開花1

 近頃野生動物たちが山のふもとにある居住地区にまで出没することが多くなった。山は人の手が加えられておらず、食料も豊富なはずなのになぜ山から下りてくるのか地元民は不思議に思っていた。

 最初にこの異常事態に気づいたのは、山に一番近い場所に住む老成した男性だった。男の名前は山内正信といい、妻に先立たれ現在レンという名前の犬と暮らしていた。

 最初はレンが吠える頻度が増え、落ち着かない様子に頭を悩ませていた。その原因が野生動物だと気付いたのは畑仕事をしていた最中のことだ。そばにいたレンが急に吠え出し、何事かとレンの視線の先を見ると狐が二頭逃げ出すのが見えた。その後も似たような事態に遭遇することが増え、山内は訝しむようになった。確かに野生動物が山から下りて自分の畑を荒らすことは度々あったが、それを差し引いて考えても異常な数の野生動物が山から下りてきていたのだ。

 あまりにも野生動物の出没頻度が高いので、住民同士の話し合いの機会が設けられた。そして一度山を調査することが決まった。もし熊や猪などの危険生物に遭遇する場合に備えて猟銃や麻酔銃を携帯することになり、この役目を山内が担うことになった。

 頂上にいる日が地上を照らしていた。決行日が決まり、山内は準備のため自宅で作業をしていた。すると次第に外から騒ぎ声が聞こえるようになった。何事かと家を出ると、4人の若い男女グループが大荷物を抱え歩いていた。彼らは明らかに山へ入っていく道を進んでいたため、山内は慌てて若者たちに声をかけた。

「お前さんたち!」

 声をかけられた若者たちは皆山内の方を見る。彼らは声をかけられたことを不思議に思い、お互いに顔を見合わせていた。若者の一人で恰幅かっぷくのいい男が山内に声をかける。

「おじさんどうした?」

「もし山へ入るつもりなら、今回はやめておきなさい。近頃野生動物がここら一帯に出没することが増えてね。大変危険だから、やめておきなさい」

 山内の話を聞き若い女性二人が不安そうな表情になったが、もう一人の背の高い男は笑いながら山内にこう返してきた。

「確かに以前ここに来た時は野生動物によく遭遇しましたよ。でも熊や猪に遭遇したことはないし、それに対策用の道具も持ってきましたから」

 そう言うと若者たちは山内の制止に意を介さず、山の中へと消えてしまった。山内はその後ろ姿を見つめることしかできなかった。

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