第12話   クレイルから始まる

 ーー宿。と言うよりホテルみたいだった。


 ただ、造りはやっぱり古いけど。

 大きな洋館のその中には、ちゃんとカウンターがあってフロントの人がいる。


 けれど、日本のスーツマンではない。

 黒髪の短髪の中年男性だ。

 五十代ぐらいかな?


 カルデラさんより若く見えるけど、風貌っていうのもあるよね。


 馬小屋の人と同じ様な服装だ。

 ここの流行りなのかな?


 丸首の白いポロシャツみたいなもの。帽子は被ってないけど。フロントの奥にいるから下は見えないけど。


「カルデラさんが? 泊まり? 珍しいね。空いてるけど。三部屋でいいんだよね?」


 声を聴く感じだと、もう少し若そうだ。

 それにしてもカルデラさんは有名なのかな?


「付き添いでな。三部屋で。」


 と、この鎧姿が洋風の館にいると……本当に西洋の国に来たみたいな気分になる。


 まあ。実際、別世界なんですけど。


 私達は、部屋を教えて貰うと二階に向かう。


 フロントから直ぐの階段。

 これまたとても年季の入った階段だ。


 歩くとギシッ……って音がする。

 木の階段は手摺がとても、お洒落だ。


 何だかタイムスリップでもしたみたい。

 アンティークの世界に来たみたいだ。


 宿ーーには、他の人も泊まってるみたいだ。

 何人かとすれ違った。


 けれど、思いっきり見られる。

 それはそうだよね。この格好じゃ。

 大剣とロッド持った高校生はいないよね。


 カルデラさんは、気にもしないで部屋に案内してくれた。

 階段を上がり、碧色の絨毯が敷かれた廊下。


 そこの真ん中ら辺の部屋だった。

 ドアも本当にアンティーク調。

 丸い金のノブ。


 くるっと回すタイプ。鍵は無いらしい。


「うわ……」


 私は部屋に通されて思わず声をあげてしまった。歓喜の声。


 お洒落だった。

 古めかしい感じがとても雰囲気を出してて、広いし、大きな鏡のついたドレッサーがある。


 そうそう。こんなひし形の飾り付きの鏡。

 金色の装飾されたこの感じ。

 お姫様ドレッサーだ。


「うわ〜……すごいかも……」


 まるで今夜は舞踏会にでも呼ばれてしまいそうな気分になる。


 さすがに天蓋付きベッドとはいかないけど、ふかふかそうで大きい。


 何より気に入ったのはランプだ。

 スズランの形をした淡いオレンジの光を灯すランプ。


 これを見つめながら優しい美形の王子様を妄想できる。存分に。


 カルデラさんは、部屋の中に入るとドアを閉めた。


「ここはまだ、“イレーネ領”だ。」


 と、いきなりだ。

 何だか雰囲気が変わった。


「で? 俺達はどうなるんだ? さっき、フロントにも貼ってあったな。“手配書”」


 飛翠はベッドの側にあるソファーに座った。

 剣を床に立て掛ける。


 大きな窓からはもう夕焼けは届いていない。薄暗い部屋は、ランプの灯りだけだ。


「気づいたか?」


 カルデラさんの声が少し、静かになった。


「え? そんなのあった? 気が付かなかった。」


 私は、フロントの男の人を観察するので精一杯だった。


「アンタのお陰だろうな。不審なツラしてやがったけど、何も言わなかった。」


 飛翠はカルデラさんにそう言ったのだ。


 ここに来てから……飛翠がやたらと逞しく見えるのは、気の所為だろうか。


 いつもは俺様で本当にイヤな奴だったりするんだけど。


「“逃してやる”と言うただろう? 戦士に二言はない。」


 と、カルデラさんが言ったので、私はそれに便乗することにした。

 とにかく、一つずつ“謎”を解明していこう。

 スルーされるかもしれないけど。


「カルデラさん。飛翠の事を殴った❨手刀❩時に……加減した。ってこと? 逃がす為に?」


 と、ようやく聞けた。


「その通り。彼に近づいてこっそりとな。耳打ちしたんだ。気絶はさせないと怪しまれるから、少し強くなってしまったが。」


 と、話をしてくれた。


 ホッとした。謎が一つ解けた。


 だが、しっ。


 と、カルデラさんは自分の指に人差し指を立てたのだ。


 私と飛翠は顔を見合わせた。


 思わず……私は、ロッドを握り飛翠に近づく。

 ソファーの後ろに立った。


 カルデラさんはドアの方を見ていた。


「クレイル……は、拙者の生まれ故郷。それ故……安心かと思っていたが。お主らの格好もどうにかしてやらんとならんが、一先ず。夜まではここで待機じゃ。」


 と、小声でそう言ったのだ。


 え? それはなに? また誰かが追いかけてきたりするの?


「逃げるのは構わねーが、聞いておきたい」


 と、飛翠が大剣を掴む。

 構えはしないが、柄を握った。


「なんじゃ?」


 カルデラさんは、そんな飛翠に視線を向けた。オレンジ色の眼を。


「俺達はどうなる? お尋ね者か?」


 と、飛翠はそう聞いたのだ。


 ふぅ。カルデラさんは息を吐いた。


「そうなるな。王都から脱走した事になっている。それも“罪人”として。」


 と、そう言った。


 飛翠は柄から手を離した。

 ドアの方に顔を向けた。


「“嘘”じゃなくなったワケか。」


 と、呟く様にそう言ったのだ。


 誰か……いたのかな? 私にはわからないけど。ドアには窓もないし、見えないし、物音もしてなかったし。


 耳よすぎだ。


「……すまんな。とりあえず逃してやる事だけで、精一杯だった。あのまま王都にいれば、間違いなく”斬首“だ。イレーネ王はそう言う方だ。」


 と、カルデラさんは深いため息をついたのだ。


 え? そうなの? 本気だったの?

 ウソかと思ってたんだけど。


「まーいい。とりあえず“逃げる”しかねーんだろ。で、俺としてはその“お尋ね者”ってのを、捕まえてあの“クソ野郎”に突き出してやりてーんだけどな。」


「えっ!?」


 飛翠様……ご乱心ですかっ!?

 今……なんとおっしゃいました!?


 一国の主と喧嘩するおつもりですかっ!?


 私はソファーに寄りかかった飛翠の頭を、今すぐぺしん!と、叩きたい衝動に駆られたが、堪えた。


「それは……“願ってもない言葉”だ。ゼクセン様も喜ぶだろう。」


「ちょっと待って。そんな事出来るの?」


 私はカルデラさんにそう聞き返した。


「それしかねーだろ。お尋ね者なんだ。本物を捕まえねーと追ってくるんだろ。」


 飛翠が私に顔を向けた。


 あらまー。やる気マンマンな顔だ。


「あのね。飛翠。コレ……どっかの高校の男とのケンカじゃないんだよ。わかる? 血の気多いのは知ってるし結構なんだけど、レベルが違うでしょ。ハードすぎでしょ。」


 ここは言っておかねば。

 止めなければ。無理なのは承知だ。

 だがしかし! これが私の役目なのだ。


 彼はーー、暴走する。特急のごとく。


「は? お前、平気なのか? やってもねーのに殺されるんだぞ。」


 おのれ! そこを突くな!


 私はソファーの背もたれに手を乗せた。

 ばんっ!と、テーブルなら音が出ただろうが、舞ったのは埃だった。


 ごほっ!


 ゴホッ……


 二人してむせってしまった。


「お前なー……」


 苦しそうにむせる飛翠。

 それでも、私は続けた。


「ごめん。でもね! 飛翠! わかってる? これあんたの好きなヤンキー漫画じゃないんだよ? どっかの族が助けに来てくれないんだよ!」


 そうそう。これも言っておかねば。


「ヤンキーとな? なんじゃ?」


 反応してくれたのはカルデラさんだった。


「あ。後で説明しますね。」


 私はとにかく飛翠の説得に掛かる。

 このお方の事だ。気が済むまでとことんやるに決まってるんだ。


 つまり! 帰れない!!


「うるせーな。殺らなきゃ殺られるんなら、俺は殺る。」


 だが、飛翠はハッキリとそう言ったのだ。


 きゃー!!

 なんてことを!! このお方はバカなのか!?


 カルデラさんは、笑っていた。


 笑うとこじゃないっつーの!!


「お前は? 帰るんなら帰れ。どーやって帰るか知らねーけど。」


 飛翠は私から顔を背けた。


 ふんっ。てなもんですよ。

 あー!! もー呪いたい!! そうゆう魔法はないのかっ!?


「私だって知らないよ!」

「あっそ。ならそこら辺でフラついて殺されるんだな。王都から追いかけて来るんじゃねーか?」


 あー!! 憎ったらしい!!


 このふてぶてしい態度! 右手あげてひらひらと。なんだ? それは!?


 バイバイのつもりか??


 でもーー、わかってるんだ。頭の中では。

 帰れないし、逃げられない。


 ここは……見知らぬ世界。

 私の思う通りにはいかない場所だ。


 やるしかない事もわかってるんだ。

 けど……恐いっつーの!!


蒼華そうか殿。安心せい。拙者がついておる。これでもイレーネの大群を率いて戦う“将軍”ぞ? 悪い様にはしない。」


 カルデラさんはそう笑った。


「え? 将軍さんなの?」


 なんで……そんな人が、私達に手を貸すんだろう? と、新たな疑問もでたけど……


「わかりました! 私も戦います!」

「お前……軽いオンナだよな。」

「あーうるさい! 年中バトル男!」


 と言う訳で、私達の“旅”はここからはじまるのだ。本当のお尋ね者を捕まえる旅ーー。


 このクレイルからはじまりを告げる。

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