第11話  戦神ハウザーと飛翠

 ーー吹き飛ばされた!


 飛翠は地面に落下。


 一緒に大剣も落ちていた。


 ハウザーは大剣を肩に乗せる。


「たいして深くは入ってねぇだろ? 起きな。まだ勝負はついてない。」


 にやつくその顔は、戦いの中で生きてきた男。飛翠の怪我を見ても何てことは無いのだろう。


 慣れたものだった。


 飛翠は起き上がる。

 右肩から血が出ていた。


「今のは何だ? 吹き飛ばされる前に剣筋が、俺の身体を斬り裂いた。」


 大剣を持つと立ち上がったのだ。


 ホッ。とした。

 ハウザーの言う様にそこまで深い傷を、負った訳じゃなさそうだ。


 でも血は出てるけど。


「天地無心。それが、お前にくれてやる剣技だ。この技は、向かってくる奴の太刀筋を受け止め払い、更にそこから一刀。防御からの攻撃。」


 ハウザーはそう言うと大剣を降ろす。飛翠に向ける。その刃を。


「閃光放つ剣の刃が、相手を切り裂く。攻防一体の技だ。どうだ? 欲しいか?」


 と、にやついたのだ。


「ああ。くれよ。それでお前をぶっ倒す」


 飛翠は大剣構え走りだした。


 堂々としててカッコいいのはわかるんだけど、コッチは心臓が持たない。


 さっきからドキドキしっぱなしだ。


 こんなに不安になるのも、ハウザーが強そうだからだ。それに、余裕がハンパない。


「烈風斬!!」


 飛翠はハウザーの前で、剣技を繰り出した。上段切りからの下段切り払い。


 でも、ハウザーはそれを上段切りのところで、大剣で受け止めたのだ。


「今度は少し強めにいくぞ。“天地無心”!!」


 ハウザーはそう言うと、受け止めた大剣を切り払う。


 今度は私にも見えた。

 切り払った時に旋風が巻くのだ。


 その事で飛翠の身体はハウザーから、突き放される。そのままハウザーは斬りおろす。


 両断する様に、閃光放つ剣の刃が飛翠の身体を切り裂く。


 この一刀がまるで旋風を起こしている様だった。剣圧。それが飛翠を吹き飛ばしたのだ。



「飛翠!!」


 ダメだった。

 駆け出してた。


 だって今度は……飛翠の、右肩から左の脇腹まで、斜め一直線。傷が入ったからだ。


 血が……。


 私の前に飛翠は落ちてきた。


 どうしよう! 血が噴き出してる。


「飛翠!」


 でも、飛翠は大剣を離してなかった。それを掴んだまま地面に刺し、立ち上がった。


「蒼華。邪魔だ。俺のケンカに口を挟むな。いつも言ってるよな。」


 お腹抑えながら立ち上がってるけど……。


「飛翠! もういいよ! やめようよ! 死んじゃう!」


 私は思わず叫んでいたのだ。

 こんな事したって……なんの意味もない!


 剣技ってなに? 飛翠がいなくなったらやだ!

 お父さんだけじゃなくて……飛翠までいなくなったら、私……本当に一人になっちゃう。


 そんなのやだ!


「飛翠!!」


 涙が止まらなかった。


「うるせーよ。」


 飛翠はハウザーの前に立つと大剣を構えたのだ。


 地面にボタっと飛翠から流れる血が、落ちてる。

 それが足元から見える。


「蒼華。俺は死なねー。お前を一人にしねーから。黙って見てろ。」


 私はその言葉に……飛翠の背中を見つめていた。


 何だろう。いつもみたいにフッと勝ち誇った様に笑われないけど、でも……心強い言葉だった。


「大丈夫ですよ。彼等は“戦士”だ。」


 私は腕を掴まれていた。ネフェルさんだ。優しい眼差しを向けられていた。


 ネフェルさんに促され、私は少し離れた。


「いいねー。女を護る為に強くなりたい。その心は好きな部類だな。シンプルでわかりやすい。」


 ハウザーはにやっと笑う。


「なめたクチ聞いてんじゃねー。」


 飛翠は大剣を両手で持ち、ハウザーの前に立つ。その姿は……戦士。


 確かに。不機嫌そうなダルそうな飛翠はいない。

 この世界で戦う男。


 私はその背中を見ながら、自分の持つロッドを握りしめていた。


 私も……そうなるんだ。そうだ。決めたんだから。私達は。


 “強くなるしかない”。飛翠は前にそう言った。あの時の言葉。飛翠はずっとそれを心に秘めてきたんだ。私は最近、ようやく本決まりしたけど。


 空洞の中に異様な空気が広がる。戦士たちの戦い。その緊張感が漂ってるみたいだ。


 ハウザーと飛翠の一騎打ち。


 大剣同士のぶつかり合いは、迫力がある。互いに打ち合い振り下ろし、躱す。


 それだけでも剣と剣のぶつかる時に、閃光が走る。それは速いのだ。


 それに風が起きる。

 剣圧のぶつかり合いだ。


 圧倒されるのは、ハウザーの太刀。

 振り下ろし地面に刃が直撃するだけで、突風が舞う。


 大きな刃で地面を抉る。

 土が飛ぶのだ。それだけで。


「すごい……」


 私は真剣勝負を前に呟いていた。


「飛翠くんは……さすがだ。この状況でもスキを狙っている。ハウザーの懐に入り込み……何やら一撃食らわそう。そう考えてるみたいですね。」


 と、隣にいるネフェルさんがそう言ったのだ。


「そ……そうなんですか?」


 う〜ん。私にはわからないぞ。それは。見てるだけ。目で追うだけで精一杯だ。


 ハウザーが飛翠の避ける側から、大剣を薙ぎ払う。


 飛翠はそれを後ろに飛んで避けた。

 剣圧は風圧だ。風が飛ぶ。


 飛翠は踏み込むと剣を振り上げたハウザーに、向かっていた。


 走る訳ではなく飛んだ。

 強めに踏み込んだのだ。


 そこから振り下ろす大剣の前で、反転。


 ああ。そうだ。飛翠の得意技! 裏拳!


 でもそれは、ただの裏拳じゃない。

 剣技。剣と閃刃の攻撃。


「“バックグラウンド”!」


 大剣持ったハウザーの身体が、回転しながら吹っ飛んだ。


「な……なに今の!?」


 上空に回転しながら吹き飛ぶハウザー。飛翠はその下で、前方に身体戻しながら少し剣を下げ、荒い息を吐く。


「今のは凄いですね。飛翠くんの大剣は横一直線の切り払い。だがその閃刃は爪の様な斬撃。同時に身体を掬われ、ハウザーは爪の斬撃を食らい吹き飛んだ。最初の一撃入れて……三連撃かな? 見事だね。」


 ぽかーんとしてしまった。


 ネフェルさんの見事な解説に。

 私にはくるくると回転するハウザーしか、見えなかったからだ。


 つまり……何発か食らわした。ってことだよね。


 ハウザーは地面に倒れこんだ。

 大きな大剣が地面に落下した。


 飛翠は呼吸を整えると、剣を構えた。


 ハウザーのズボンなどは斬りつけられたことで、ボロっとしていたが、彼は立ち上がったのだ。


「なるほど。払いからの切籾か。なかなか考えてるな。」


 ハウザーはそう言うと飛翠に視線を向けていた。大剣を持ちながら。


「その“大剣クレイモア”か。中々いい剣を持ってるな。」


 と、ハウザーはどうやら飛翠の剣を見ていた様だ。進化した銀色の大剣だ。


 獣の爪みたいな装飾がされている。


「気に入ってる。俺にも良くわからねーが、“力”がある。何なのか謎だ。」


 さっきまで、少し辛そうな顔をしてた飛翠だけど、今は涼しい顔に戻った。


「それもまた興味あるな。来い。その剣に恥じない生き様を、見せてみろ。」


 お互いの銀色の刃が煌めく。


 飛翠とハウザーの向き合いは、直ぐに動く。互いに突っ込む。


 大きな刃を切り払うハウザーの前で、飛翠はそれを飛んで避ける。


 互いの太刀が閃刃。斬撃になる。


 大剣を振り下ろすのは飛翠。それを瞬時の動きで、大剣を翳し太刀を受け止めるハウザー。


 閃光走る。


「一撃必殺を狙い過ぎだ。デカい剣に頼り……圧し切る事に捕われすぎだな。剣を舞う様に扱え。」


 ハウザーはそう言いながら、蹴りを繰り出そうと右足を上げた。


 飛翠はそれを見るとハウザーの胸元を蹴り、後ろに回避した。


「センスはいい。それに瞬発力もな。」


 少し離れて着地した飛翠に、ハウザーは大剣を下げた。右足も降ろされていた。


「そりゃどーも。」


 飛翠は言うより早く駆け出した。ハウザーの手前で、踏み込む。


「だが次の一手がわかり易い。デカい剣技を持たないお前は、その攻撃パターンだと見切られる。」


 踏み込んで突きだした大剣を、ハウザーは軽くだ。大剣で振り払ったのだ。


「うるせーよ」

「強くなりたいんだろ? 聞いとけよ。小僧。」


 うーん。これは指導だ。ハウザーの目つきもさっきと違うし。


 飛翠はイラっとしてるみたいだけど。


「肩透かしされた後に、大技を放たれたら……今のお前は間違いなく死ぬぞ。」


 大剣を下げられた飛翠は、ハウザーを見上げていた。


「あ?」


 物凄く不機嫌だ。眼がコワい。


「剣技は“技力”を使う。経験と鍛錬がその力をあげる。大技を持った所で、技力が伴わなければ何の意味もない。最初の一撃。脳天に振り下ろすあの剣技。あれは大技だ。」


 ハウザーの声に飛翠の眼は、変わった。強い眼差しになった。


「だが使いこなせていない。それは技力のせいだ。お前がまだあの大技を使う“器”じゃない。技を持て余している。」


 飛翠は大剣を構えながら、ハウザーを見据えていた。ハウザーは大剣を下ろした。


「どうすればいい?」

「鍛える事。使う事。実戦を積む事。技力を積むには、それしかない。経験だ。」


 ハウザーの金色の眼が飛翠を、真っ直ぐと見つめていた。


「お前は筋がいい。初心者ながら剣技を編みだす辺りは、尊敬する。それも戦いの最中にな。」


 ハウザーは大剣を下ろし、笑った。


「それに“貪欲”だ。」


 飛翠は力を抜いた様子だった。


「さっきまでは苛ついた不貞腐れた小僧だったが、今のお前は“強さに素直”だ。求めている事が手に取る様にわかる。」


 ハウザーは大剣を右肩に担ぐ。飛翠を真っ向から見つめて笑った。


「剣を交えれば“心”がわかる。だからこそ……“勿体無い”」


 飛翠はその言葉に剣を掴む手を、離した。右手だけで持ったのだ。


「俺が教えてやるよ。ついてってやろう。お前の剣の旅に。」


 ハウザーのその声は……空洞に響いていた。私も飛翠も呆気にとられていたが、ネフェルさんだけは、笑っていた。

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