」


 最初……。あ。あのイノシシみたいなサイキックとか言う、魔物と戦ったときだ。


 あれは凄い魔法だった。


「うん。ゼクセンさんと同じってこと? それって凄いことなんだよね。」


 うーん。黒崎さんがまさかの大魔導士。なんだか、どんどんあの頃の記憶が消えてゆく。


 古書店の店主の時の黒崎さんが……。


 フォッフォッフォ。


 ゼクセンさんの高らかな笑い声。けれども、この御方は怒りを露わにしたのだった。


「おいジジィ。感動の再会してる場合じゃねー。答えろ。救世主ってのはなんだ? 特別な存在は? それから何か色々隠してるよな? 教えろ。」


 飛翠である。


 物凄いおっかない顔でそう言ったのだ。


「ワシは“イシュタリアの秩序”を司る者だ。その為に、イレーネ国王……。ヤヌスによって魔導書に封印された。何とか力を使い転移魔法で、お主らの世界に逃げ込んだのだ。」


 ゼクセンさんは……飛翠を真っ直ぐと見ると、そう話をしたのだ。


「逃げ込んだのはいいが……力は封じられていてな。転移魔法でこの世界に戻る事も、叶わなかった。だが……お主たちじゃ。」


 ゼクセンさんの金色の瞳が、私達を見つめたのだ。


「お主たちと触れ合っとるうちに……封じられた魔力が戻り始めたのだ。不思議とな。波長が合ったのかもしれん。お主たちが力をくれたのだ。」


 ああ。だから“私達のお陰で封印が解けた“って、言ったんだね。あのイレーネ王の前で。


「特に蒼華ちゃんじゃ。お主の心に触れ……穢れなきその力は……ワシにとって“絶大”であった。純粋な乙女の心。それは時に……魔法を超える。ティア王女様の様だった。」


 ティア王女……。会ったことはないけど……、どんな人なのだろう。この時の私は……純粋に興味が湧いた。


「転移魔法を使いこの世界と、お主らの世界を行き来し……ティア王女とシェイド殿の逃亡を知った。あの店を片し……イシュタリアへ戻ろうとした時だ。お主らが魔導書を開き転移途中に、巻き込んだカタチになってしまった。偶然であったのだ。」


 な……なるほど。今ならとってもその偶然が、納得できる。この世界にいるととっても、理解できる。


「つまりだ。巻き込まれ型の災難。そー言いてーんだな? ジジィ。」


 ギロり。と、飛翠は睨みつけた。


 ああ。でも納得はしてるな。飛翠も。ただ、余りにも説明が無かったから、イラついてるだけだ。


「そうだ。だが……“偶然”を期待していたのは確かだ。お主たちしかおらん。そう思っていたのも事実だ。巻き込んでしまったが……、この世界の秩序を守れるのは……」


 ゼクセンさんはそう言うと、私と飛翠を強く見つめたんだ。その紫の眼と金色の瞳で。


「蒼華ちゃんと飛翠くん。あの二人に似ておる、お主らしかおらん。運命や宿命とは言わん。だが、お主らがあの二人に似ておるのも……また、事実じゃ。偶然かもしれんが、ワシは賭けてみたい。」


 ゼクセンさんの言葉はとても強いものだった。 流れるような銀色の髪が、腰元で揺れる。


「すまんな。巻き込んで。だが……救世主である事も、変わりはない。何しろお主らがここまで……成長するとは思わなかった。強くなったな。少し見ないうちに。」


 それはメンタルってことですよね!?


 実力が伴ってないんだけど……私は特に。飛翠は何となくやり過ごしてるけどさ。


「ゼクセンさん。ティア王女が……お母さんを殺したって言うのは、本当なの?」


 そうだ。これも聞いておかないと。聞けるうちに聴かないと、またいなくなったりされたら困る。


「ワシ自身も見てはおらんのだ。ただ、あの城に行った時には……剣で殺された“フレア王妃”。それに倒れたヤヌス。そこに……ティア王女もシェイド殿もいなかった。」


 ゼクセンさんはとても困惑した様に、そう言ったのだ。


「噂では聞きましたが……その時に、聖剣と秘宝。輝石クリュスが盗まれたとか。あれは確か……“七聖戦争”で、竜族から奪ったものでしたよね?」


 それまで黙って話を聞いていた、ネフェルさんがそう言ったのだ。


 隣にいるハウザーさんは、なんだかとても険しい顔をしている。赤茶の髪から覗く金色の左目が、とてもおっかない。


「この世界の秩序そのものを、破壊しうる秘宝。それが輝石クリュスだ。竜族に護って貰っていれば良かったものを。人間のあざとい思考が招いた悲劇だ。」


 カーミラと言う女性の鋭い声。この人は……何者なのだろう? ちょっと怖いな。


 美人だけど。グレーの眼が鋭い。


「そう言うな。ティア王女とシェイド殿の行方も、逃亡理由も未だにわからん。ワシも色々と探ってはみたが。ただ……イレーネ国の国宝が無くなり、王妃が殺されたのは事実。支配者たちに会い力を継いでいること。それまではわかったのだが……」


 ゼクセンさんは八方塞がり。そんな表情をしていた。そこに激を入れたのは飛翠だった。


「何もわかんねーのは同じか。ふざけた世界だ。蒼華。行くぞ。やるべき事は変わらねー。このジジィに会ってもムダだったな。」


 と、そう吐き捨てる様に言うと背を向けた。


「ああ。けど……今回と、あの吊り橋か? どっちも助けられたこと。それだけは感謝してやるよ。」


 最早……怒りながらの礼だ。もうそれは礼ではない!


「飛翠! 待ってよ!」

「来ねーなら置いてく」


 さっさと歩いて行ってしまった。


 全く! 短気すぎだ!


「蒼華ちゃん。すまんな。だがお主たちの事は、見ておる。約束しよう。何があってもお主たちの事は、助ける。行きなさい。」


 ゼクセンさんは少しだけ……悲しそうに、微笑んだ。


「うん。ありがとう。ゼクセンさん。また会えるよね?」

「会える。カルデラやラウル殿のことは大丈夫じゃ。ワシが伝えておく。アトモス公国。そこを目指すのだ。よいな?」


 ゼクセンはそう言った。


「大魔導士ゼクセン殿。失礼する。」


 ネフェルさんがそう言うと


「二人を頼む。」


 ゼクセンさんはネフェルさんと、ハウザーさんに頭を下げていた。


 ネフェルさんもハウザーさんも、何も言わなかった。でも私は……二人に連れられて、このマグマの炎の大空洞を……後にしたのだ。


 カーミラさんとゼクセンさん。それに真紅の紅炎の魔石の結晶。それに……見送られながら。



 ▷▷▷


「飛翠〜……。キレすぎでしょ!」


 さっさと先を歩く飛翠を、私は追いかけた。もう後ろ姿からして、不貞腐れている。


「うるせーな。なんなんだ? 一体。いきなり現れたかと思えば、救世主だと? ふざけやがって。最初から仕組んでたんじゃねーか。」


 飛翠はそう言うとため息ついたのだ。


 はぁ。と。


 こうなっては頭が冷えるまでは、おさまらない。


「言いたくても言えなかった。そう聞こえましたけどね。僕には。」


 ネフェルさんは空洞を歩きながら、そう言った。ああ。この聡明な御方がいてくれて、助かった。


 碧の長い髪がさらさらしてる。


「タイミングを見てたんじゃないのか? 異世界転移したばかりのお前らに、色々言っても納得も理解も出来ないだろう? 寧ろ……帰りたいと、喚くと思ったのかもな。」


 ハウザーさんは肩にハルシオンと言う大剣を、乗せながら雄然と歩く。


 その姿は勇ましすぎて……今にも暴れだしそうだ。


「だったら先に言え。イラつくな。」


 飛翠は荒々しくそう言った。


「だからタイミングを見ていたんだろう? って、ハウザーは言ってますが。」


 ネフェルさんの冷静なツッコミだ。


「あーうるせー。」


 最早。子供だ。飛翠は。


 ネフェルさんも苦笑いしていた。


「飛翠。お前らの旅の理由と目的はわかった。そこで提案がある。」


 ハウザーさんはなんだろう? おおらかなのかな? ちょっと笑ってる。



「あ? 俺じゃなくてそこのバカ女に言え。」


 おいおい。アンタは殿様か!?

 なんで宥めようとしてくれる大人に、ぶちキレてんのよ!


「嬢ちゃん。」


「え? はい。」


 嬢ちゃん!? えっ!? な……なんですか!? その呼び方は! 


 びっくりしてしまった。


 でもハウザーさんの金色の眼は穏やかだ。それに、にこやかな顔をしていた。


「アトモス公国はとりあえず目的地だ。だが、“魔導士”になること。それから剣技の使い手になること。これは必要不可欠だ。そうだな?」


 ハウザーさんは、広い空洞から出口に向って歩きながらそう言った。


 このまま進めば大空洞から出られる。


「はい。それは変わりません。」


 飛翠は耳だけ向けてるな。話を聞いてる。さっさと歩いてるけど。少し前を。


「それならば……“海底遺跡クランヒル”。」


 か……海底遺跡!?


 なんか聞いてるだけで……凄そうですけど!?


「ああ。それはいいですね。ここからもそんなに遠くはない。船で行けるので……“フィランデル王国”に行けばすみますね。」


 ネフェルさんが強く頷いた。


「あの……それってなんですか? まさかめっちゃおっかない魔物とかいないですよね!?」


 私はとりあえず聞いてみた。これが大事なのだ!


「そりゃーいますよ。」

「いるだろ。それに“海神”も。」


 あっさりと、ネフェルさんとハウザーさんに、言われてしまった。


「えっ!? か……海神!?」


 ちょっと待ってよ! 炎の獣の次は海神かい!? ウソでしょっ!? あーもう! それって私が戦うの!?


「そりゃー面白そうだな。決まりだな。」


「ちょっと! さっきまで不貞腐れてたクセに! なんでそこだけ便乗すんの!? 少しは私の事も、心配してよね!」


 飛翠の余りにもあっさりな頷きに、私はイラっとしてしまった。


 あーもう! このバトルだらけの世界! どうにかして!!


 私は女子高生なのよーー!!


 と、叫びたい気持ちだった。ぐっ。と、堪えたけど。


「安心してください。海神と戦うのは飛翠くんです。」


 へ……??


 いやいや。ネフェルさん! 飛翠だって高校生です! 海神なんかと戦う理由がわかりません!


 とっても涼しい顔で言われた。


「海神か。それは楽しみだ。会ったことねーからな。」


 なんでそうなの!? なんでそこで楽しみだと、思えるの!? ついて行けない!


 こうして笑う男たちを他所に……私は、泣きたくなっていたが。


 目的地は決まったのだ。


 目指せ! 海底遺跡クランヒル!!


 目指したくない……。

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