9.発掘
一階から覗き見てある程度の状況は分かっているつもりだったが、実際に降り立ってみると、その時の見立てがいかに甘いものであったかを思い知らされた。
まず第一に、とんでもなく埃っぽい。
階段の入り口に鍵がかかっているという時点で気が付くべきことだったが、地下部分は基本人が立ち入ることは無いようで、とてもマスクをせずに歩けないレベルの埃が舞い散っていた。おまけにそこら中が蜘蛛の巣だらけなもんだから、気を付けて歩かないと引っかかってしまいそうだった。
地下ということや、照明設備が不十分であるという部分を差し引いてもその体感温度は一階部分から5℃くらいは下がったような気がする。島自体があったかいこともあって薄着だった小原は、結果としてマスクと上着になるジャケットを紅葉から借りることとなった。
さて。
「これはまた……凄いな……」
床が落ちてしまった部分は照明を付けなくともすぐに確認できた。一階から差し込んでいる一筋の光と、舞い散る埃がなんとなく幻想的な雰囲気を演出している。
ただ、その現状は幻想的というよりは壊滅的だった。
紅葉は何もしていないのに抜けたという、まるで素人がPCを壊した時のような言い訳をしていたような気がするが、実際の所そんなことは全く無さそうだった。
先ほど紅葉が言っていたスキー道具が入っていると思わしき物体の他に、壊れて中身が散乱した段ボール箱や、ぐちゃぐちゃに積みあがった本などがそこら中に見え隠れする。食器やガラスなどの割れ物が無さそうなのは幸いだが、逆にそれ以外のものは大体あるような感じだ。一体どれだけのものをこの上に積み上げていたというのか。
ため息。
取り敢えず、やらなければ始まらない。
小原は一つ決心して、その壊滅的な山への登山を敢行する。どこから手を付ければ良いのかも分からないが、何も考えずにひとつひとつやっていくのが一番良いだろう。思ったよりも重労働になりそうだ。
乱雑に積みあがった荷物の山を崩しながら、小原は一つ一つその内容を確認していく。紅葉によれば、貴重なものは基本厳重に管理されているというが、それがどれほどのものか小原は分からないが、少なくともここに置いた時点では、上からスキー用具一式がまとめて落下してくることは想定していないはずだ。入念にチェックしていこう。
ひっぱりだし、状態を確認し、分類する。そんな単純作業にも慣れ、大分スムーズに出来るようになってきたときのことだった。
「なんだ……あれ?」
一冊の本が、小原の目に止まる。
今までに整理した書籍類は皆、大概が開いているか、ページが曲がっているかしている状態で発見されるのが普通で、中には真っ二つになってしまっていたものもあった(元々劣化していたもので、紅葉に聞いたら「それは捨てちゃおうか」とあっさり言われたものではあるが)のだが、その本だけは何故か、開くことも無く、存在感を放っていた。
「よっ……と」
手に取ってみると、その理由がはっきりする。
一冊だけ、明らかに豪華な作りになっているそれは、表紙が勝手に開かないように鍵が欠けられるような作りになっていた。
実際には有効活用されていなかったものの、取り付けられた金具は明らかに南京錠などを引っかける用途と思われる。表紙部分もかなり分厚く、中身よりも一回り大きい。拳で軽く叩いてみるとコツコツと音がすることから、ちょっとやそっとの出来事では破れたりするはずもない。閉じられた状態のままになっていたのも納得である。
装丁を一通りチェックした小原の頭に、一つの疑問が湧く。
一体中身は何なのか。
これだけの作りだ。重要なものであることは間違いない。本来ならばきっと、南京錠がかけられているのではないだろうか。ただ、幸いにも今、その重要な秘密を守る錠前は存在しない。今なら内容を確認することが出来る。紅葉にも「破れたりしているものが無いか確認してほしい」と頼まれているから、大義名分もある。
ごくり、と喉が鳴る。
上の方でガタン!と物音がする。
思わず階段の方に視線をやるが、暫くしてもそこから人が降りてくる気配はない。
息を吸い込む。
小原は覚悟を決めて、汗ばんだその手で表紙に手をかけ、開く。
「……アルバム?」
アルバムだった。
適当にパラパラとめくってみるが、どのページにも数枚の写真が貼り付けてある。そこに写る人物はてんでバラバラだし、誰かが自分の写真を年代順に並べたといった感じでもない。全く法則性の存在しないその写真群には一つだけ、大きな共通点があった。
年代の古さである。
撮影日が印刷されているものといないものがあるため、正確には把握できないものも多いが、その殆どが数十年前のものだ。中には白黒写真も混ざっている。どうやら相当昔のものらしい。
俄然興味が湧いてくる。
内容のチェックなどという大義名分はすっかりとどこかへ消え去り、今はただ、好奇心だけが小原を支配する。一枚、また一枚とページをめくって、
「あー!!」
「ぅわあ!!」
びっくりした。
びっくりしすぎて心臓その他諸々が口から飛び出るんじゃないかとも思った。
声は全ての元凶である大穴から注がれていた。
そこから顔を覗き込ませた紅葉が、
「こーら!気持ちは分かるけど、アルバムとか見てたら掃除終んないよ?」
その内容は幸いにも「見てはいけないものを見ていたこと」に対するものではなく、「整理する手が止まっていたこと」を怒るものだった。
小原は全身から力が抜けるような息を吐き、
「ごめんごめん……でも、ほら。中身が大丈夫かどうか確認しないとだから」
そんな言い訳は意外にも通用し、
「あぁ、まあ、そうか。んでも、ずっと見てちゃ駄目だよ?別に見られてこまるようなものは置いてないけどさ」
それだけ言って去っていこうと、
「待って」
「何?」
それならば、と思う。
もし、このアルバムを見せても大丈夫なら、聞きたいことはいくらでもある。
「えっと……これさ。鍵、をつけるところがあるんだけどさ。壊れてないか確認してくれない?」
紅葉は「鍵ぃ?」と不思議そうにしていたが、やがて何かに思い当たったのか、
「あ。あれかな?ちょっと待っててね。今下行くから」
急に姿を消す。程なくして階段を駆け下りるような軽快な音がする。
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