発芽

 真っ白い部屋の中に二人の男が入ってきた。

 一人は首枷くびかせをつけ、全身は肥大化した筋肉で覆われ凶器きょうきと化した大男で、縦長の大きなあさの袋を担いでいた。

 大男の隣には眼鏡をかけ、背中を丸め仏頂面ぶっちょうづらした男が立っていた。


「20番、ソイツを床に置け」


 20番と呼ばれた大男は抱えていた袋を床に下ろす。


「よくやった。これでお前の任務は終了だ」


 仏頂面の男は大男にそう言うと眼鏡をクイッと上に上げた。


「………………………」


 大男は無言のまま運び込んだ荷物を見つめる。すると袋は次第にモゾモゾと動き出した。


「—————!————!!」

 

 ついには袋から声を押し殺したような物音が聞こえ始めた。

 その様子をジッと見つめていた大男の呼吸は段々荒くなっていく。


「………うグヴぅ」


 まるで燃える蛇がうねりながら泥濘でいねいを進むように、吐き気をもよおすほど倒錯とうさく的で身を焦がすような衝動が大男を襲う。

 微睡まどろんでいた激情が覚醒かくせいし、逡巡しゅんじゅんする思考をむしば錯綜さくそうする心を駁撃ばくげきし始める。


「モぉうさァ゛…良いだろォ…?」


 仏頂面の男を向き懇願こんがんする。


「ダメだ」


 男はしかめっつらをし、吐き捨てるように言った。


「なゼだ!?言わレた通りニしたゾ!何か褒美ほうびがアッてもイいンじゃねぇかなぁ!!!」


 男の態度に怒りが込み上がり、にらみ付けながらえ立てる。

 男はそれを見て溜息ためいきくと、きびすを返して立ち去ろうとする。


「ドコ行くつもリだ!!!」

「チッ……付いてこい。お望み通り褒美をくれやる」

「コイツじャダメなのカ?」

「ダメだと言っているだろう!いいから付いてこい!!」


 大男は男の後を追い部屋を出る。男は早足で進みながら、時折大男の方を一瞥いちべつしながら先を急いだ。


「着いたぞ。さぁ入れ」


 男に促されるまま扉を開ける。部屋の中は薄暗く、壁や床にはおびただしい数の血痕けっこんが残されており、まさに処刑場と呼ぶに相応ふさわしい光景だった。


「アァ……」


 ここは大男にとって、かわいた感情をうるおし、繰り返し襲ってくる苦痛を一時いっときだけ和らげてくれるオアシスそのものだった。

 自然と大男のほおゆるむ。


「なんだここは………?」


 反対側の扉から困惑こんわくした様子の男が入っていきた。

 大男は男の存在に気づくと一目散いちもくさんけて行く。


「お前は!!」

 

 男も大男の存在に気付き、驚愕きょうがくあらわにする。


「グェッ」


 飛び蹴りを喰らい、男は床に転がる。大男は床に寝転がった男に馬乗りになり、男の髪の毛をつかむと頰をおもいっきり殴った。


「ウボォッ、ヤ゛、ヤ゛メ゛……」


 拳に伝わる肉の感触、恐怖に歪んだ顔、苦痛であがる悲鳴、それら全てが大男の情欲を掻き立てる。

 

 もっとこの肉の感触を味わいたい………………

 

 グヂャ…


 もっと恐怖で顔を歪めたい…………


 グヂャ、グヂャ…


 もっと悲鳴をあげさせたい……


 グヂャ、ベキッ、グヂャ、グヂャ…


 もっと…もっともっと!

 

 グヂャグヂャにしたい、形あるものを、グヂャグヂャに、憎悪するような、したい、整ったものが、グヂャグヂャ、壊れる様、グヂャグヂャ、を、グヂャグヂャグヂャ、壊れる、グヂャグヂャグヂャグヂャグヂャグヂャグヂャ、壊せ、グヂャグヂャグヂャグヂャグヂャグヂャ、壊れろ、グヂャグヂャグヂャグヂャグヂャグヂャグヂャグヂャ………


 部屋には不思議な音をさせるメトロノームの旋律せんりつを、大男は満足そうに味わう。


 思い浮かべる心象風景は鮮烈せんれつで、可憐かれんだった。沈みゆく夕陽にさらされる銅像。反射して見えない銅像の顔。燦燦さんさんと燃える空を想う銅像。狂おしきからす嘲笑ちょうしょうとともに消えゆく銅像………

 

 この芸術的な世界を永遠に味わえないのは残念なことだ。だが一瞬ひとときだからこそ、そのきらめきは何者にもおかしがたい悠久ゆうきゅう浮浪者ふろうしゃとなるのだ。


 新たに跳梁ちょうりょうする人間のわらい声が加わった。メトロノームと嗤い声の調和は、メトロノームが壊れるまで続いた。



 

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