見る人

「さて………目一杯朝日ちゃんを可愛がったことだしいい加減本題に入ろうかねェ………」


 真面目そうな顔をしながらそう口に出したウェイザー婆さまの膝元には少し不貞腐れたような感じの朝日が収まっていた。


「ウェイザー婆さん……そろそろ朝日を離してやってくれ、反抗期か早くなりますよ」


「おやおや、それは困るわねェ………」


 ウェイザー婆さんは口では困ると言いながら何とも悪戯じみた笑いを浮かべてから朝日を解放した。


「後で詳しくお話しましょうね……ナフトさん…………」


「あらあら……ナフトも隅に置けないわねェ、そんな小さな子の尻に敷かれてるだなんて………」


「人聞きの悪い事を言わないでください、こんな年端もいかない女の子の尻に敷かれるなんて真っ平です」


「そうは言うけどアナタだってついこの間までその年端もいかない子供だったじゃない」


 その言葉に朝日が反応した。


「おばあちゃん………ナフトさんって何歳なんです?」


「んん? なぁんだ……伝えてなかったのかい? ナフトは二十………いくつだったかしら?」


「九です九、もうすぐ三十路です」


「あぁそうそう! 二十一だったわねェ!」


 こ、この老婆…………! わざと忘れたフリをしやがった………!


「えっあんなに老け………いやでもヒゲを剃れば普通に若いような………なんで剃らないんです?」


「それはねェ………ヒゲを生やしていた方が歴を重ねてかっこよく見えると思って」


「そんなことどうでもいいだろおおっ!? なっ? ほら本題に入るんだろ!?」


「…………意外と可愛いところあるんですね……」


 三歳も年が下の女の子に笑われた……。先代として威厳を示したかったのに………。あのババア許さねぇ…………。


「まだまだナフトの黒歴史は出せるけどそれはまた今度にするかねェ………それじゃ今度こそ本題に入りましょうか」


 カラカラ笑うだけ笑った後、再び真面目な顔に戻った婆さんは今度こそ本題に入りだした。


「と言っても二つある内の一つである新しい勇者と面識を持つ、というのは終わったから残るは……ナフト、あなたと話がしたかったのよ」


 さっきまでの祖母ムーブは果たして面識を持つに含まれるのだろうか? 本人たちがそう思っているのなら良いのだが………。


「そこ、溜息をつかない! あとこれはちょっとばかり大人の話になるから朝日ちゃんには外にいてもらおうかしらねェ………」


「えっ怖い怖い三者面談に似た緊張があるんですけど!?」


「婆さんがそう言ってるんだ、ほら行った行った」


「ちょっ! また私のことを押して! 外で何していればいいんですかー!?」


 一通り喚き散らしながら外に追い出すと新しい勇者に興味津々の村人たちが待っていた。恐らく彼らの様子ならば朝日が暇を持て余すことはないだろう。

 さて、婆さんがこんな感じで一対一で話をする時はろくな事ではない。そう思って少し身構えてしまう。


「そんなに身構えんでもいい………いや、そんなことも言ってられんかの…………」


「……………隣国の件ですか……」


「うむ……以前から不穏な空気ではあったんじゃがのぉ…………向こうの賢者が言うには仕掛けて来るらしいぞェ………」


「朝日が来てからまだ間もないって言うのに………あれ? もしかして世代交代したのが関係してたりします?」


「うんにゃ……向こうにはなぁんも伝わっとらん………なんなら未だに勇者を名乗れるくらいじゃよ、カッカッカッ! 向こうに行ったら安泰じゃのぉ!」


「これから戦争をするかもしれないって言うのに笑えませんよ………まぁ、朝日が関係ないのならまだ良かったと言うべきですかね……」


「………変わったねェ……この村に来たときにはまだ良くも悪くも勇者の責任に囚われていたのに………」


「何にも変わっちゃいませんよ……未だに勇者に囚われているからこうして朝日を連れ回しているんですから」


「………そう言うならそうなんだろうねェ……あぁそうだ、最後に一つだけ聞いていいかい?」


 何の気なしにふと話を変える婆さん、果たして出てくるのはただの世間話かそれとも何かの核心を突く話だろうか。そんなことを考えていると俺が返事をする前に質問を投げかけてきた。


「朝日ちゃんをどう思ってる?」


「…………そうですね、継いだとはいえ弟子や後輩と言うよりも妹に近い感じが」


「そうじゃあない………気が付いてないわけじゃなかろう? 最早あの子はお前よりも強い………その上でもう一度聞くぞェ? あの子を―――――どう思っている?」


「………………俺がやることは変わりません、もし何かあったら俺は怯える人を守るだけです………例えそれが俺よりも強かったとしても」


 やっぱりウェイザー婆さんは凄いな………。初めて俺以外にそのことを考えてる人を見つけた。

 そして、その言葉を区切りにして俺はテントの外に出た。

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