1章 / 菖蒲Ⅷ / 少女の日記

 〇月×日、一日目。


 記念すべき日だ。

 隣で眠る彼の顔を見るだけで、心が躍る。

 ようやく私のものになったのだと―――と言うか、取り戻せたのだと、今になって実感した。


 学校ではあまり露骨に触れるわけにもいかず、もどかしいばかりだった。

 今の時代、男性へのセクハラも問題になったりするのだ。文武両道、品行方正な生徒会長サマというキャラを貫くには、そういった事も注意しなければならない。少なくとも彼と恋人同士になるまでは、と我慢の日々だった。


 それももう、解禁である。


 その細い腰を撫でるのも。

 柔らかい頬を舌でなぞるのも。

 白い肌を赤く染めるのも。


 狂うくらいに我慢していたことが、今はもう許される。

 彼もきっと喜んでくれるだろう。桐生 和葉への想いなど気の迷いで、誰と結ばれるべきだったか気付くはず。似た過去を持つ私だけが、彼に相応しいのだから。


 とはいえ、長距離の移動のせいか疲れが溜まっているみたいだ。

 深夜ということもあるし、今日は大人しく眠っておこう―――と思ったけれど、可愛らしい呻き声が私を思い留めた。彼が起きてしまったようだ。


 仕方ないので、少しお話をすることにした。


 我慢できずに襲ってしまったが、それは彼のせいと言う事にしておこう。











 〇月×日、二日目。


 思いの外盛り上がってしまい、目覚めたのは昼過ぎになってしまった。


 お腹も減ってたので、死んだように眠りこける彼を置いて、キッチンへ。朝食と兼用のお昼ご飯を作ってから起こそうと決めた。その方が何だか、奥さんっぽくていい感じだし。


 実は料理経験は調理実習くらいだったりするが、意外とやればできるものだ。

 個人的には洋食派なので、ベタにトーストとベーコンエッグ、サラダを作る事にした。それなら失敗しないだろうし。


 ベーコンエッグ以外はまともに出来て―――なぜかスクランブルエッグになったけれど―――私は明楽さんを起こしに寝室へ向かった。


 相変わらず可愛らしい顔で眠る彼。

 体中に痣が出来ているところも、とても倒錯的で綺麗だ。

 キスマークだったり、手錠の痕だったり、はたまた反抗的になった彼を諭すために殴った痕だったり。後で手当てくらいはしてあげなきゃとは思うけど、何だか治すのは勿体ない気もする。


 少し怯えた様子の彼と昼食を取り、べたべたになった体を洗おうとバスルームへ。

 もちろん、明楽さんと一緒である。本当なら片時も離れたくないのだ……と言うのは建前で、一緒に洗いっことかしてみたかったり。実は憧れていた。


 恥ずかしがったり、痛がったりする彼を存分にバスルームで楽しんだ後は、二人でのんびり過ごした。

 途中ちょっかいを掛けては体を重ねたりもしたけれど、概ね恋人らしい午後を過ごせたと思う。


 概ね、だけど。


 一度だけ、キスをしようと顔を寄せたら、彼が申し訳なさそうにそっぽを向いたのだ。当然、私は納得いかない。彼が今誰のものなのか、まだ理解が浅いようだ。

 言い換えれば、それは私の教育不足と言うことでもある。

 言わなくても理解してくれる、と思った私が甘かったのだ。ここにいる理由も、これからの事も全て話してあげるべきだった。


 それから夜まで、私は丁寧に説明した。


 終わる頃には彼の痣は倍近くまで増えていたけれど、気にしない。

 ただあまりにも泣きじゃくるので、やり方を少し変えた方がいいかもしれない。


 そう言えば、以前明楽さんに使おうと作った薬があったっけ。

 家に忘れてきたので、取ってきて貰おう。アレを使えば、明楽さんも素直になってくれるだろうし。


 二日目はあまり思い通りにいかない日ではあったが、それはそれで楽しかった。











 〇月×日、三日目。


 明楽さんの態度が少し変わった。


 私が傍に寄ると、体が小刻みに震え出したりする。声もどこか小さいし、目はいつも潤んでいる。一番可笑しかったのは、私が手を上げると小さく丸まったりするのだ。叩かれると思っているのだろうか、何だか可愛らしくて笑ってしまった。


 彼が母親と暮らしていたときは、常時こんな状態だったらしい。


 そういえば最初は私もそうだったな、と思い出した。

 アイツの一挙手一投足が怖くて、いつもびくびくしていた。その内慣れてしまったけれど。


 とは言え、良い傾向である。

 私の愛が伝わり始めている証拠だ。最初から私の愛を理解して貰えるとは思ってなかったし、徐々に受け入れてくれれば良いのだ。

 とりあえずはこれでオッケー。

 ご主人様が誰かを体に刷り込んでやれば、そのうち心もそれに従うだろう。私がそうだったように。


 ふるふると震える彼に我慢できず、この日は朝から何も食べずに行為に耽ってしまった。

 途中反応が鈍くなってきた彼には、受け取ったばかりのアレを注射してやった。途端に反応が良くなって大満足だ。今度からこれを使おう。


 流石に私もクタクタだ。

 筋肉痛の体を横たえて、明楽さんを抱き枕に眠る事にした。






 ♪






 〇月×日、四日目。


 注射器を誤って割ってしまったので、今日はピルの方を使うことにした。


 うーん。

 なんか、効きが悪い。効果が出るのも遅いし、昨日みたいに半狂乱な反応もしてくれない。気持ち良いには気持ち良いみたいだけれど、彼は虚ろな目でされるがままだ。


 とてもつまらないと思って、今日はお仕置きの日にした。

 せっかく色々用意したのだから、使わないと勿体ないし。


 さて、どうやってお仕置きしようかと考えた。

 とりあえずは経験に基づいてやっていけばいいか。私がやられた数々のお仕置きを思い出して、鼻歌混じりに準備した。あまりいい思い出ではないと思っていたけれど、彼のためになるなら悪くない。何事も経験である、うん。


 初回と言うことで、チュートリアルから始めようと思う。

 これも私の経験からだ。いきなり飛ばし過ぎると彼が壊れてしまうかもしれないし、無理は禁物だ。あの男の二の舞は避けなければ。


 彼をベッドに縛り付けるところからスタート。

 両手を一纏めに括ってベッドの支柱で繋いでおく、うつ伏せにして、足は閉じれないよう、一メートル程の棒の両端に足首を固定する。あっという間に美味しそうな恰好の出来上がりだ。


 私が嬉々として手に持っていたモノを見て、明楽さんは何をされるか理解したようだった。必死で止めてほしいと懇願していたけれど。

 と言うか、そんなに可愛らしくオネダリされたら我慢できなくなる。お尻を振って嫌がるフリなんか、どこで覚えてきたのだろうか―――と考えて、一気に胸糞悪くなった。


 もう知っていたのか、とこの時初めて気が付いた。


 お仕置きの最中に訊いたが、明楽さんにとっては初めてではなかったらしい。

 まぁそれもそうか、と思う。私が我慢できないように、彼のお母様も同様だったのだろう。


 彼の初めては基本的に私のモノにするべきだとは思うが、どうやったって叶わないこともある。

 ほとんどの初体験は彼の母親か桐生 和葉に奪われていて、私はその残り物。惨めさと悔しさが込み上げてくる。


 だから、今日は明楽さんに酷く当たってしまった。

 上書きするように、念入りに乱暴に、私の愛を刷り込んでやる。彼が思い出すとしたら、私との行為だけで良いのだ。ちくしょう。












 〇月×日、五日目。

 

 明楽さんが中々起きてくれない。

 疲れているのか、ぼうっとすることも多くなってきた。口数も少ないし、目はぼんやりと遠くを見ているよう。私から話しかければ答えてくれるのだが、言葉に力は無かった。


 これも想定の範囲内ではあるけれど。

 ちょっと早いかなぁ、と思うくらい。彼は体力がないため、手加減してあげていたのに。それだけは予想外。


 まぁ、今はまだ心が付いてきていないだけなのだ。

 体はしっかりと私の事を覚えていて、受け入れる準備は出来てるだろう。もう少し彼の心を削ることが出来れば、晴れて私たちはホンモノの関係になれる。それまではしんどいだろうが、今はこれでいい。


 私は嬉しくなって、今日も明楽さんに針を挿れようとした。


 途端に、明楽さんはぼろぼろと涙を零した。

 泣きじゃくって、「家に帰してください」と言う。ここが明楽さんの家だと言っても、首を振って泣き続けるだけだった。


 この日の明楽さんはやけに反抗的だ。


 嫌だ。

 帰りたい。

 もうやめて。助けて。殺して。


 昨日まで従順だった彼が嘘みたいに、私の言葉を否定していくのだ。

 体を重ねても、どれだけ虐めても、血が溢れるまで殴っても、彼は言葉を止めなかった。

 

 何よりも頭に来たのは、彼が姉の名前を呼んだことだ。

 桐生の名前でないのがせめてもの救いだけれど。結局まだまだ私の愛は足りないという事らしい。なんだか否定されたみたいで余計に腹が立った。


 とにかく、今日は徹底的に躾けていくことにした。


 致死量ギリギリまで入れれば、そんなふざけた事も言わなくなるだろう。

 今日二本目の針を刺してやった。まだ増えるかは分からないが、死ななければいい。多少壊れてるくらいの方が可愛い。きっと。


 ごめんなさい、と彼が謝った頃には、時計の短針が二回りしていた。











 〇月×日。六日目。


 流石に今日は無理だ。

 私も疲れているし、明楽さんはもっと疲弊している。死んだように眠っていて起きる気配がなかった。


 後輩に連絡をして、情報収集を頼んでおいた。

 予想外に、桐生 和葉は手こずっているようだった。家柄だけのガキだってことが証明された。過大評価のし過ぎか。


 後輩は素直なバカで、明楽さんの写真や動画をほんの少し分けてやるだけで何でも言う事を聞く。

 指一本触れさせてやる気はないが、いずれ見学させてやると言っただけでまるで犬みたいに尻尾を振るのだ。ちゃんと良い子にするなら私が可愛がってあげても良いと思った。


 ベッドに横になって、今までの戦利品を鑑賞することにした。

 一日目から欠かさず撮り続けていたのだ。いつか明楽さんと一緒に観ようと思っていたが、ちょっとくらいなら先走ってもいいだろう。最近どんどん我慢が利かなくなってくるけど……。


 









 八日目。


 犬耳最高。


 動物の中じゃ犬が一番可愛いと思う。

 人の中では、明楽さんが一番可愛い。


 最高に可愛いもの同士をかけ合わせたら、それはもう無敵だ。

 それを好き放題出来る私はなんて幸せ者なんだろう。


 しばらくはこれで遊ぶことにする。

 躾ごっこ理性のタガをどんどん外そうと襲い掛かるが、よくよく考えれば我慢する必要もないのだ。思いっきり楽しんでしまえばいい。


 今日もきっと眠れないかもしれない。












 十日目。


 浮かれていた。

 あんな馬鹿を使おうなんて思った私のミスだ。

 制裁は後で考えるとして、今はあの女をどうにかしなければ。


 それはそうと、明楽さんの体調が悪い。

 熱が下がらず、食事もまともに取れていない。流石に医者に見せるべきかも。


 これから家の連中が手配した医者が来る。

 しばらくお預けになるのは仕方がないとして、私は私ですべき事をしよう。

 予定は大幅に前倒しになるが、これも仕方ない。


 さっさと邪魔者は片付けて、また二人きりを楽しみたい。

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