第10話 炎の大空洞

 ーーネフェルさんと再会したあと、私達は奥に進むことにした。


「ネフェルさん。あの……どうしてここに?」


 そう。彼は巡礼の旅に出ると言っていたのだ。それも“ターナ大聖堂”。そこに行くと言っていた。


「気になりましてね。ここは……以前。訪れた事があるんですよ。その時に……出会った魔物。さっきの奴です。“エンペラー”と言うんですけどね。」


 ネフェルさんは静かにそう話を始めたのだ。私は隣で……ロッドを握りしめていた。


 涼しい顔をしているけど、それってもしかして……あのランセルで、聞いた話?


 アイリーンと言う人が亡くなった。そう言っていた。


「前に訪れた時は、群れでした。その時に……僕の恋人が犠牲になったんです。それで、どうしても貴方たちのことが、気になってしまいました。大きなお世話でしたか?」


 やっぱり。


 でも、なんて強いの。平気な顔をしてる。


「とんでもありません! 助かりました! 私と飛翠だったら、どうなってたか!」


 チッ……と、隣の飛翠に舌打ちされた。


 しょーがないでしょ! 風の魔法が効かなかったんだから! それに逃げるしかなかったでしょ! 実際!


 と、文句は言いたいが、私はとりあえず睨むだけにしておいた。


「それは良かった。この先にもいるかもしれません。エンペラーはこの大空洞を棲み家にしています。さっきも言いましたが、風耐性なので、風魔法は余り効果が無いんですよ。」


 優しい。

 恋人を亡くした場所になんて……来たくなかったよね? きっと。思い出しちゃうし。


 私もお父さんが事故で亡くなった時……やっぱり。その現場にはなかなか行けなかった。


 花とか飾ってあるのを見ると……現実なんだと、思い知らされて……行きたくない。それだけだった。


「その……ネフェルさん。恋人を亡くされたのに、すみません。わざわざ来てもらって。」


 私はーー、伝えていた。


 でも、ネフェルさんはにっこりと微笑んだ。


「ここで放置すると、恋人アイリーンに叱られそうですからね。」


 と、そう言ってくれたのだ。


 やばい。涙が……。

 悲しみを優しさに変える人を見ると……ダメ。悲しくなってしまう。


「お前が泣くな。」


 軽く頭を叩かれた。

 あーもう! この情緒なし!! 人でなし!!


 でも、飛翠のお陰で涙は止まり、ネフェルさんはくすくすと笑ってくれたのだ。


 そこは良かった。


 大空洞の中は奥に行くと、三つの道に分かれていた。


 ここに来るまでも……エンペラーと言う、あのライオンに似た魔物に何度か遭遇した。私は及ばずながらも、雷の魔石で援護した。


 ネフェルさんがいなかったら、どうなっていたんだろうか。


 はぁ。これはさっさと魔法を覚えなくては! このままだと、私達は死んでしまう!


「どの道だかわかるのか?」


 飛翠がそう聞くと、ネフェルさんは正面の道を指差した。


「真っ直ぐ進めば、“紅炎の魔石の結晶”。つまり番人の道。右手に進めば“戦神”。飛翠くん。君が戦うべき相手のいる道だ。どちらから行きますか?」


 ネフェルさんは言いながら、正面と右手の道を指差したのだ。


 私と飛翠は顔を見合わせた。


「蒼華。番人がどんな奴かわかんねー。ここは先に、俺の剣技を貰う道だ。いいな。」


 飛翠はそう言ったのだ。


「……わかった。でも大丈夫……」

「うるせー。」


 ぺちっ。と、おでこを叩かれた。それも言葉の途中で。


 なんで叩くかな。


「決めたんだろ? ごちゃごちゃ言うな。」


 飛翠はフッと笑うと、右手の道に向かって歩きだしたのだ。


 私はその後ろ姿を見ながら、おでこを擦った。


「彼は強い。でも……それは、蒼華さんがいるからですよ。」


 ネフェルさんはそう微笑むと、歩きだしていた。


「え?」


 どうゆう意味だろう?


 右手の道は、ゴツゴツとした岩が突き出た洞窟だった。なんだか圧迫されてる感じがする。


 飛翠は明かりの灯る洞窟を歩きながら、ネフェルさんに声を掛けたのだ。


「戦神ってのはどうゆう奴なんだ?」


 洞窟の中には私達の影が伸びる。さっきよりも狭くなっていた。


 天井も少し低い。


「猛者や覇者。王国を護る武人や、戦争で活躍した者達だと聞いてます。つまり“剣”に長けた者達。この大空洞にいるのは“ハウザー”。」


 ネフェルさんは飛翠の背中を見ながら、そう言った。


 飛翠は少しだけ後ろを向いた。ネフェルさんを見つめたのだ。


「“キング•コロシアム”。つまり、剣士たちの闘技での覇者です。」


 キングコロシアム??

 そんな武闘大会みたいのがあるの?

 なんかすごそう。


 ふ〜ん。


 飛翠は前を向くと


「それは期待できそーだな。」


 と、そう言ったのだ。


 だから! どっからその自信はくるんだ!



 ▷▷▷▷


 その人は広い空洞の大きな岩の上に、座っていた。赤と茶色の混じった髪。

 右目に大きな傷。


 右目は見えていないのか、開いてはいても白い。ただ、左目の金色の光。


 それは真っ直ぐと私達に向けられた。


 私が見てもわかる。やばい。この人は強そうだ。飛翠と同じ様な大剣を地面に突き刺し、そのマッチョな身体で、座っていた。


 見るからに強そうな身体だ。

 上半身には無数の刀傷。裸だから凄くよくわかる。赤黒い身体。


 黒いズボンに革製のぐるぐると巻いたブーツ。その大きく太い足。


 長い髪が縛られていて、肩からかかる。立ち上がったのだ。


 ゆらりと。


「ほぉ。今回は威勢の良さそうなボウズか。ここんとこハズレでな。退屈してたんだ。」


 大剣を抜くとガコッと穴が開いた。


 地面に突き刺してた刃は、抜かれると大きなことがわかる。でも立ったこの人の身体には、小さくも見えてしまう。


「アンタが“戦神”ハウザーか? 剣技とやらを頂きに来た。」


 男たちに無駄な会話はいらないみたいだ。二人は向き合うと、剣を構えた。


 飛翠は180越えてるんだけど……ハウザーと言う人は、それよりも大きい。


 マッチョだから余計だ。でもその顔はとても格好いいのだ。アクション映画に出てくるハリウッドスターみたいに、整ってる。


「腕試しで勝った奴に伝授してただけ。なんだけどな。いつからそんな噂になったのか。面倒くさくて敵わない。」


 ああ。何だかタイプが似てる。


「好きでやってんじゃねーの? こんなところで引きこもってんだろ。」


 ああ。なんでこう……挑発するかな。この人。絶対長生き出来ないタイプだ。


 私は広い空洞の中で対峙する二人を見ながら、ため息ついてしまった。


「いいな。その威勢。楽しめそうだな。」


 ハウザーと言う人のその一声が、合図だった。大剣同士の戦いは、始まったのだ。


 大きな剣同士がぶつかる音。


 飛翠の振り下ろした剣を、ハウザーは受け止めていた。大剣で。


「力はそこそこだな。」


 だが、ハウザーは笑うと飛翠を押し戻した。飛翠は大剣を握り、体制整えると向かって行く。


「対峙するのに慣れてるのはわかるが、不用意に飛び込み過ぎだ。」


 ハウザーはそう言うと飛翠めがけ、大剣を振り下ろした。


 飛翠はそれを剣で受け止めた。と、思ったのだが、ハウザーは大剣を寸でで、止めると飛翠の横頬を殴り飛ばしたのだ。


「飛翠!!」


 殴られてふっ飛ばされる飛翠を、見たのは始めてだった。


 でも、飛翠は地面に倒れたが直ぐに起き上がる。


「イテーな。」


 左頬が腫れている。それに唇を切ったのか、血を拭っていた。


「ほぉ? 殴り合いはお手の物か?」


 ハウザーはぺっ。と、地面に血を吐く飛翠に、大剣を肩に置いた。


「今のはイラっとした。」


 飛翠はハウザーの前に立つと、大剣を構えた。ハウザーは、笑みを浮かべると


「ならば、撃ってみよ。お前の剣技とやらを。」


 と、そう言ったのだ。


 飛翠はそれを聞くと


「なめすぎだ。クソが。」


 挑発にのったのだ。


 あーもう。飛翠! ケンカじゃないんだってば!!


 私の心の声など届かないだろう。当然だが。


 飛翠は言われた通りに、ハウザーに向かって飛び込み


「“黒の鉄槌”!!」


 剣技を放ったのだ。


 私は振り下ろす大剣を見ながら、ハウザーがにやっと笑ったのを見逃さなかった。


「“天地無心”!!」


 ハウザーの怒声が響いた。


 何が起きたのかわからなかった。


 でも、吹き飛ばされたのは飛翠だった。


「飛翠!!」


 私は飛翠が肩から血を流し、地面に叩き落されるのを見て叫んでいたのだ。

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