ある男のメモ

 脚色きゃくしょくみた社会の深層しんそう虚飾きょしょくまみれた世界の真相の解明・探究に忙殺ぼうさつされる日々こそが、私にとって何よりも幸福だった。当初は人間の集団心理について研究することが最大の目的だった。いつしか目的を見失い、人間社会が作り出す粘着質でかぐろい本性に惹きつけられてしまった。

 私は欺瞞ぎまん憤懣ふんまんに満ちる人間社会を内側から観察し続けたが、いつも陳腐ちんぷ愚劣ぐれつさにあふれた解答ばかりが導き出されていた。そのこと自体に私は嫌悪感など感じることはなかったし、当たり前の事実として受け止めてきた。だが、私が観察してきた限り、人はそれを意識的に排除する傾向があった。

 私にはそれが理解できなかった。人間が自分勝手に作り出した思想で、人間は善良であるべきだと思い込んでいるのだ。

 愉快で奇特な思想に吐気はきけがするほど笑い転げてしまった。自分自身の存在が世界になんらかの影響をもたらしていると思い込んでいるのだ。

 なんて滑稽こっけい醜悪しゅうあくさに満ちた姿であろうか!これでは食い扶持ぶちに困った道化が何もできなくなってしまうではないか。道端みちばたに座らだけでいい。それだけで世界最高の喜劇が始まるのでだから!

 そして私は今一度疑問を投げかけたい。

「善良とは何か?」

 この解答について明確な答えを持つものはいない。解体され冷凍庫に吊られている屍肉しにくよりも価値があるものなのか?

 だからこそ私は主張したい。善悪二元論など存在しておらず、世間で言う所の「不純ふじゅん」・「無知」・「盲信もうしん」のみが人間を決定づける要素なのだと。

 一目瞭然でわかりやすいとは思わないか?


 

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