第10話  そして私達はお尋ね者になった。本格的に

 ーーがちゃん。


 大きな鉄の音。

 投げ飛ばされて尻を打った私は、閉まる前に何とかする事も出来ず……この檻の中。


「ちょっと!! コラー!!」


 とりあえず閉まった檻の鉄格子の所に向かうが、軽快な足音たてて、銀の鎧を着た男たちはいなくなってしまった。


 石の床に響く鉄の足音。

 革靴よりも冷たい足音だった。


「飛翠!」


 一緒に投げ飛ばされた飛翠が、このゴツゴツした床の上に倒れてる。


 私も飛翠も身体は自由だ。

 手枷でもされるかと思ったけど、大剣とロッドだけ奪われただけで、済んだ。


 私は飛翠に駆け寄ると首元を見る。


 左首の辺りが青あざになってた。

 ここにあのデカい男の手刀が入ったんだな。


 あーもう! あの鎧武者! 今度会ったらトーマスくんに、蹴飛ばしてもらおう!


「飛翠……」


 私は飛翠の頭を起こした。


 膝枕ーーなんて、あんまりした事ないけど、この冷たくて硬い石の上よりはいいよね。


 寝てるみたいな顔してる。

 変わらないな。こうしてると。

 昔と……変わらない。寝顔だけは。


 性格はひん曲がったけどね。


 はぁ。


 どうやら本格的な、檻の様だ。

 周りも床と同じ灰色の石で囲まれている。


 窓もあるけど、空が少し見えるだけだ。丸い窓にも鉄格子。


 鉄格子無くても出れそうにもない。

 猫とかしか通れなそうな窓だ。


 光はそこからしか入らない。

 でも、辺りはオレンジ色の光に包まれていた。


 正面にも同じ鉄格子の檻がある。

 中に人がいるのかどうかはわからない。薄暗い。でも、気配とかしない。


 その横にはこの石床と同じ色の壁。


 そこからランプの灯りが照らしていた。





 ーー、どれ程時間が経ったのだろう。

 窓の外の空がうっすらと陰り始めてきた。


 ここでの時間の経過の仕方がよくわからない。


 長い時……が、流れた様な気もするし、三十分ぐらいの様な気もする。


「……う……」


 声ーー?


 ハッとした。下を向いた。

 ここで声を発するのは私と、飛翠しかいない。


「飛翠? 大丈夫?」


 私はそのさらさらの黒髪を撫でていた。

 何故だろうか? きっと無意識だ。


 飛翠は目を開けた。

 ブラウンがかった瞳が私を写す。


「なんかやらけーな。頭の下……」

「あ。膝枕してたからね。」


 飛翠は左首に手を当てて擦る。


 ふーん。と、変な相槌された。


「痛い?」

「いや?」


 飛翠はむくっと起き上がった。


 こきこきと、その首を曲げる。


「で? なんかあったか?」


 と、私の方に向き直るとそう言った。


「なにも。ここに入れられただけ。誰も来ないし」


 と、私はとりあえず説明した。


 飛翠はそのまま立ち上がった。


 辺りの壁などを触りだした。


「俺の剣は?」

「とられた。私のロッドも。」


 壁に手をつきながら、振り返った。

 かと思ったら、今度は鉄格子に向かった。


 何なんだ? この人は。

 何でそう……直ぐに頭に血が回るんだ。

 スッキリし過ぎじゃないか?


 飛翠とは何者なんだろう? と、私は真剣に考えた。


「開かねーか。鍵掛かってんな。」


 飛翠ががたがたと、鉄格子を揺らした。


「閉めてったでしょ。それは。」


 私はため息つく。


 なんだか今日は、最悪だ。

 舞子と喧嘩してーー、いつもの古書店で気分変えて帰ろうとしただけなのに。


 こんな訳わかんないところで、檻に閉じ込められるって。ハード過ぎでしょ。


「アイツ……」


 ぼそっと飛翠はそう言った。


「え?」


 アイツ? 誰だ?


 飛翠は鉄格子に寄りかかり、私の方を向いていた。


「俺を殴った男。」


 飛翠は腕を組む。


「は? あの卑怯者?」

「卑怯者?」

「後ろから殴ったじゃん。」


 私は立ち上がる。


 飛翠は……あー。と、頷く。


「俺がやんねーからそう思ってるだけだろ。」

「だってそうじゃん! 背後からの近接攻撃は卑怯者のすることだ。」


 私は飛翠の隣に並んだ。


 どうにも一人でいるのはちょっと。

 とにかく、誰かの傍にいたい。


 飛翠はぽんっ。と、私の頭に手を乗せた。


「アレはな。演技だ。」


 と、そう言ったのだ。

 しかもなんか笑ってるし。


「は??」


 その言葉の意味は直ぐにわかることになる。


 何故ならこの檻に近づいて来る者がいたからだ。


「無事か?」


 掛けてきたのは、黒崎さんだった。


「え? 黒崎さん?」


 と、私が聞くと黒崎さんは、檻に掛かっている鍵をガチャっと開けたのだ。


 南京錠みたいな鍵だ。

 それに鍵を差し込みくるりと回した。


 檻はーー、開いた。


「どうして?」

「説明はあとだ。ゆくぞ」


 黒崎さんのその声に、私と飛翠は檻から出る。


 どうやら逃げられるみたいだ。


 檻から出た私と飛翠は、黒崎さんに先導されて灰色のトンネルを潜ることになる。


 どうやらここは、地下の様だ。

 辺りは薄暗い。

 光は、壁に掛けてあるランプだけだ。


 さっきの檻のあった牢屋から、階段を降りて来たらここに出たのだ。


 何だか水の音がする。


「コッチだ!」


 と、その声。


「あ!!」


 私はそこにいた銀色の鎧を着た男の姿に、思わず指を指していた。


 馬を三頭引き連れたその男は、手をあげていた。


「すまんかったな。痛むか?」


 兜をしていないその男は、とても優しそうな顔をしていた。


 赤っぽいオレンジとも言える髪をしたおじさん。四十代後半から五十代ぐらいに見える。


 顎の下のもじゃっとした髭まで、オレンジ掛かっていた。


 けれど、その眼は優しい光を放つライトブラウン。なんだかあったかい眼差しで、飛翠を見ていた。


「いや。ナイスコントロール」


 飛翠は、そう笑った。


「え!? どうゆうこと??」


 私だけだ。

 この場面で何もわかっていないのは。


「とにかく話は後だ。」


 黒崎さんはトーマスくんに私の背中を押しやった。私はその男性の手を借りて、この茶色い馬にまたがる。


「あ。ロッド……」


 トーマスくんのお腹の辺りには、ベルトできっちりと銀のロッドが挟まっていた。


 ブルッ……トーマスくんが何だか嬉しそうに鳴いたのは気の所為だろうか?


 飛翠も白馬に跨がる。

 黒馬に乗ったのは鎧の男性だった。


「“カルデラ”。頼むぞ」


 黒崎さんはそう言ったのだ。


「承知した。」


 カルデラ……と呼ばれた男の人がそう返事をすると黒崎さんは、私達に杖を向けた。


「“走れ馬インパス”」


 と、そう言うとその杖から白い光が馬三頭を覆ったのだ。


「え!? え〜〜〜っ!?」


 トーマスくんも白馬も黒馬も、浮いた。

 しかもまるで飛ぶ様に走った。


 あっとゆう間にこの水路のトンネルを駆け抜けたのだ。


「黒崎さんは!?」


 私は手綱の革紐を握りながらそう叫んだ。


「あの方は大丈夫だ! “この世界の秩序”を司る“大魔道士 ゼクセン“様だ。ご自身でどうにでもされる。」


 と、カルデラさんはそう言った。


「は!? 大魔道士!?」


 えっ!? “月読つくよみ”の胡散臭い店主じゃないの!? しかもあんな売れない古書店の!


 謎がまた増えてしまった。


 私達は、薄暗いトンネルの水路を抜けて、外に飛び出した。


 でもそこには、既に多くの銀色の鎧を着た兵士たちが待っていたのだ。


「読まれていたか。」


 正に突っ込む様な感じなのだが、カルデラさんは余り緊迫していなかった。


 それどころか、


「しっかり掴まっていろ! このまま突っ切るぞ!」


 と、怒鳴ったのだ。


「え!? ちょっと待ってよ!!」


 私は目の前にいる兵士たちが、弓を構えているのを見ながら叫んでいた。


 大群……とまでは行かないにしてもかなりいる。

 剣や槍……弓。


 それらを構えた兵士たちがここから、出てくる私達を待ち構えていたのだ。


 でも、馬は止まらない。


「来たぞ!!」

「カルデラ様!!」

「構わん! 討て!!」


 誰が叫んでいるのかはわからない。

 その頭上を、トーマス君たちは駆け抜けたのだ。


 羽が生えていないのにまるでペガサスだ。


 兵士たちの頭の上を飛びながら、駆け抜けた。


「逃げたぞ!!」

「追え!!」


 そんな声が後ろから聞こえる。

 弓矢なんてどこ吹く風だ。


 私達は、それよりも上にいた。


 何が起きてるのかわからないけど……なんとなく。


 これで本格的に“お尋ね者”になった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る