模擬戦

 婆さんとの会話を切り上げてテントの外に出るとすぐ近くの広場のような場所でチヤホヤされている朝日がいた。少しばかり照れくさいようだがそれでも嬉しそうだ。その様子は何とも微笑ましいもので………。


「いやーまぁ私くらいになるとナフトさん程度ならボッコボコに出来ますよー 」


 ……………………。


「あははーあれ? 皆さんどうしました? もしかして私何かイキっちゃいまし………た?」


「ふーんボッコボコねぇ………ふぅーん?」


 俺が声をかけるとぎこちなくこちらを向いた。その様子はさながらメンテナンスを忘れたゴーレム兵にそっくりだった。


「あの………いや………違うんすよ、そんな私如きがナフトさんに勝てるわけないじゃないですか ………あの………もう黙るくらいならいっその事怒鳴ってもらっていいんで………も、もしもーし?」


「…………うん、そうだな………ウェイザー婆さんもいる事だし丁度いいか」


「ちょ、丁度いいって……………?」


「ここで模擬戦をしよう」


「ひぃぃぃ!! いやですー! ホントにごめんなさいー!!」


「ほら、早く荷物を置いて………別に本気でやる訳じゃないだ、気楽にやろうぜ?」


 ギャーギャー言う朝日を差し置いて村人たちが続々と集まってきた。模擬とはいえ現勇者と元勇者の戦いが見られるのだから当然と言えば当然か。


「なぁに一本取れれば勝ちにしてやるさ」


「うぅー………………」


 どうやらまだウジウジとしている様なのでその間に荷物を木陰に置こうとしたそのときだった。


「隙ありぃぃ!!! 敵に後ろを見せるとは!! 油断禁物とはこの事ですよナフトさんー!」


 いつの間にか自身の荷物から模擬戦用の木剣をとり出し、勢い良く飛びかかってきていた。だがそれよりも驚くべきはその速度だろう、朝日がいた位置とこの木陰までの距離はおよそ三十マトルメートル弱はあったハズだ。音から察するに一跳びでここまで来たと見るべきだろう。どんな魔法を使ったのかは知らないが相変わらず恐ろしい跳躍力だ。


 だが


「あとは声を出さなければ満点だったな」


 荷物を置くために屈んだ状態から手を地に着き勢いをつけて倒立へと動きを変える。するとなんとも綺麗に横殴りの一撃を靴のかかとで弾き返せる。更に勢いを上に逸らされた朝日はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。

 本当なら今ので木剣があらぬ方向に飛んでいくハズだったんだかな………。


「いたたた………そんなのありぃ………? ってうわぁ!」


 ゴチャゴチャ言ってる隙に背中を狙って一振り、だがこれはフェイク。本当の狙いは飛び退いだその後だ。勢い良く後ろに跳ねたは良いが空中じゃあ回避のしようがないだろう? 普通ならな―――――。

 横っ腹に一撃入れるつもりで振った木剣は虚空を切り裂き何とも間抜けな風切り音だけを残した。俺の距離合わせは完璧だった、では何故当たらない? 答えは至極簡単だ。上を見上げれば答えがいるのだから。


〖空中で攻撃を回避する方法 検索結果ヒット もしかして


 俺の頭上にいたのは背中から生えた鳥に似た翼を前後に震わせながら空に立つ朝日とそのすぐ横で浮いている光る球体だった。さっきの無機質な声はその球体から出されたものだ。朝日いわくそれは使い魔とかそういう類いの完全に別のだということ、問いを送ると一秒の猶予ラグもなく問いに対する最適解を導き出して朝日が元々持っている魔力リソースとは別の魔力を使い、最適解を実行するということだけ。

 一体どこからその情報が来ているのかも分からないし、どうやってそれを実行しているのかも分からない。分かることは先程の二つと、現時点では朝日の問いに全て応えているということ。そしてそれが朝日を勇者たらしめる能力の一つだと言うことだ。


「やっぱ無理ですってー! 今の当たってたら腰痛どころのはなしじゃないですよ! 手加減して下さーい!」


 朝日の言う通り今のは割と本気で当てるつもりだった、そして。全く今後が思いやられる…………。


「当たってたとしてもどうせその使い魔の力ですぐに治してただろ? ほらまだ模擬戦は終わってないんだ、勝てるチャンスはあるぞ?」


「ムキー! 余裕ぶって大怪我しても知りませんからねー!」


〖剣技 回避不能 検索結果ヒット もしかしてどうしようもないアンサマイデリッヒ剣撃シャウケー


 聞いたことも見た事もない剣技、これもまた朝日の能力の特徴だ。誰が、何処で、そして創り出したのかはあの検索結果ヒットには関係がない。例えそれが未来だったとしてもヒーローに夢見る少年の頭の中にしかない妄想の技だったとしても実現可能かつ最適解であれば実行する。故に予測が不可能なのだ。


「全く………模擬戦だってのに骨が折れそうだ……文字通り本当にな…………」


 ポツリと呟いた俺には急降下しながらこちらに突撃してくる朝日の姿が見えていた。

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