第11話  クレイルの街 

 ーー太陽が沈む。


 夕焼けが広がる草原。

 山と川……。大きな草原。


 それしかないのだけど、でもなんだかこの夕焼けは目に染みる。


 太陽ってこんなに大きいんだっけ?


 普段……太陽なんてビルとビルの間ぐらいでしか見ないから、私はオレンジの燃える様な夕陽を、茶色い毛の艷やかな馬。


 トーマスくんの背中で見ていた。


 山の間に沈む夕陽。

 綺麗だな。と、思っていた。


 こんなふうに思うのもこの、壮大すぎる世界のお陰かも。


 こんなに広い世界は見た事がない。

 空と川と山と草原と大地。


 他に何も無いのに、綺麗だと思う。

 夜景とかも好きだけど、そんなレベルじゃない。


 ああ。生きてる。

 叫びたくなるね。


「もう直ぐ着くぞ。」


 と、少し掠れた声が響く。


 イレーネ国から連れ出してくれた“カルデラ”さんだ。この夕陽みたいな髪の毛とひげをしている。


「カルデラさん。それよりも大丈夫なの? お城の人じゃないの?」


 そう。この人はあのイレーネ国のお城にいた鎧武者だ。と言っても西洋の鎧なので兵士か。


 あ。でも“カルデラ様”とか、呼ばれてたよね? もしかして偉い人だったりするのかな?


「気にするでない。拙者もついてまいるぞ。お主らの事は、“ゼクセン様”より頼まれておるからな。」


 わっはっは!


 と、高らかに笑うのはいいんだけど……。


 え!? ついて行く!?


「カルデラさん。もしかして……私達と一緒に……“何かする”ってこと? 何する気!?」


 いや。そろそろ帰ろうよ。

 とりあえずマリーさんは、助けたし。

 色々と謎は残ってるけど、もういいでしょう。


 と、私はなんだかホームシックとやらの気分に浸っていた。


 きっとこの壮大な自然と夕陽のせいかもしれない。


「お主らは“完璧なお尋ね者”だ。わかっておると思うが。」


 あーほら! やっぱりね!

 そうなりますよね!? だってお城から逃げたワケだし!


 これは絶対に仕組まれてる!

 あの“月読つくよみ”爺さんのせいだ!


 いちお、申し訳なさそうにそうは言ってくれたけど、カルデラさんの顔は夕陽に照らされて、なんだか清々しいけど、気の所為かな?


「助けて貰ったのは嬉しいけど……なんでそんな事をしたの? 何か恨みでもあります??」


 あ! もしや! 卑怯者呼ばわりしたのが気に食わなかった!? ああ。あの時の私よ。カムバック!! さあ。謝るんだ!


「ほれ。見えて来たぞ。“クレイル”だ。」


 と、黒馬の背中に跨がる勇ましい親父兵士は、清々しい顔で指をさしたのだ。


 いや! 聴いて! お願いだから。人の話。

 ここの世界の人は、基本的にスルーなのか!?


 とは思いつつも、私も気になってしまう。


 トーマスくんの背中の上から見下ろすと、そこには街の様な集落が広がっていた。


 最初に訪れた“アレス”よりもかなり大きい。あれを町や、村と言うならここは“タウン“だ。


 建物がたくさん建っている。

 どれも少し古そうな建築だけど……、日本の造りではない。


 ヨーロッパとかオランダとか……写真でしか観たことないけど……塔みたいな建物が多い。


 さすがに風車はないみたいだけど。


 そこに大きな農園みたいのも広がっていて、なんだか田舎の方の繁華街みたいだ。


 翼の無い馬たちは、空を走る様にしながら飛んできた。その街の少し手前で、私達は降りたのだ。


 街の入口は橋が掛かっている。

 茶色っぽいアーチ型の橋だ。大きな運河の上に架かっている。


 馬に乗った甲冑を着た人や、街の人だろうか……軽装の服装の人が多い。


 なんだろ。ポレロみたいなのを着ている人や、マントみたいのを掛けてる人。

 スカートなんだけど……無地でラインの無いふわっとした感じとか。


 本当に……ちょっと昔の服装みたいな人が多い。


 セーラー服には言われたくないだろうけど。


 あ。でも似たような格好してる子供もいる。なんだっけ。水兵さん? セーラーにリボンついた服装。カワイイな。


 私達は馬を連れて街に向かった。

 この短いけど大きなアーチ型の橋を渡ると、クレイルの街らしい。


 カルデラさんに先導して貰いながら進む。


 街の入口は門がない。

 橋を渡ると直ぐに家などが、建ち並ぶ集落。


 煉瓦の様な石畳の地面が広がる。


「やっぱり洋風なんだね。」


 私は隣にいる飛翠にそう言った。


「だな。日本じゃねーのはわかる。にしても眠みぃし、ハラ減ったな。いい加減。」


 飛翠はあくびした。


 なんでこー情緒ってのがないのかね!?

 欲望に素直な男だな!


 私はトーマスの手綱引きながら歩く。


 カルデラさんは、街の中に入ると本当に直ぐ側にある大きな建物の前で、立ち止まった。


 入って直ぐだった。


「今夜はここに泊まるぞ。」


 と、言うと脇にある大きな馬小屋。

 そこに入って行ったのだ。

 黒い馬を連れて。❨名前をつけよう。あとで。❩


「おや? カルデラさんかい? どうしたね?」


 藁を運ぶ男性がそう声を掛けた。


 蒼っぽいハンチングみたいな帽子を、被っている。膝丈のパンツに白い長靴下。

 黒っぽい靴。


 革靴より丸い。

 クリーム色のポロシャツみたいなんだけど、丸首だ。襟はない。


 カルデラさんと並ぶと中学生みたいだ。


「一泊したいんだ。馬を頼めるか?」


 カルデラさんは、目の細い男性にそう言った。

 藁を纏めて持っているその男性は、自然と私達に視線を向けた。


「なんか変わったの連れてるな。ありゃ、なんだ? 見た事ないが……”エルフ類“か? それとも”精霊“か?」


 と、男性はそう言ったのだ。


 エルフ? 精霊? どこかで聞いたことのある単語がちらついた。


「そうゆう世界なのか。やっぱ。」


 と、飛翠が白馬に寄りかかりながらそう言った。


「……会ってみたい。エルフ。」


 私は本当にそう思っている。

 だが、この時の私のエルフと言うのはとても浅はかな認識であったと、後で思い知らされる事になる。


 私の思い描くエルフとは……“妖精エルフ”の事で、絵本なんかに出てくるものだ。


 私が良く読むメルヘンな物語に登場して、お姫様の話し相手になったり、ちょっと手助けしてくれるカワイイ存在。


「俺はアレだな。巨人族トロールとか見てみてーな。」

「え!? やだ! だって人を食べるんだよ? どうすんのよ。食べられたら。」


 またもや野蛮な発言だ。このお方は何でこうカワイクないのかね。


 飛翠はフッ……と、またバカにした様な笑い方をする。


「あ。お前は直ぐに喰われそうだな。弱そうだから。」

「アンタを盾にして必死で逃げるよ!」


 あーやだ! ほんとにやだ! このひねくれ坊主!! 少しは乙女の心をいたわれっつーの!


「おーい。コッチ来い!」


 と、カルデラさんが呼んだので、私と飛翠はそれぞれ馬を引っ張り草むらの広がる敷地に、足を踏み入れた。


 丸い屋根の馬小屋。

 壁はやっぱり煉瓦みたいな石造りだ。

 アーチ型の屋根は木。


 牧場とかにある飼育施設みたいなのに、なんかお洒落。


 大きな馬小屋だ。

 隣に建ってる煉瓦造りの洋館と同じぐらいの大きさだ。


 馬小屋に案内してくれたのは、さっきカルデラさんと話をしていた男性だ。


 小屋の中は広い。柵があって藁が敷き詰めてある。そこに仕切りされて馬たちが、入っていた。


 一頭ずつではないみたいだけど、二〜三頭ずつ入っても広い柵の中。

 そこに何頭か、馬がいた。


 男性は山盛りになってる藁の上に、持っていた藁を置いた。

 そのまま向かってくると、空いている柵のケージ。そこを開けた。


「ここに入れておくといいよ。」


 と、男性はそう言った。


 なんか本格的な冒険の世界だ。


 私はトーマスくんをケージの中に促しながら、そう思う。


「出発の時間に顔出せばいいさ。ゆっくり休みな。」


 と、男性は細面のその顔で笑いかけてくれた。


 ああ。ようやくなんかホッとする笑顔が見れた。この世界で……。

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