開花2

 山内は若者が山へ入ったことを参加者全員に伝えた。その結果、決行予定日は明日の午前中だったが、若者たちが山に入ったことにより延期することになった。若者たちに危険を及ぼす可能性もある上、特にこれといった被害がある訳でもないので反対する者はいなかった。

 しかし若者たちが山に入った次の日の夜に事態は急変する。山内が寝床に入ろうとした時だ。突然山の方から悲鳴にも似た叫び声のようなものが聞こえたのだ。山内の脳は逡巡しゅんじゅんし不吉な事態ばかりを想像し始めた。レンの犬小屋がある縁側から外に出て山の方を見る。レンは眠っていたが山内の存在に気づくと起き上がって近づいてきた。もし何かあったのならレンが反応しそうなものだが、その様子はなく平静そのものだ。再び悲鳴に似た叫び声が聞こえたが山内の脳内に若者たちが悪ふざけをする光景が浮かび上がっていた。念の為に明日は高橋を連れ様子を見に行こうと決め、再び寝床についた。

 次の日の昼前、山内はレンを連れ高橋と山の中を散策していた。高橋はこの田舎町の交番に配属された若い警察官だ。愛想が良く、住民たちに人気があった。山内が山に入るのを助けて欲しいと頼むと、高橋は快く了承してくれた。

「レンちゃんは本当にいい子ですね。まったく吠えないし、それにとても賢い」

 たわいもない会話をしながら山の中を進む。高橋にも準備しておいた猟銃を渡しておいた。高橋もたまに猟に参加しているので扱いはお手の物だ。

「レンは人には吠えないんだよ。人懐っこくて、可愛げがあるだろう?」

 山の中を捜索し始めてから既に30分経過していた。

「しかし山に入って行った人たちはどこまで行ったんでしょうね?山はなだらかですけど、こうも森が広かっていると遭難そうなんしてしまいますよ」

「恐らくこの先にある川辺だろう。あそこ一帯は動物たちもいるから危険なんだが…」

 少し歩くと川辺が見え始めた。予想した通りここに来ていたらしく、かすかにキャンプ道具のようなものが見えた。

「………?」

 だが様子がおかしかった。人の気配がまったくしない。高橋の表情が慇懃いんぎんなものにかわった。

「……行きましょう」

 酷い有様だった。テントはズタズタに引き裂かれ、地面に道具は散乱していたのだ。それに加え若者が一人もいない…。

「警察や消防隊の応援が必要でしょう。しかしこれは…」

 山内は地面を周囲を見るが、若者が残したと思われる痕跡ばかりで動物による痕跡こんせきはまったく発見できなかった。

「何かあったのは間違いない。レンに匂いを嗅がせて追ってみよう」

 レンに若者の衣服の匂いを嗅がせ、その持ち主の元へと先導させた。レンは山内のパートナーとしてよく猟に連れて行っていたので、一通り教え込まれていたのだ。10分ほどレンに連れられるまま歩き続けると、目を疑うような光景が飛び込んできた。

「これは…………」

 そこには熊の死体があった。全長約1.7メートルといったところか、仰向けになった状態で死んでいた。

 しかし異常な点はそこではない。脛骨けいこつは完全に砕けており首は肉と皮膚のみで繋がっており、腹はぱっくりと大きく引き裂かれ肋骨ろっこつ脊柱せきちゅうあらわとなり、顔半分がまるで頭蓋骨とうがいこつごと食いちぎられたかのように欠けていたのだ。だが特筆すべきなのは頭の中に、腹の中にあるべきものが綺麗さっぱりなくなっていることだ。死体の周囲は確かに血飛沫ちしぶきのあとが散見され紅い塗装がされていたが、肉片が撒き散らされている訳でもなかった。

 二人とも気付いていた、この惨状さんじょうを作り出した犯人は若者たちではないと。いくら若者4人とはいえこんなことは不可能だろう。

 二人は無言で猟銃を構えながらレンの後について行った。そして5分ほどしてようやく目的地に着いた。

 予感はしていた。見事に下処理された熊の死体を見た時から予感はあった。

 少し開けた場所に4人の死体があった。正確に言えば、4人の死体をバラバラにしたと思われるパーツが紅いテーブルの上で転がっていたのだ。熊の死体と同様に胴体にもテーブルにも内臓はないのだが、4人の頭部だけがなかった。

 紅い惨劇さんげきを前に二人は立ち尽くしていたが、近くの茂みで物音が聞こえ二人とも無理矢理現実に引き戻される。しかし依然いぜんとして精神状態が乱れていたため山内は咄嗟さんげきに音のした方へ発砲してしまった。すると茂みの奥から前日の夜に聞こえたような叫び声が響いていた。二人は茂みの隙間からその姿を垣間見ると、私たちは表現できない感情に囚われ発狂し何発もそいつ目掛けて撃ち込んだ。完全に姿が見えなくなる頃には二人とも落ち着きを取り戻し、すぐさま町へと引き返した。

 その後この惨劇が全国に報道され、警察や報道関係者が慌ただしくこの町に出入りするようになり、何度も状況説明を求められた。警察や世間からは私たち二人が犯人だと疑われもした。たが死体にこびり付いた唾液や体毛と私が銃撃し周囲に飛び散った血の鑑定結果が同一であると判明し、疑いは完全に晴れた。

 あの惨劇や叫び声、そして最後に見たあの姿が記憶野に深く刻まれいつまでも反芻し続ける。一生あの光景を私たちは忘れることができないだろう。

 だがそれ以上に頭を悩ませることがあった。あの時確かに何かがあの茂みの後ろにいた。だがレンは吠えることもなく佇んでいるだけだった。

 それに加え、茂みの隙間から少しだけ覗いた異様に鋭く太い爪と駆ける後ろ姿。目が合うはずがないのに、私たちはそいつと目が合ったのだ。

 トドメは警察からの言葉だった。

「現場に残った体毛や血液を鑑定した結果、あなたたち二人のものは確認できませんでした。つまり嫌疑は晴れた訳です。……しかし、本当にいたのは一人だけなんですか?茂みの血液からは、被害者のもの以外に複数の人間の血液が確認されたのですが」


 

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