第12話  紅炎の魔法を求めて

 ーーハウザーとの死闘後、飛翠は“天地無心”と言う剣技を、伝授された。


 伝授とは……一緒に剣を振りイメージを、身体に植え付ける事なのだとか。


 私にはただ剣を振る、形態模写な二人にしか見えなかったが、それでも何度か真似たあと。


 飛翠は手応えありそうな顔をしていた。


「大丈夫?」


 私は“傷治療薬ショートメイト”を、飛翠に渡した。紅い丸い瓶の中に、ピンクに煌めく液体が入っている。


 光を放つ不思議な液体だ。


 栄養ドリンクみたいな大きさで、栓も紅い。ガラスみたいな栓を、キュポっと開けると飲める。


 飛翠は口に流し込んだ。


「相変わらずクソ甘い」


 物凄く渋い顔をしている。

 飲み終わると消えてしまう。ゴミの出ない便利なアイテムだ。


「甘いけど……いちごみるくみたいで、美味しいじゃん。」

「甘いだけだ。蒼華。アレよこせ。」


 即効性ではないので、飲んで直ぐに傷は癒えないが、徐々に回復する。


 私はアイテム係である。

 シロくんがいないからだ。


 この青い巾着みたいな袋に、アイテムを持っている。


「えっと……“技力回復薬スキルメイト”だっけ?」


 これは丸薬だ。正方形のスチール缶みたいなケースに、入っている。ミンツみたいで噛んで飲むものだ。


 一缶、三十粒いり。❨二千コア❩

 傷治療薬ショートメイトは、一瓶百コア。ちょっと高値なのは、魔力回復薬マジックメイトが、一瓶二百コアだ。


 ボリボリと、碧の丸薬を齧る飛翠。


「アンタはいらねーのか?」


 飛翠はずっと大剣を持ちながら、見下ろしているハウザーさん。に、聞いたのだ。

 飛翠の指南役だ。ここは敬語に切り替えた。


「必要ない。傷も癒えてきたな。行くぞ。そっちのお嬢ちゃんの番だ。」


 大剣を肩に担ぐ様に乗せるハウザーさん。どうやら、持ち歩くらしい。

 因みに“ハルシオン”と言う大剣らしい。


「はい。」


 私は飛翠の傷口が癒えたのを見ると、頷く。服まで元通りになるのが、凄いと思う。


「蒼華ちゃん。行きましょう」


 ネフェルさんが微笑んでくれたのだが、私は正直……とても、ビビっていた。



 ▷▷▷▷


 炎の大空洞。

 そう呼ばれるのが……ようやくわかった。


「ウソでしょ……」


 ハウザーさんのいた所から、広い空洞に戻り……、中央の洞窟を歩いてきたのだが。


 奥に進み開けた場所。


 そこは溶岩が流れる岩の橋。

 下にはマグマ。


 熱気がとてつもない。


 紅い炎が泳ぐ。それに噴き上がる。まるで……炎が生きてるみたいだ。


「まじか。マグマ湖。」


 飛翠の砕けた発言にも、私は笑えなかった。思わず背中のシャツを掴んでいた。


「大丈夫だ。見ててやるよ。お前の泣きっツラ。」

「ちょっと!! 心配しろ!」


 飛翠のいつもの悪態。それに私は少しだけ……心が軽くなった。


 真っ黒な溶岩に囲まれた洞窟内部。時折……紅い炎が溶岩から流れ出す。


 下に広がるマグマの湖。

 ボコボコと音を立てて、火が噴き上がる。


 私達はその上にある赤茶に混じる、岩の橋を進む。狭くはないが……落ちたらアウトなので、どうしてもすたすたと、歩く気分にはなれない。


 この橋も崩れないのはわかってても、絶対じゃないでしょう? と、不安になる。


 のだが……飛翠はすたすたと、歩く。


 私は引っ張られる様に橋の先に、連れて行かれた。溶岩の壁に囲まれた橋の先。


 そこは少し広い空間。

 そこに真紅の光に包まれた大きな結晶。金色の土台に置かれたその結晶は、炎の様に煌めいていた。


「でけーな。」

「あれが……“紅炎の魔石の結晶”……。」


 真紅の球体。その中に炎が燃え上がっていた。まるで魔石を、巨大化させたようなものだ。


 その脇には黒いローブを纏った人がいた。頭にはフードを被っていて、顔が見えない。


 でも背は高そうだ。


「ようこそ。“紅炎の継承者”」


 女の人?? 


 声は女性だ。でも、顔も姿もわからない。

 黒いローブに包まれてしまっているからだ。


 私は飛翠から離れ前に出た。


 ロッドを掴む手は、震える。


 大丈夫。飛翠だって戦ったんだ。私は……魔法を、使える様になりたい。


 みんなを助けられる様になりたい。


 その一心だ。護られるだけではなく、助けられる様になりたい。


「ここに来た。と言う事は……“魔道士”の道を求め、極めるという事。覚悟は宜しくて?」


 優しそうな声なんだけど……怖いな。この顔も姿も見えないのは。


 ぎゅっ。


 私はロッドを強く握りしめた。


「はい。」


 魔道士。そう。それにならないと……お尋ね者扱いは、終わらない。ティア王女が魔道士なのだ。私は……きっと、戦わなきゃならない。


 わからないけど、そんな気がした。予感だ。


「宜しい。」


 その人は右手を差し出した。

 真紅の魔石の結晶。そこに右手を翳したのだ。まるで、上から触れる様に。


 右手には金のバングルが見えた。その爪は黒いネイルが見える。それに長い。


 ちょっと待って! 魔女!?


 爪を見て私が真っ先に思ったことだ。


 真紅の魔石の結晶が煌めく。紅い光を放った。


「出でよ。“紅炎の支配者”! イフリート!!」


 その女性の声のあとで、強い光を放つ魔石の結晶。紅い光に包まれ姿を表したのは、大きな獣だった。


 私の前に現れたのは……、茶と紅い毛に覆われた獣だ。バカでかい。


 狼? 犬? 獣! としか言いようがない。でも犬に似てるな。


 牙の生えた口元に紅い炎。アレはなに? 吐息ですか!? 呼吸すると炎でるの?


「なんだ? コイツは。」


 飛翠の声が聞こえた。


 私の少し後ろにいるのだ。


「炎の大空洞の番人。蒼華ちゃんが倒すべき相手。“紅炎の支配者イフリート”。炎の化身ですよ。」


 うそでしょ!?

 こんなヤツと戦うの!?


 ネフェルさん! 聞いてませんけど!?


「飛翠! これはお嬢ちゃんの戦いだ。手を出すな。」


 え?


 私は振り返った。


 飛翠が肩を掴まれていた。その左肩を。手が後ろにいってる。


 大剣を取ろうとしたのを、ハウザーさんに止められたのだろう。


「蒼華! ヤバくなったら助ける。安心しろ。」


 飛翠……。


 私は泣きそうになってた。

 でも、前を向いた。


 炎の化身……。見るからに強そうだ。でも、ファイアードラゴンとも……戦ったんだ。私は。大丈夫。


 私は深呼吸をした。


「ワレの力を受け継ぐ者よ。来るがいい。」


 喋った!! あーもう! ここの獣たちは喋れるのかい!? 


 それになかなかのハスキーボイス! 低音でカッコいいな。


「行くわよ!」


 炎には風。魔石を見つめる。ロッドの先についてる碧の石を。


風の切り裂きウィンドカッター!!」


 これしかないのが、哀しい現実だけど!


 でも魔道士になる為には、もっと強い魔法を使える様になる為には……これで、やっつけるしかないのだ!


 碧風の光の手裏剣。カマイタチの様にイフリートに、向かって行く。


 ピクピクと頭の上に立つ両耳が動く。金のリングのピアスをつけていて、動くと揺れる。


 耳はけもみみだ。でも、全然可愛くない!


 避けることをせず、私の碧風の手裏剣を受け止めていた。その全身に切り傷を負い、獣人の身体は微動だにしない。


「そんなものか? こんな力ではワレは倒せんぞ。人間。」


 長い爪の生えた大きな手。だけど人間の手に似ている。それで胸元をぽんぽんと、はたいたのだ。


 くそ〜〜。わかってるわよ!


 ぎゅっ。と、私はロッドを握りしめた。


「効かないのはわかってる! でも、私には必殺技があるんだから!」


 私はロッドをイフリートに向けたのだ。


 ほぉ? と紅く煌めく両眼が見開く。


 バカにしてるな! おのれ!


「“風の切り裂きウィンドカッター”!!」


 蒼華様の必殺技!!

 魔法連射じゃ!!


 私はとりあえず撃てるだけ、フラつくまで撃ち続けたのだ。


 これはもう玉砕覚悟の必殺技だ。




 案の定……。


 私はフラついた。


 はー……はー……


 ヤバい。回復薬を飲まなくては。買っといて良かった。


「今のは……効いたな。少し……」


 イフリートの声がする。


 そうは言ってても、かすり傷程度で、全然っ! 大丈夫そうですけど!?


 私はさっさと魔力回復薬マジックメイトを、飲み干した。


 あーもう! なんか酔どめ飲んで、飲み会に参加する人みたいじゃん!


「言っとくけど!」


 フラついてたのも、この回復薬で元気百倍!


「私はしつこいからね! マジックメイトは、たくさんあるんだから! 覚悟しなさいよ!」


 そう! 買ったんだから! この為に!


 イフリートが呆れていたのは、そこは放置しておこう。


 コッチは大真面目だっつーの!!


 こうして私とこの炎の化身との戦いは、始まったのだ。

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