#02 困った時の神頼み

ノープランとはいえ、自力で学費を稼ぐと決めた以上はやらざるをえない。


やる時はやる、これがモブヨシトの信条なのだ。

ふだんは、ダラけているけどな。


プランも、これから早急に立てるしかあるまい。


僕は、とりあえず現在のアルバイト先、居酒屋でのアルバイト代の額を思い起こした。


時給千百円、時間帯によっては若干上積みもあるが、そのレートでは可能な限りシフトを入れたとしても、これからの一か月半で稼げる金額といえば、たかが知れている。


どう考えてもそのやり方だと、目標とする金額の四割にも満たないことは明らかだった。


その時点で僕は、今のアルバイトの収入でどうこうしようという線をすっぱりあきらめた。


もっと時給の高い、割のいいアルバイトで短期集中して稼ぐ以外にないな、そう思った。


もちろん、これまでの居酒屋のアルバイトも辞めるわけでなく、並行して続けていこうとは思う。

それはそれとしてアルバイト代も目標額の一部に組み入れる。


が、シフトはむしろ少なめに抑えて、新アルバイトのほうに時間を振り向けた方が効率的だ。


僕は、ふだん大学で授業を受けている経済学、それも数理経済学がようやく現実的な場面で生きてきたなと感じていた。


大学生にとってもっとも時給の高いアルバイトといえば、『アレ』しかない。


それは大学生でないと『できない』、高校生にはできないアルバイトでもある。


さいわい、僕は一年以上前それを経験したことがあり、そのときの『つて』もあった。


だから、思い立ったが吉日、僕はそのひとゝゝゝゝに即連絡を取ることにした。


困った時の神頼み、まさにそれだな。


       ⌘ ⌘ ⌘


「ヨシトくん、久しぶりー。どうしたの、急に電話してきたりして。


もしかして、あの時以来じゃなかったっけ?」


「そ、そうかもしれませんね……。


あ、あの時は伯母さんにいろいろご迷惑をおかけして、すみませんでした。

本っ当に申し訳ありません」


僕は、いきなり電話口で平身低頭、フル謝罪モードだった。


僕が電話しているのは、おふくろの姉、つまり伯母おばであるところの三山みやま佳苗かなえさんだ。


「まあ、そんなに恐縮しなくていいよ。


あの時のことは、別に君が悪かったわけじゃなくて、言ってみれば巡り合わせが悪かったということだから。

もう、すっぱり忘れようじゃないか。


で、こうしてわたしに連絡してきたってことは、もしかして、もう一回あのアルバイトをやりたいという気になったってことかな?」


さすがいつも頭の回転の速い伯母さん、図星である。


「はい、その通りなんです。ちょっと事情がありまして、まとまったお金を稼ぐ必要があるんです。


今回は、どんなことがあっても絶対に途中で辞めたりしません。その覚悟でいます。


ですから、もう一度働く機会をいただけませんか?」


「そうか。やはり、その気になってくれたのか。

それはよかった。


もちろん、わたしも協力させていただくよ。


となれば、さっそく詳しい打ち合わせをする必要があるね。

ヨシトくん、きょうは授業はあるの?」


「午後二時から、一コマだけあります。四時には終わります」


「そうか。じゃあその後、四時半にわたしの勤め先に来てくれるかな?」


そんな感じで、僕の短期アルバイトプロジェクトは無事始動したのだった。


⌘ ⌘ ⌘


その日の夕方、僕は都心のとある学校の教職員校舎に入り、受付である教員との面会の申し込み手続きをしていた。


というか、いまさら伏せてもしょうがないよな。


僕は天下の女子進学校、わが国の最難関大学である帝都ていと大学に毎年五十人以上もの合格者を出すという桃蔭とういん女子高等学校の教頭、三山佳苗さんにお目通りをしようとしていた。


そう、佳苗伯母さんはアラフィフ(年をバラしてしまった。伯母さん、ゴメン)にしてこの高校のナンバーツーなのだった。


伯母の勤務先で面会するということもあって、僕はいつものパーカにデニムというラフな格好ではなく、ジャケットにチノパンツという、割りとちんとした出で立ちで来ていた。


係の職員さんが来意を内線電話で告げると、さっそく教員室から伯母さんが顔を出してきた。


伯母さんはすらりとした長身で、ダークスーツ姿が実にサマになっている。


その顔立ちは、パーツが大きめでとても華やかな雰囲気があり、とてもガッコのセンセイという感じがしない。宝塚の男役だって務まりそうだ。


このひと、いつもりんとした印象があって、かっこいいんだよなぁ。


広くてインテリアにも高級感のある応接室に招き入れられる。


「よもやま話は後にして、まずはきみの希望条件を聞こうじゃないか」


伯母さんは、単刀直入に話を進めるタイプだ。


僕は、躊躇することなく、こう伝えた。


「はい。来月末までに、なんとかこれくらいのお金を稼げたらと思っているのです」


そう言って僕は、片手を広げてみせた。


伯母さんは、それを見て大きめの目をさらに大きくした。


明らかに驚いている。


「うーん、一か月半あるとはいえ、その金額はなかなかのものだな」


伯母さんはそう言って、ため息をついた。


「まあ、時給の高いクライアントを複数確保できれば不可能とも言えない金額だ。


ただ、そういう金銭条件のいいところは、それなりに訳ありだったり、面倒なことが多かったりする。


たとえいかなるところでも辞めないという覚悟は必須だ。


きみはさっきもそう言っていたが、その覚悟はあるということだね?」


そう言って伯母さんは、僕の目を覗きこんだ。


僕は、はっきりとした口調でこう答えた。


「はい。今回は不退転の覚悟で臨みます」


「よろしい。では、話を進めよう。


まず、きみは相手として男子、女子どちらを希望する?」


ああ、やっぱり、まずそのことから聞いてきたよな。当然だけど……。



さて、賢明なる読者諸君ならもうお気づきであろう。


僕のこれからやろうとしているアルバイトとは、家庭教師なのであった。


話は一年半ほど前にさかのぼる。


僕が明応めいおう大学に入ってまもないころ、佳苗伯母さんに声をかけられたのだ。


「ヨシトくん、大学に入ったんだから今でしか出来ないアルバイト、やってみない?


きみが将来教師になろうと考えているかどうかは知らないけれど、教師にならなかったとしても、ひとにものを教えるという経験は、社会人になった時にとても生きてくると思うよ。


ひとに教えるということは、教えられるということでもある。


それに、他のどのアルバイトと比べても、お給料が抜群にいいしね♡」


その最後の殺し文句にやられたわけではないが、僕は彼女の熱心な勧誘に押されて、とりあえず家庭教師をやってみることにしたのだった。


佳苗伯母さんは、実に凄い人脈を持っている。


桃蔭高校をトップクラスで卒業した彼女は、当然のように帝都大学の文系に合格、そこをえた後は、母校の桃蔭高校に教師として勤め続け、教頭にまでなった。


桃蔭高と帝都大、このふたつのエリート校にいたことでそのコネクションは最強のものになった。


今の日本の中枢部で働く幹部たちの大半が、彼女と直接知り合いとは行かないまでも、知り合いの知り合いまで含めれば、ほとんどカバーできてしまうらしい。


伯母さん自身は普通のサラリーマンを父親にもつ、ごく一般的な家庭の育ちなのだが、その知り合いはと言えば、とんでもない富裕層、セレブがうじゃうじゃしていると聞く。


家庭教師の紹介も、それで手数料を取るようなことは一切していない。すべて無償だ。

まあ、本業が教師だから服務規定上、当然のことだけど。


いくつもの意味でカナエ・チューター・サービスは、世によくある家庭教師紹介業の会社以上に強力な存在と言えたのだった。


僕は、伯母さんが紹介してくれた中学三年生の女の子の家庭教師をしばらく続けた。


「高校生を教えるのは、結構大変よ。学習内容も高度だし、質問にすべて答えるのも楽じゃないから。

初めての時は、中学生が無難ね」と、伯母さんはアドバイスしてくれたのだった。


僕が教えた女の子は、とてもマジメな性格で、課題なども常にきちんとやってくれる、いわゆる優等生だった。


その辺は、まったく問題なかったのだが……。(続く)

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