先代

 聞き分けのない子供のように泣いた日から大体一ヶ月経っただろうか、私は王様から命令を受けて城下町の宿で待機する身となった。出陣前に逃げないようにする為か何をするにしても窮屈で仕方がない、何しろちょっと散歩をするだけでも誰かが尾行をしてくるのだ。振り切ること自体は簡単だが逃げたところで戦争は無くならないし、私が巻き込まれるのもまた変わらないのが辛いところだ。

 それはそれとしてこの城下町に来るのは半年ぶりなのだが前に来た時とは打って変わって物々しい雰囲気に包まれていた。まぁ戦争が始まるのだから当然といえば当然なのだが。もしくは私の身の回りの状況が変わったから見方も変わったのか………。見方が変わるとはどういうことか、簡単に言うと今の私の傍にはナフトさんがいない。現在ナフトさんは東西南北へ奔放しているらしい。何やら大事な仕事が出来たらしく王様に謁見した後から姿を見ていない。この世界に来てから一人ぼっちになったのは何時いつぶりだろうか、なくなって分かる有り難さはどの世界でも変わらないものらしい。


「さて……こんなものかな………」


「えぇ、これだけあれば十分でしょう」


 さて、話は変わり今は明日に迫った出陣に持っていく荷物のまとめを二人でやっている。私の隣に座るお姉さんはナフトさんの旧友であるシェスターさんだ。いきなり宿に来られたときは警戒したが、この世界では珍しい私と同じ黒髪ということやおっとりとした雰囲気をしているせいで今や見た目だけでなく本当に姉のような立ち位置に収まっている。まぁ私に姉がいた経験はないのだが。


「それにしても………アーちゃんってまだ子どもでしょう? 機嫌を損ねるつもりは無いのだけど………覚悟は出来てるの……?」


「シェスターさんアーちゃん呼びはやめてください……何ならその呼び方の方が機嫌を損ねますよ」


「ご、ごめんね! からかうつもりはないのよ? ………でもその言い方ならもう大丈夫そうね」


「はい、正直覚悟が出来たかと言われると出来てませんが………持つべき信念は見つけました」


 私にその信念が正しいのか決めることは出来ない。例え使い魔を使役してもそれは『文字』としての正しさしか持たないだろう。だから私が持つものだけを抱いて戦う。それが未来の自分を悩ませることになったとしても……。


「………………そう、だったら私が言えることは一つだけね」


 準備を終え、部屋から出る帰り際にシェスターさんは挨拶代わりに難しい言葉を残していった。


「信念っていうのは終わった後に決まるものよ……だから………その信念はまだ胸に抱くだけにしておいてね」


 シェスターさんが何を言いたかったのか、それを理解することは出来なかった。終わった後って? まだって? その答えが見つかることは夜遅くになっても見つからず、明日の為に私は渋々と眠りに就いた。




 そして迎えた出陣の日、これが夢ならいいのに。なんて願う日々にお別れを告げて私は王様から指定された場所に足を運んだ。この世界に来てからずっと着てきた装備は金属とは別の重みを私に与えてきていた。一歩が重いのではなく辛い、初めての感覚だった。しかし指定された場所に着くとそんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。それもそのハズ、その場所に着いた時にその場で待機していた兵士から至急城に戻るように、と伝えられたからだ。何が起こったのか分からないが至急ということなので出来るだけ急いで城へと蜻蛉返とんぼがえりする羽目になった。

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