養殖

 カイは三人の男女を冷静に見つめていた。

「やめてくれぇ!!!殺さないでおぉぉ!!!」

「イヤァァァァァ!!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」

 三者三様の反応…と言いたいが二人ほど同じように叫んでいるだけだ。十人十色という言葉はまさしく嘘偽りの思想であり、人間を堕落だらくさせる典型的な停滞思想なのだ。

 懈は寝台の上で縛られ固定されている三人の男女の反応を吟味する。

 自身のとがを認識し悔恨かいこんの念にさいなまれているこの女性はいずれ同士として迎え入れられるだろう。

 しかし残り二人はなんと酷い有様か!施しようもないほど愚劣ぐれつ卑陋ひろうな様は、逆に見ていて清々しさすら感じられる。

 そして、

「悦べ!そして世を転べ!貴様達は我らが母たる存在を堕胎だたいさせるための、先触れとなれるのだ!むせび入れ!ほころびろ!突鼻とつびを受けるのだ!!!」

 懈は高らかに宣言し、二人を睥睨へいげいする。

 外面に表出する二人の在り方は違えど、内面に隠されている本質は紛れもなく邪悪である。

 彼の、いや彼らの教義においてこの二人は排除されるべき悪なのだ。

「無味無臭にして無色無音、そして無感なぞ、どこで役立つと言うのかね、うん?」

 相変わらず叫び声を上げる二人に変化は見られない。彼の話など耳に入らず、これから自己に起こるであろう悲劇を予期して絶望に暮れていた。

 彼はその様子をじっくりと観察すると、落胆し大きな溜息ためいきをついた。


「ハァ……これほど言っても自身の咎を認めないとは………処刑しかあるまい」


 処刑という言葉を聞いた途端、三人の表情が打って変わり青ざめたものへと変貌へんぼうしていく。恐怖で身体が震え、三人の歯がカツカツと鳴り続ける。三人とも何も言えなくなってしまった。


「あぁぁ………あぁ……その姿だ…その姿こそ、人があるべき真理なのだ。愁眉しゅうび愛嬌あいきょう、つまり保護欲をき立てるほどの繊細さと、破壊衝動を掻き放つほどの美麗びれいさを両立させるその姿が!我らが切望せつぼうする、母なる存在なのだ!!!!!」

 この三人に歩み寄ろう。そうすれば我らが——


「待ちなさい」

 

 想いを託した無辜むこたる同士たちに報いようと懈が一歩踏み出した瞬間、背後から妖惑的ようわくてきな雰囲気をまとった女性が現れた。

「—————!?すみません教主様!如何いかがされましたか?」

 懈は声をかけられ一瞬思考が停止したが、気を取り直すと教主と呼んだ女性の前で服従の姿勢をとった。

「この悪徒あくと達に最期の餞別せんべつを与えようと思いまして。お時間を少し頂いてよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます」

 そう答えると懈は女教主の側に控えた。


「さて——————」


 女教主は三人と向かい合った。その場にいる誰もがその女性に魅せられた—————起因するものが崇敬すうけいであれ、恐怖であれ。

「この三日間、私たちはあなた方に罪禍ざいかの所在を問うてきました」

 女教主は言葉を一つ一つ丁寧に、そしてさとすようにつむぐ。

「ですが、あなた方はそれを理解することができないばかりか、理解することを拒絶するとは」

 女教主は先程まで泣き叫んでいた二人に近づくと微笑んだ。

「私たちに残された最後の手段を持って、あなた方の悪を葬りましょう。ですがその前に」

 女教主は一人悔恨を吐露とろした女性の拘束を解くよう懈に命令した。

「あなたは我らが同士として迎え入れる資格をお持ちのようです。私たちと共に、けがれなき世の実現を目指しませんか?」

 女性の拘束具が次々と外されていくが、女性の瞳はすでに女教主の姿だけしか写っていなかった。他の二人は泣き喚きながら懇願こんがんし始めていたが、誰も気に留めていなかった。

「私も…私も同士として、お供します……いえ、お供させて下さい!」

 女性の瞳に光が灯る。それを見た女教主は満足げに頷いた。

「新に道を同じくする我らがともよ、我らの最大にして至上たる教義を今から共に為しましょう」

 女教主は懈に視線を向ける。それを見た懈は何やら合図を出した。すると部屋に調理用器具や工具用品が次々と運ばれてきた。懈はそれらを舐めるように一つ一つ物色していく。懈の表情は光悦こうえつに浸り尽くし、自然と笑みがこぼれ落ちていた。その様子を女教主は嬉々ききとした様子で見つめる。

「さぁて、張り切っていこう!最初はどれにしようかな………」

 先程からずっと泣き喚いてた二人はいつのまにか懈に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせていたが、本人は至って気にする様子はなかった。

「やっぱり一番最初は使い慣れたものからだな!」

 懈が塾考じゅくこうした末に選んだのは刃渡はわたり20センチ以上ある包丁だった。そして懈は拘束された男の方へと歩み出す。

「待ってくれ!回心するから!どうか!どうか!」

 懈の耳に男の言葉は一切届かない。懈は男の腹に包丁を突き立てる。

「この瞬間が堪らないんだ………!」

 そう言うと懈は無邪気な笑みを浮かべながら、男の腹目掛けて包丁を突き刺した。聴いた者を錯乱さくらんさせるほど苦渋くじゅうと苦痛に満ちた悲鳴が部屋を包み込んだ。

 懈は男が苦痛に表情を歪ませる表情に触発され、今まで自身を抑え込んでいた理性を蹂躙じゅうりんした。男に包丁を突き刺したまま懈は少しずつ、少しずつ腹部から胸骨きょうこつまで切れ込みをいれていった。男の表情を何度も何度も確認しながら丁寧に10センチほどの切れ込みを作る。

「痛い?痛いよね!痛いはずだよね!?今の君は苦痛そのものなんだ!どうしようもないよね!でも、まだまだこれからなんだよ!?君の心臓を掴むまでは終わらないんだ………」

 包丁からナイフへ持ち変え、左手を切り込みの中へ突っ込み体内をき乱す。しかし目当ての心臓まで届かないことが分かると、今度はナイフを使って内臓を丁寧に切り取っていく。もう鼻歌なのか笑い声なのかさえも分からない。この時点で既に男は悲鳴を上げることを止め、代わりに身体をビクビク震わせ始めた。懈はバシャバシャと音を立てながら内臓を摘出てきしゅつしていく。次第に周囲が血溜ちだまりと化してきたが、お構いなしに作業を続ける。赤いプールの中を泳ぐのは慣れているようだ。

 全ての内臓を切り取り摘出し終えた懈は、男の心臓を掴むと女教主に捧げた。

「我らの教義は悪を滅すること、それが唯一無二の教え。その為には何をすべきなのか………」

 女教主は心臓を掴むと口元まで持っていき、

「非常に簡単なことです。

 心臓を齧ったのだ、果実を食べるように。気づけば彼らの周囲には信者であふれていた。信者たちは肉を求め声を上げていた。その声も段々と強まり、終いには寝台の男に集り咀嚼音そしゃくおんを鳴り響かせ始めた。

敬虔けいけんなる信徒たちよ、悪を滅するのです!新たなる門出かどでに立った同士に道を示すのです!幸い、ここにはまだ一人悪徒が残っています」

 周囲の目が一斉に拘束された女性に向く。

「我らが教義を果たすため、喰らうのです!」


 


 

 


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