10.記憶
整理する為に並べられた蔵の所蔵品たちの間を縫うようにして進んだ
「あぁ、やっぱこれね」
「知ってるの?」
「そりゃ、まあ。この家の人間だし」
「でも、これ相当古い感じだったけど」
「んー……まあね。ちょっと貸してみ」
「ああ、はい」
小原からアルバムを受け取った紅葉はパラパラとページをめくった後、
「ほれ」
一枚の写真を見せてきた。それは、
「これは……神社?」
紅葉は小さく頷き、
「そ。正式名上は
「あった……って、今は無いの?」
紅葉は「うーん」と唸って、
「あるといえばある、無いと言えば無い」
「なにそれ」
「詳しいことは
「それってあれ?祟りみたいなやつ?」
「分かんない。その辺はほら、私が生まれてくる前の話だから。ただ、まあ、そんなことがあったからか分かんないけど、今でも社殿は綺麗なまんまに保たれてるし、島民以外の立ち入りには基本的に島民の立ち合いと許可が必要ってことになってるらしいよ。そんなに怯えるもんかなって私なんかは思うんだけど、ちょっと上の世代に聞くと、ホント、表情変わるから、あんましない方がいいよ。怖かったなぁ……今まで楽しそうにしてたおじちゃんおばちゃんたちが急に黙りこくっちゃって」
小原は昨夜のことを思い出す。結局のべ何人が出入りしたかも分からない宴会に参加する人々の顔は皆笑顔で、おしゃべりだった。それが一瞬にして沈黙する。並大抵のことではなさそうだ。
紅葉がぽつりぽつりと、
「実は、さ。家ってそういう家系らしいんだよね」
「そういう……って、神社の?」
「そう。蛭子神社の神主さんとかやってたらしくって。実際にどんなことやってたのかとか、それがいつまで続いてたのかとか、詳しいことはあんまり知らないんだ。聞いてみてもいいんだけど、ほら。なんか島全体でちょっと触れちゃいけない雰囲気あるからさ。白亜みたいに研究熱心だとそういう壁も突破しちゃうんだろうけど、私はそんな気にはなれなくて」
手元のアルバムを撫でるように触り、
「ただ、そんな経緯もあるからかな。家には結構そういう資料?みたいなものが残っててさ。父さんとかだとあんまりいい顔はしないんだと思うから、私がこっそり白亜に見せたりとかしてたんだよね。まあ、最終的にはその研究も結構話題になっちゃって、資料とか、勝手に見せるなー!とか怒られたりしたんだけど、さ」
ページをゆっくりとめくりながら、
「でもまぁ、最終的には父さんも協力してくれて。そのお陰で白亜の研究も大分充実したみたい……って、それは本人に直接聞いたらいいかもね。なんかさくらちゃん、神社の案内したいんだけど、自分じゃ役不足だから白亜に頼みたいって言ってたし。今日もそれで会いに行ってるんじゃないかな」
一気に語る。小原は取り敢えず。
「……多分それ、役不足じゃなくて力不足だよ」
「へ?そうなの?」
「そう。だってさくらだけだと案内するのが不安だってことなんじゃないの?」
「そうだけど」
「だったらそうだ。よく間違えられるんだけどね。役不足っていうのはつまり、」
紅葉はそんな小原の説明を打ち切るようにして、
「はいはい。そういうのいいから。伝わればいいの、伝われば」
伝わったのは小原が解釈したからであって、その根底には紅葉の性格に対する理解があるのだが、それは黙っておこう。
「っていうかさくらの用事ってそれのことだったの」
「そうだよ。昨日だったかな。白亜にお願いしてた。駄目だよ、風ちゃん。そんな子をむげにしたら」
小原は苦笑いで、
「まあ、そうなんだけど。でもあの寝顔と寝言聞いてると、なんか、つい」
紅葉は意外にも、
「んまぁ……気持ちは分かるけどねぇ……」
そこで言葉を切って、
「そういえば、さ。風ちゃんって、この島のこと、どれくらい覚えてるの?」
「この島の、こと?」
「そ。ほら、前にも一回来てるじゃない。だから、その時の思い出とかあるのかなって」
何を突然と思う。
ただ、ふと考えてみると、その思考はすぐに暗礁に乗り上げる。
「思い出……」
紅葉はまっすぐに小原を見据え、
「どんなことでもいいのよ。昔のことだから覚えてないことも多いと思うけど。ね?」
「どんなことでも……」
暗礁に乗り上げてしまった思考を無理やり動かし、再び記憶の海へと漕ぎ出していく。やがて思い当たったのは、
「…………家?」
家だった。
どこの家だろう。外観こそ浪路家や、蛭子家とそう変わらないが、それらよりも大分簡素な作りが目立つ。その周りには何故かゴミ袋が積み上げられ、
「つっ…………」
瞬間。
猛烈な頭痛が襲う。
紅葉はすぐさま小原を包み込むようにして抱き留め、
「……ごめん。やっぱ思い出さなくていいわ。忘れて。お願い」
悲痛な声はあまりにもいつもの紅葉とかみ合わず、
「……分かった」
ただ、そう答えるしかなかった。
どれくらいの間そうしていただろうか。一分も無かったような気もすれば、一時間以上そうしていたような実感も隣接している。
紅葉はゆっくりと小原から手を離し、
「ありがと、風ちゃん。大分片付いたから、罰ゲームはおしまいでいいよ」
小原は目の間に転がっている残骸を眺め、
「え、でもまだ」
「うん。残ってるけどさ。元々、風ちゃんを借りるのはあっちの……さくらちゃんたちの準備が整うまでって思ってたから。もう大丈夫。別に、期限があるものでもないし、私がゆっくりやるよ。そろそろ準備も整うと思うから。ね」
嫌だ、とは言いづらかった。
もちろん、小原自身の心からしてみれば、この蔵の整理をする罰ゲームより、さくらと白亜による蛭子神社案内ツアーの方に興味がある。それに、元を正せばここの整理だって別に小原自身が進んで始めたことでも何でもないのだから、執着する理由など本来は何も無いはずなのだ。
ただ一つ。
紅葉の態度を除けば。
彼女は悪く言えば大雑把な正確で、細かいことを一切気にしないところがあるし、その性格が災いしたのか、現在彼女が通っている大学は、一度最初に入った大学を中退したのち入りなおしたものである。
ただ、そこには同時にさっぱりしているという利点も存在している。恐らく竹を割ったような性格というのは彼女のような人のことを指して言うのだろうし、何をやるにもうじうじ悩んだりしないし、隠し事などありそうにもないのだ。
その彼女が今、明らかに何かを隠している。
これも性格のせいだろう。偽ったり隠したりがてんで駄目なのだ。その理由はどうやら小原自身に関わるもののようで、それが気にならないと言えばやっぱり嘘にはなる。
ただ、それをここで問い詰めたところで答えてくれるとは思い難い。
と、いう訳で、
「ん。了解。さくらに連絡すればいいんだよね」
小原は敢えて、何もわかっていないという返しをする。紅葉は幾分普段の調子を取り戻し、
「そ、そうだね。多分、一緒にいると思うから、連絡してみて。あ、電話番号とかは」
「多分、入ってると思うよ。朝スマフォ弄ったら、待ち受けが何故かさくらの自撮りになってたし」
「あはは……」
から笑い。小原は立ち上がり、
「じゃ、行くよ。またなんかあったら言ってよ。状況によっては手伝うから、さ」
「……うん」
振り返ることなく地下を後にする。紅葉はその後ろ姿をただただ眺め続けていた。
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