第7話 フィランデル王国▷▷首都アークだって!?

 ーーごほっ。ごほっ。


 う〜……冷たい。


 思いっきり水を飲んでしまった。


 私は飛翠にその腰を追いやられながら、この岸辺に上がった。


 渓流が少し緩まったところで、岩だらけの岸辺に上がったのだ。


 あ〜……小学校の時にちょっとやってたスイミングスクール。あれのお陰で、平泳ぎだけは得意なのよ。平泳ぎだけは。


「大丈夫か?」


 飛翠はゴツゴツした岩だらけの岸辺で、しゃがむと咳き込む私の背中を擦った。


「ありがと〜ごぜーます。」


 介護されてるみたいだ。


 ごほっ。ごほっ。


 びしょ濡れではあったが、真冬ではないのでそこまで寒くはない。


「流されたな。」


 飛翠は……平気みたいだ。

 なんなんだ。この人は。


 ここまで来るともう……特別な人種にしか、思えない。


「吊橋……見えないし。」


 私も何とか気を取り直し、辺りを見回した。渓流の音が聞こえる。森に囲まれた場所なのはわかった。ずっと流されながら森を見ていたから。


 透き通った水で綺麗なんだけど、それにしても大きな渓流だ。


 向こう側に渡るのも大変。

 また泳ぐしかない。


 どっちにしても森。


「下って来たみてーだな。親父たちの所に戻るのは、無理そうだな。」


 びしょ濡れの飛翠は前髪かきあげながら、そう言った。


「やっぱり?」


 私は飛翠に手を引っ張られながら立ち上がる。


 ロッドはある。それに腰につけてた布袋も。お金も少しあるし、魔石も。


 飛翠も背中には大剣を背負ってるし、魔物が出てきても……何とかなるかな?


「土地勘がねーからな。森に入っても迷うだけだ。渓流沿いに歩くのが手っ取り早いかもな。」


 飛翠は渓流の先を見ながらそう言った。


「そうだよね。森はやめよう。」


 おっかない気しかしない。


「ビビってんじゃねー。」


 軽くデコピンをされたのは、何故だ?


 私達は、岩だらけの渓流沿いを歩くことにしたのだ。この判断が後にとても良かったと、わかるのはもう少し先のことだ。


 ゴツゴツとした岩が転がる。

 大きな白い岩だ。それに青っぽい岩も。渓流の中も岩がゴロゴロしている。


 この辺りに落ちたらやばかった。岩に当たって大怪我だった。


 そう。落ちた場所は良かった。深かったし、岩もこんなになかった。


 そのお陰で私達は、流されたのだ。

 緩やかになったと同時に、この岩だらけの渓流に変わった。


 中にいたら岩にごちんごちん。当たるだろう。


「ここってどこなのかな? ケネトスかな?」


 私達はケネトスからアトモス公国に向かう途中だったのだ。


「さぁな? ケネトスじゃねーのか。国境は越えてねーんだろ?」


 未知の世界だ。

 今まではカルデラさん達に引っ張って貰って来たものだ。土地勘のない私達には、ここが何処なのかどこに行けばいいのか。


 それすらも手探りだ。


 本当は落ちて来た道を戻るべきなのだろうが、それは無理だ。


 何しろ私達はかなり流された。

 それに下った。


 あの吊橋しがあったのは、上だ。登るのは困難な道だ。それは下りながら見てきたからわかる。


 このまま流れに沿って下っていくしかない。飛翠もそう思ったのだろう。


「カルデラさんとか大丈夫かな?」


 心配してるよね。きっと。


「大丈夫だろ? 親父たちは。」


 飛翠は先を歩きながらそう言った。この逞しい言葉は、今の私にとって心を救われる。


 それにしても……あの黒い大きなヤツは、なんだったんだろ?


「ねぇ? 飛翠。あの黒いヤツ。なんだったのかな?」


 私は余り見えなかったんだよね。いきなり吹き飛ばされたから。


「アレに似てたな。ファイアードラゴンか? 真っ黒だったけどな。」


 飛翠は見えたのか。


「え? それって“黒龍”ってこと? ブラックドラゴン?」

「何で言い直した? どっちでも同じだろ。」


 そこの突っ込みはいらないかな??


 と、思いつつも


「黒龍……」


 と、呟いた。


「わかんねーぞ。そう見えただけだ。蒼華。」


 と、飛翠が私の方に顔を向けた。


「なに?」


 飛翠が立ち止まったのだ。


「煙だ。」


 先の方を指差したのだ。

 岸辺の先の方で、もくもくと立ち昇る煙。白煙が見えた。


「誰かいるのかな?」

「かもな。」


 火の無い所に煙は立たない。

 つまりこれは、誰かがいる。そう言うことだ!


「行こ! 人がいたら話を聞ける!」

「ああ。」


 良かった。ホッとした。

 まだ陽も高いし、明るいうちに誰かに会いたいよね。こんな所で一泊とかこわすぎでしょ。


 周りは森だし。絶対に魔物がいるに決まってる。



 ▷▷▷


 渓流沿いを歩き下った先には、煙が立ち昇る街があった。


 すっかり細くなった渓流は向う岸に、簡単に渡れる様になっていた。


 渓流は川となり大地を流れる。川の側にその街はあったのだ。


 広い荒野。そこに大きな煙突。そこから煙がもくもくと立ち込めていた。


「何の煙突かな? 銭湯?」

「お前な。少し考えてから口にしろよ。どう見ても工場だろ。」


 飛翠の鋭い突っ込みを頂いた。


「こうば?? それって工場?」

「こーじょうかこうばかは、わかんねーよ。大体、俺は親父じゃねーんだ。聞くな。」


 イラっとされてしまったようだ。


 そんなに怒ることないじゃーん。わかんないのはお互い様なんだし。


 工場にしては煙突一本だし、そんな大きな建物も見えないし。


 何だろう? でも煙が上がってるってことは、何かを作ってるってことだよね。きっと。


 銀色の太い煙突だ。それが一本だけ建っていて、そこから煙が立ち昇っているのだ。


 街は今まで見てきた様に、家が建ち並ぶ大きな場所だった。お店や建物が並んでいて人もたくさんいた。アムズ……みたいだ。


 あの街ももっとちゃんと見たかったな。


「魔法の事がわかるといいんだけど……」


 レンガみたいな石で出来た道は、とても広い。私と飛翠はそこを歩いた。

 馬車なんかも通ってる。


 外国の雰囲気が強い世界だ。こうしてると、日本が懐かしい。


「お前。本気で魔道士とかになるつもりか?」


 飛翠はそう言った。


「うん。なる。でもどうしたらいいのかな? 魔石の魔法じゃなくて……黒崎さんみたいな、強そうな魔法を使いたいんだけど。」


 そうなのだ。魔法使いになるだの、魔道士になるだの言った所で、なりかたがわからない。シロくんにももっと話を聞いておけばよかった。


 こんな事になるとは。


「魔法使いってのに会えばわかるんじゃねーの? つーか。見てみろよ。」


 飛翠はふとそう言ったのだ。

 私も視線を移した。


「え? なに? トロッコ電車??」


 そうなのだ。この大きな通りを走るトロッコ電車の様なもの。それを飛翠は見つけたのだ。


「線路はねーな。それに一両だ。車に近けーのか?」


 箱型の青い自動車みたいな乗り物だ。良く見ればこの通りの反対側にも走っている。


「ローカル線の一両列車に似てない?」

「あー。前に乗ったことあったな。」


 飛翠も思い出した様だ。そう鎌倉の江ノ電だ。あそこまで大きくはないけど、停まると人が乗り降りしている。どうやらドアはなく勝手に乗り降り出来るらしい。


 屋根からもくもくと煙が上がっていた。丸い煙突みたいなものが突き出ている。


「蒸気か? 機関車って事か?」

「わかんないけど……乗り物あるんだね。知らなかった。」


 今まで馬に乗っての移動だ。

 ここに来て始めて“乗り物”を見たのだ。通り過ぎる時に見えたが、どうやら運転手はいるらしい。


 窓の無い四角いその席から、肘を出す男の人。ハンドルみたいな丸い物を握っている。


 車に近いのかな?


「何なんだろう? 音はしないけど。」

「さぁな? 乗ってみるか?」


 飛翠の提案に私は直ぐに頷いた。


「乗る!」


 珍しいものには目が無いのだ。私達は。二人で良く出かけては、目的をそっちのけ。アッチコッチと見て回る。


 高校になってもそれは変わらなかった。飛翠は、何だかんだと週末に、私との予定も組んでくれていたからだ。さすがに泊まりは無かったが。


 こんなにずっと一緒にいるのも、久々だ。


 「停留所みたいのないよね?」


 通りにはそう何も無い。

 ただ、振り返ると店がある。そこには窓に看板が掛けられていた。


 木製の看板だ。

 丸いもので“ランセル乗り場”と描いてあった。


「ランセルって言うんだね。」

「来たぞ。蒼華。」


 今度はオレンジ色の箱型の乗り物だ。ランセルと言うのか。見ればみるほど、一両列車だ。


 正面から見ても電車に似ている。


 チリンチリンと停まると音が鳴った。ベルの音だ。ドアの無い前と後ろの空間。そこから慣れた様に街の人たちは、乗り降りする。


 私は飛翠に手を引かれながら、前から乗った。銀の台。段差が少しある。


 中はそんなに人が乗ってなかった。


 座席がベンチシートになっていた。


「電車だね。完全な。」

「そうだな。運転席が見える」


 私と飛翠は運転席に近い所に立った。ここから運転席が見えるのだ。


 私達を乗せてランセルと言う乗り物は走りだした。


 揺れる様な震動も変わらない。


「ハンドルだな。それにエンジンじゃねーんだな。音がしない。」


 飛翠は開いている運転席を、眺めながらそう言ったのだ。


 運転手の姿は丸見えだ。それに街の景色も見える。完全に電車と同じだった。


 ただ運転席との堺に壁があり、半分下が区切られているだけ。

 手摺とかはなく、その壁に寄りかかりながら前を見ていた。


「エンジンじゃなくて……炭石でも無さそうだけど、何で走ってるのかな?」


 街の中を颯爽と走るランセル。

 そんなにスピードは出ていない。色んな所で停まるからだろうか。


 結構細かく停まっている。それにぐるぐると回っているのか、何台もランセルは通る。


 ただ、行き場所は通りごとに違うようだ。

 前を走るランセルは左の通りに曲がってしまった。こうして見ていると、大きな街だ。


「お前さんらランセルは始めてか?」


 黒い丸いハンドル握る男性がそう言った。運転手だ。ハンドルもそんなに動かす素振りもなく、何だかブレーキを掛けたりするだけに見える。


 真っ直ぐしか走ってないからだろう。


「ああ。始めてだ。何で走ってるんだ?」


 聞いたのは飛翠だ。

 黒い帽子を被った男性は、前を見ているが停まると振り返ってくれた。


 さっきから最後の人が乗るとチリンチリンと、ベルを鳴らしている。これが合図なのだろう。


 何しろミラーと言うものはないのだ。


 乗り口にそのベルは置いてある。それを皆、振るのだ。


「風の魔石と火の原石を使っとる。動力で動いてるんだ。」


 運転手はそう言うと前を向いた。優しそうなおじさんだ。


「魔石?? うそ! 魔法の電車ってこと??」


 すごい! 


「魔法とは少し違うが……、まあ。魔石を使っとるからな。似ておるか。風の魔石で速さ調節だ。火の原石がこのランセルの動力。速さに関しては、勝手には調節出来ん。この上にある“管理塔”で、管理されているからな。」


 管理塔?? そんなのがあるの?


「あの煙だしてる煙突のところか?」


 飛翠は銀色の煙突を指差した。

 少し坂になっていてその先に、煙突が見えるのだ。


「そうだ。あれが管理塔。あの煙は、火の原石を燃やしてるから出るものだ。この街の動力は火の原石で出来ておる。」


 何だか……スゴい。魔法の世界みたいだ。そうか。魔石はエネルギー源って、こうゆうことだったんだ。


「動力ってのは何の事なんだ? 灯りとかか?」


 飛翠は更に聞いていた。


「そうだ。この街の灯り。それから上にはランセルが幾つも動いてる。その動力もそうだ。あとは細かく言えば、家で使う火。暖。水を汲み上げる力にも火の原石が必要でな。」


 坂を登りながら運転手は、そう話す。エンジンが無いのに、坂を登っている。

 スゴい……。


「“アーク”の動力は、“管理塔リュート”から街に流れる様になっている。地下にその“パイプ”があるんだ。」


 近代的だ。いきなり。

 私達の世界で言う電力って事だよね。


「すげーな。」


 ははっ。


 と、運転手は飛翠の声に笑った。


「そうじゃな。アークは魔石を活用して出来てるからな。他所から見ればそうかもしれん。」


 ん? アーク??


 ちょっと待って。ここはどこなの?


「あの。おじさん。ここってどこなんですか? ケネトスから近いですか?」


 私は聞いてみたのだが、おじさんはとても驚いた様な声をあげた。


「ケネトス?? それは随分と遠いな。ここは“フィランデル王国”の首都アークだ。お前さん方、ケネトスから来たのか?」


 これは……何だかとても嫌な予感が。

 かなり流されたってことよね?


「ああ。ここからアトモス公国は遠いか?」


 飛翠が聞いてくれたのだが、私は隣で頭が痛くなりそうだった。


 だって……おじさんはとても目を丸くしていた。


「アトモス公国? それは国境を越えるしかないな。川を越える必要がある。船で行くしかないな。」


 ちょっと待って……。


 ここはどこなの??


 そして……私達はどうしたらいいの?

 国境を越えたってこと??


 おじさんは坂の上にある終点に着くと、降りた私達に教えてくれた。


「アトモス方面に行く船なら、定期便がある。それに乗れば“ガトーの大河”を越えられる。大河があるから、船じゃなきゃ行けないぞ。」


 そう言うとまた、街の方にランセルを走らせたのだ。


「飛翠。私達……いつの間にか国境越えて別の国に来ちゃったってこと??」


 飛翠はさっさと歩きだしていた。

 銀色の煙突。その横には大きなドーム型の建物がある。


 歩いて来た時には見えなかったのは、低いからだと、私は思った。


 街の上にあるのに建物自体が低いから、見えなかったのだ。それにこの煙突はとてもダイナミックだ。


「みてーだな。今いる場所がわかったんだ。何とかなるだろ。」


 飛翠はランセルの発着場みたいな場所を、見ていた。車庫みたいになってるのだが、どうも駅みたいだ。ここから街にランセルが降りてゆく様だ。


「飛翠。地図買わない?」

「買ってもわかんねーと思うけどな。まぁ。無いよりはマシか。」


 私達は駅の中に入ることにした。


「いちお立ち位置はわかるじゃん。」

「そうだな。国境越えてるとはビビるな。」


 鼻で笑ってる辺りにとても余裕がありそうだ。こっちはどうしたらいいものかと、悩んでいると言うのに。


 どうにも波乱万丈すぎるでしょ。


 人が沢山いる駅みたいなところには、お店も並んでいる。それに看板もある。


『アーク東大通り方面』

『リュート裏側方面』


 など、どうやらここはランセル乗り場の様だ。


 何だか凄い場所だ。

 大きな荷物を持った人や、身なりの良さそうな人など、沢山の人がいる。


 本当に駅みたいで、こうしてると私達の暮らす街の駅と変わらない。ごった返している。


 あ。


『フィランデル城方面』ってのもある。へー。お城にもランセルで行けるのかな?


「蒼華。雑貨屋みてーだ。入るぞ」


 私は飛翠に腕を掴まれた。

 こうやってヨソ見ばかりする私を、引っ張るのは飛翠の役目だ。


 私はこうしてふらふらとして、迷子になるパターンが多いからだ。


「雑貨屋?」

「外から見ただけだ。わかんねーが。」


 木製の扉。

 飛翠はそこを開けた。


 中は棚がたくさん並ぶ店だった。


「いらっしゃい。」


 黒い神父さんみたいな法衣を着た男性が、にっこりと微笑んで迎えてくれた。


 手には本を持っていた。

 棚にどうやら本を片している所だったらしい。


 とても優しそうな碧の髪をした男性だ。でも、腰まであるな。


 綺麗な人だけど。


「世界地図みてーのあるか? 出来ればすげーわかり易いヤツがいい。」


 初対面の物腰優しそうな歳上っぽい人。にも、この変わらぬ対応。飛翠は本当にブレない人だ。


「地図ですか? それならいいのがありますよ。」


 優しそうでいてなんて美しい人なの??

 それにこの銀色の眼。凄い綺麗。


 背も高いし……格好いい。この黒い神父服はヤバい。久々に妄想が始まりそうだ。私。


 ぎゅう。と、私は右頬を抓られた。


「え? 痛い!」

「なんかすげーイラつく。その顔。」


 え?? なにそれ??

 人の事を抓っておいて何ですか??


「これなんかどうですかね? 今朝入ったばかりなんですが……」


 と、お店の人はその手に世界地図を持って来てくれた。


 私達は近くのテーブルの上に広げてくれたその地図を、見つめる。


 その地図を見て私はやはり驚いた。


「大河を降りて来ちゃったんだね。アトモス公国って反対側だ。それにこの大河を越えないと行けなそうだね。」


 そうなのだ。

 私達がいるのは“フィランデル王国”その隣には、ガトーの大河。


 その反対側に“アトモス公国”はある。

 つまり大河を挟み反対側に、私達はいるのだ。アトモス公国に行くには、この大河を渡るしかない。


 どうやら……カルデラさん達に会うのは……少し先になりそうだ。

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