第8話 アーク▷▷神導者ネフェル
ーー雑貨屋“シトルアーク”。そこの店主は、黒い神父に似た服装をした、碧色の長い髪をした美青年。
更に煌めく銀色の眼。
“ネフェル”さん。と言うらしい。
円形のテーブルの上で広げられた世界地図。このイシュタリアの世界地図だ。
こうして見てもとても広い世界だ。
「アトモス公国ですか。それにはこのガトーの大河を越えて、更に国境を越えます。ガトーの大河の側に“関所”があります。」
ネフェルさんは長く綺麗な指先で、地図を指し丁寧に説明してくれた。
爪も綺麗だこと。
「船があると聞いた。それはどっから乗れるんだ?」
飛翠は偉そうに腕などを組み、聞いている。全く! 少しは敬うってことをしないのかね?
「定期便は“フィランデル城”から出ていますよ。水門から出ますので、そうだ。」
ネフェルさんはそう言うとテーブルから離れた。側にある机に向かった。雑貨屋と言うのも納得がいく。
棚には本ばかりだが、テーブルには瓶や水晶などが飾られている。何のお店なんだろう?
「フィランデル城の案内図と、定期便の切符です。明日の昼過ぎには出るはずです。」
ネフェルさんは戻って来ると私に、二枚の切符とお城の案内図を渡してくれたのだ。
「え? 切符? あ。お支払いします。おいくらですか?」
映画のチケットみたいな大きなもので、何だかとても高価そうだ。紙なのにしっかりとしている。
「いいですよ。乗る事も無くなってしまったので。差し上げます。」
ネフェルさんの眼が少し哀しそうになった。気になってしまう。美形男子の憂いた眼は。
いや。失礼だよね。
「あの……どうゆう意味ですか? あ。すみません。失礼ですよね。」
気持ちとは全く逆の言葉が、出ていた。
私はどうにも心に素直な女である。
「恋人を亡くしましてね。一緒にここを出るつもりでしたが、それも無くなってしまったんですよ。良ければ使って下さい。」
ネフェルさんは嫌な顔をする事なく、そう話してくれたのだ。
「えっと……そんな……思い出の品みたいのを、貰っても良いんでしょうか?」
私は……なんだか哀しくなってしまった。どんな経緯なのかはわからないけど……。
このチケットは恋人と一緒に、使うモノだったんだよね。
だが、ネフェルさんは微笑んだのだ。
「いいんですよ。僕ももう直ぐこの街を出るんです。巡礼の旅に出ようと思ってましてね。彼女もきっと喜んでくれるでしょう。」
そう柔らかな笑みを浮かべたのだ。
「それならチケットを使うんじゃねーのか?」
飛翠が珍しく……優しい声を出したのだ。あれま。どんな心境の変化があったんでしょーか?
何か少し哀しそうな顔までしてるし。
う〜ん。人の傷みがわかる子だったっけ?? 冷血な人だよね? この人。
と、飛翠が聞いたらブチきれるであろうことを、私は考えていたのだ。
「船には乗りません。フィランデル王国から出ようとは思ってますが、貴方方とは真逆な道に進みます。“ターナ大聖堂”に向かうつもりでいるんです。」
そう言うと、ネフェルさんは地図を指差したのだ。その人差し指でさしたのは、このフィランデル王国の左側。
大きな大陸の方にある大聖堂だった。
その先にある大陸は、“ラナティア大陸”と書いてあった。そこにもやはり王国がある様だ。
「ターナ大聖堂。なんか凄そうだけど。」
「大聖堂って聞いてそう思ってるだけだよな?」
またもや鋭い突っ込みを頂いた。
たしかに……イメージで喋ってるだけなので、否定は出来ない。
私はとても軽い女である。
「一度は訪れてみてもいいと思いますよ。とても美しい聖堂です。フィランデルの民や隣国の“ルカルティエ国”の民の魂が眠る場所です。」
ネフェルさんは地図から指を離すと、そう言った。
「王家の墓もありますからね。巡礼の旅をする者にとっては聖地でもありますよ。」
そう教えてくれたのだ。
王家の墓。魂の眠る場所。お墓ってことかな。日本で言うところの。
大聖堂って聞くと……海外のイメージしかないもんな。私は。
行ったことないけど。
「興味ねーな。他人の墓参りは。」
飛翠の一言だ。
そりゃそうだよね。
ネフェルさんも困った様な笑みを浮かべている。全く……素直すぎ。飛翠は。
私はネフェルさんならわかるかも? と、聞いて見ることにしたのだ。
「ネフェルさん。あの……変な事を聞きますが……“魔導士”ってどうやったらなれるんですか?」
と、そう聞いたのだ。
するとネフェルさんは少し驚いた様な目をしたが、直ぐに微笑んだ。
それはもうかなりのイケメンスマイル。どきどきしてしまうな。この微笑みは。
「魔導士ですか。それは“巡礼の旅”と通じる所がありますね。」
と、ネフェルさんはそう言った。
巡礼の旅と通じる??
どうゆう意味だろう? そもそも巡礼の旅ってなんなのかな?
日本で言うと……“お遍路さん”みたいなものなのだろうか。
「どうゆう意味ですか?」
私がそう聞くと、ネフェルさんは地図を見つめた。少し蒼の混じった銀色の眼。
その眼は世界地図を見つめたのだ。
「この辺りだと近いのは“炎の大空洞”。」
そう言いながら地図を指差した。
私と飛翠は覗き込む。
私達のいる“フィランデル王国”。その近くに、その大空洞と書かれた場所はあった。
ガトーの大河。その手前に“炎の大空洞”は、あるみたいだ。
地図で見る限り近そうだけど……。
「ここに“紅炎の魔石”。“紅炎石の結晶”が祀られています。ここに行きそこで、力を受け継ぐ。先ずは“紅炎の魔法”を手に入れる事からはじめては?」
ネフェルさんの声に私は目を向けた。とても柔らかな笑みを浮かべていた。
「紅炎石の結晶?」
私は聞き返していた。
「ええ。行けばわかる事ですが……一つだけ。“魔石の結晶”は世界に祀られています。但しそこには“番人”がいます。彼等に打ち勝つ。そうすれば“魔導士の道”は開けますよ。」
優しい微笑みだけど、言ってる事は厳しそうだぞ。何だろう? とっても嫌な予感しかしない。
聞いていた飛翠は顔をあげると、腰に手を当てた。
「魔導士ってのは、なるのが面倒くせーのか?」
と、そう言ったのだ。
おお。イケメン同士の涼し気フェイスバトルだ!
目の前にイケメン二人が、真剣な眼差しで向き合っている。こんな美人たちの睨み合いは中々見れない。
「この世界の“魔導士”は、世界の元素を制する者たちです。魔石とはその“結晶”が集った魔力の塊。それらを扱い“魔法”を使う者たちとは、異なる。魔法使いとは……“魔石”を使い扱う者たちのこと。魔導士は魔石ではなく“魔力と元素の力”を使う者。」
ネフェルさんの声は少し……強い。
私はそのちょっと深そうな言い方に、耳を傾けていた。
優しそうなイケメンが真剣な顔をしたからだ。
「つまり……“魔法を極めた者たち”です。その者になると言う事は、世界の元素に触れると言うこと。その為には“各地に祀られている魔石の結晶”に、触れる必要があります。魔導士になる為の“旅路”。それは結晶巡りから始まります。」
ネフェルさんはそう言うと、世界地図を指差した。それは大きな大陸。
“ラナティア大陸”……。私の世界で言うアフリカ大陸並みの大きな大陸を、指差したのだ。
その指先が指すのは“アスール魔導館”であった。
「晴れて結晶巡りを終え“魔導士”となった者達が、集まる地です。ここには世界から多くの魔導士たちが集まります。ここで“魔法の技術”を鍛錬し、高め世界に散らばる。王国や騎士たちの力になる為に。」
ネフェルさんは地図から指を離すと、私を見つめた。
「貴女たちの旅の果てが何なのかはわからない。だが、魔導士になるなら一度は訪れるべきです。魔導士たちの話に耳を傾けてみてはいかがか? 僕の様な“神導者”では、余り役に立たないだろうしね。」
ネフェルさんの銀色の眼が強く煌めいた。ここの人たちは不思議だ。
眼がとても美しく……そして強い煌めきを放つ。まるで……心を語る。そんな風に見える。
惹き込まれてしまう。
「わかりました。ありがとうございます。」
私はネフェルさんに頭を下げた。
そうか。方向性が決まった。
カルデラさん達には、ちょっと申し訳ないけど、せっかくここまで来たんだ。
私はーー、魔導士見習いなのだ。これは、行くしかないでしょう!!
と、私は一人。意気込んでいたのだ。
ーーネフェルさんは、私と飛翠を見つめると、
「険しい道ではありますが、その先に目指すものも見えてくると思いますよ。“魔法”はとても不思議な力であり、奥深い。素晴らしい旅になるでしょう。」
そう、後押ししてくれたのだ。
やっぱり……心がとても綺麗なんだ。カルデラさんやラウルさんもそうだった。
この強い眼の煌めきは、“信じる心”。自分の生きる道を……疑ってない。穢れとかないのだ。
迷いや臆する所がない。
だから惹き込まれるんだ。
「そうと決まれば行くぞ。“炎の大空洞”か?」
飛翠はそう言うと世界地図を、折り畳む。
この人は……即決タイプなので、話が終わればさっさとだ。
「君は……戦士か? それは
ネフェルさんは地図を折り畳む飛翠に、視線を向けた。
「ああ。“見習い”だけどな。そのうちなる。」
おお。何か知らんけど……潔い発言だ。
「それなら……“剣技”を使うはずだね?」
ネフェルさんの声に、飛翠の手が止まった。地図を折るその仕草が止まったのだ。
「ああ。使う。」
飛翠はネフェルさんを見つめたのだ。真っ直ぐと。
「“戦神”と呼ばれる者達がいるのは、知ってるかい?」
ネフェルさんは微笑むとそう言った。
「いや?」
飛翠が首を傾げるのも無理はない。聴いた事のない言葉だ。
「世界には“戦神”と呼ばれる……少し、変わった“覇者”たちがいる。彼等に会うといい。そうすれば“剣技”を習得出来るだろう。」
ネフェルさんはそう言うと、飛翠を見つめたのだ。とても強い眼差しで。
飛翠は折ったばかりの世界地図を、広げた。
行動が素早い。これは知りたかったんだな。
「何処に行けばいい?」
とても迅速な質問が飛んだ。
物凄く興味がおありの様だ。
ネフェルさんはくすっと笑うと、地図に視線を向けた。
「“炎の大空洞”そこにいますよ。」
そう言ったのだ。
「え? 魔石の結晶の番人だったりしないよね?」
私は思わず飛翠に視線を向けた。
するとネフェルさんは、くすくすと笑う。
「違いますよ。魔石の結晶のある“遺跡”に、程近い所にいるんです。なので……貴女たちにとっては、探しやすい旅になるでしょうね。お互いの目的が近い場所にある。」
私は自然とーー、飛翠を見ていた。
飛翠も……だった。
飛翠のライトブラウンの瞳が、強く煌めいた気がした。
あれ? この人もカルデラさん達と同じだ。眼が綺麗だ。こんなに綺麗な眼してたっけ?
私は……ちょっとじっ。と、見てしまった。惹き込まれたのもあった。
だが、飛翠は直ぐに地図を折り畳む。
ん? 何だか少し照れてないか?
え? なんで? 今のどの辺で照れる所があったんだ?
と、少し耳が紅い飛翠に思ってみたりしたのだ。
「いいですね。お互いに“見習い”。それに……目的も同じだ。“剣と魔法を紡ぐ旅”。お二人に神の御加護があらんことを。」
ネフェルさんはそう言うと、両手を併せた。そのまま一礼したのだ。
深々と。
この所作は……神父さんの挨拶なのだろうか。
私と飛翠もなんとなく……真似をしてみた。
やはり笑われてしまった。
▷▷▷
ネフェルさんの店から出ると、私達は“ランセル乗り場”。ポートと呼ぶと教わった。
そこに向かう。
結局……地図はお金を払ったが、チケットを貰ってしまった。お金はいらない。と言ってくれた。
『世界を巡る旅ならいずれ……また会うでしょう』
ネフェルさんのその言葉は、とても嬉しいものだった。
そうか。再会するって事が、こうして旅をしている一つの楽しみであるのかもしれない。
目的とか違うけど、この世界を旅してる人は、たくさんいるんだよね。
そうゆう人達に出逢うのも、いいことなのかも。
ポート七番。そこから街に降りるランセルに乗る。そうすると、街の入口近くで降ろしてくれるそうだ。
「ハラ減ったな。メシ食うか?」
「食べる!」
そうそう! 旅をするにも腹ごしらえは必要だ! 食べることも好きなのだ! 特に私は。その為にアッチコッチとフラついていたのだから。
ポート七番からランセルに乗り込む。今度は紅いランセルだ。
カワイイ乗り物だ。本当にローカル線みたいだ。
「あ。リュートだっけ? 気になるんじゃなかったの?」
「どうせまた戻ってくるだろ。船に乗るには、フィランデル王国に行くしかねーんだ。」
飛翠はランセルの中で、やはり運転席に目がいっていた。気になるんだな。動力が。
「うん。そうだね。」
炎の大空洞か。どんなとこなんだろ。
▷▷▷▷
ランセルが途中で停車する。
乗り込んできたのは、冒険者みたいな人たちだった。
男の人たち三人。
みんな腰には剣をさしている。
私達の側にあるベンチシートに腰掛けた。
何だかちょっと怖いな。
どかっと座る仕草がイヤな感じ。
私は思わず飛翠にひっついた。
「どーした?」
「べつに」
飛翠はちょっと不思議そうな顔をしたが、運転席に視線を向けた。
どうにも気になるらしい。
「困りましたね。あの“神父”が同行しないと言い出すとは。」
「仕方ないだろ。アイリーンを殺されたんだ。アレはちょっと……後味悪かったな。」
え?
私だけじゃなかった。
男たちの声に、飛翠もその視線を向けたのだ。
神父……。まさか、ネフェルさんのこと?
聞きたくはないが、気になってしまう。
「“神導者”は、聖なる力を使えるからな。助かるんだが。“
「そうっすね。この先にある“炎の大空洞”に行くには、魔法使いは必要ですからね。」
「俺達は魔石を使わないからな。」
男たちの会話に、私と飛翠は顔を見合わせた。
「アイリーンは……いい弓の使い手だったんだがな。」
「まさか、待ち伏せされてるとは思いませんでしたよね。」
「仕切り直しだな。」
何だか気になる話だったが、男たちは直ぐに降りてしまったのだ。
私達はこの先まで行かなければならない。
「今のは……ネフェルさんのことかな?」
「さぁな? 名前はでてねーだろ。」
飛翠は運転席に視線を向けた。
「……炎の大空洞って言ってたね?」
「アイツらも行くんだな。」
魔法が必要って言ってた。それに待ち伏せとも。
「飛翠」
「ビビってんじゃねーよ。今更行きたくない。は、聞かねー。」
う。お見通しだった。
とても目が怖い。
「わかってますよ。行きますよ。」
「行く。って言ったのはお前だ。」
わかってますよ! そんなに睨む事ないじゃん!
アイリーンさん。って言ってたな。気になるけど、根掘り葉掘りと聞くのは良くない。
人には言いたくない事もあるし、聞かれたくない事もある。
私だってそうだ。
にしても……何だかやばそうだよね。炎の大空洞。
「装備とか必要かも!」
「意味わかんねーのに買った所で、どうにもなんねーだろ。」
ごもっともです。
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