8.老朽

 田舎の田舎たる所以は場所によって様々だが、こと桜生島においてその理由はおおむね二つの点に集約される。


 一つ目は、交通の便がすこぶる悪いことである。


 もちろん桜生島は陸の孤島でもなんでもないし、来ようと思えば定期便はきちんと出ているし、よほど悪天候などで海が荒れでもしない限りは欠航することは無いと聞く。


 問題はその本数だ。島自体が本州からそこそこ離れたところにある以上、一時間に何本というようなレベルにならないのは理解できるが、それにしたって一週間に一本はどうかと思う。


 定期便の船自体も、それを操縦する人間も一人しかいない挙句、予算そのものがあまり出ていないらしく、その船が週一回、島と本州を往復するのが限界らしい。

その辺りに関しては島内からも問題視する声が上がっているし、市や県といったレベルへの要求もたびたびおこなっているらしいのだが、余り芳しい成果は上がっていないというのが現状らしい。


 そして二つ目が、その歴史の古さである。


 歴史の古さと書くといかにも情緒あふれる田舎町という感じがしてくるが、ことはそんな綺麗なものではない。


 もちろん中にはそういうところもあるし、今や都会ではとても見かける事の出来ないような旧世代の産物と思わしきゲーム機が、そこらへんの駄菓子屋で普通に現役だったりするのだが、大体の場合は「老朽化」というフレーズと切っても切り離せないことばかりなのだ。


 そんな島でも特に歴史の長い蛭子家には当然先祖代々伝わっているような品々がいくらでもあるし、それらを半ば押し込めるような形で保管していた蔵は老朽化が激しい。


 と、いう訳で、


「いやね。私も嫌な予感はしてたんだけどさ」


 先ほどよりは幾分元気になった紅葉くれはは苦笑いをしながら語る。


 いつものように、家の裏側に鎮座している蔵に赴いた紅葉は、やはりいつものように「部屋の中に置ききれなくなったけど、捨てるのには惜しい有象無象」を押し込みもとい収納しにいったのだそうだ。


 地上一階の地下一階建てとなっているその建物は前々から老朽化が激しく、歩くたびにギシギシと音がしていたにはしていたらしいのだが、紅葉や家族は「まあそのうちなんとかしよう」という考え、特に取り合っていなかったらしい。


 そして、先日。


 事件は起きた。


「うわぁ……」


 思わず声が漏れる。


 蔵の床は一部が完全に抜け落ちており、その下には見るも無残な光景が広がっていた。どうやら重量オーバーだったらしい。


「まさか抜けるとは……ねぇ?」


 小原おはらは確認する。


「え、というか、ここ立ってて大丈夫なの?」


「ああ、それは大丈夫なんだって。何かね、そこだけ凄い弱ってたんだって、床が。他の部分もチェックしてもらったけど、普通に歩いても問題はないみたい」


「へぇ~……」


 小原は抜けてしまった当たりをしげしげと眺め、


「何でここだけ弱ってたんですか?」


「さぁ?」


「さぁ?って……」


 紅葉は両手をぶんぶんさせ、


「いや!ホント分かんなかったんだって。何か、ここの板だけ劣化が酷いんですよねって言われて。上に水でもぶちまけたりしてたならともかく、そうじゃないなら不思議ですね。元から良くなかったんですかねーって言われたから。私も、はぁ、そうなんですねー位しか返せなかったし」


 小原は下の階を覗き込みながら、


「なんか重い物でも置いたんじゃないの」


「ちょ、風ちゃん私を疑ってるの?」


 小原は振り向き、


「じゃあ、ここに何置いたのさ」


「……スキー道具一式とか」


「…………で、俺は何をすればいいの?」


「せめて処理してから話進めてよ……」


 小原はそれでも無視を決め込む。紅葉のことだ。恐らくは覚えていないだけで何かしら床が抜けるようなことをしたのだろう。


 紅葉は突っ込みを待つのを諦め、


「この蔵はさ、今でこそ家の物置みたいになってるんだけど、元々は結構大事なものをしまう為の場所だったらしくってさ。そういうものに傷がついたたりしないかチェックしたいんだって、父さんが。上に残ってたのは私一人で何とかしたんだけど、下のものはほら、ごちゃごちゃしてるかまだ手付かずな訳」


 小原は先取りするように、


「つまり、その整理を手伝ってほしいってこと?」


「そういうこと。ま、手伝ってほしいっていうか、手伝ってもらうけど。一応、罰ゲームってことにしてあるし。そんなことなくても手伝ってもらおうとは思ってたけどね」


「俺が断った場合のことは考えなかったの?」


「んー……」


 紅葉は珍しく言葉に詰まり、


「考えたっちゃ考えたけど、あんま考えなかったかなぁ。多分手伝ってくれるだろうなぁって思ってたし」


「それでも俺が嫌って言ったらどうするつもりだったのさ?」


「んー……色仕掛けとか?」


「色仕掛けって……」


 呆れる。


 ただ紅葉は思ったよりもずっと本気で、


「だって風ちゃん昔からそういうのに弱かったじゃん。ミョーに不機嫌だった時とか。思いっきり前から抱き着いたら落ち着いたけどあれって要は胸の感触を」


「はい、やります。やらせていただきます」


 小原は無理やり話を打ち切る。紅葉はそんな反応を暫くにやついた笑顔で観察した後、


「んじゃ、お願いね。まあ、そんな面倒なことは無いと思うけど、一応これ渡しとくね」


 そう言って一対の軍手を投げてよこし、


「基本的には整理して、並べてくれればいいかな。下は結構スペースがあるから出来ると思うし。もしなんかあったら電話……は繋がんないかな。上にいるから呼んで。基本大事なものは地下に置いてるみたいだし、厳重に管理してるみたいだから、無いとは思うけど、なんか貴重っぽいのが壊れてるものとか、破れちゃってるとか、そういうのがあったら別にしておいてくれれば後は私がやるから大丈夫。重くても持てないのがあったら……まあ、それも私呼んでちょうだい。ここまで何か質問ある?」 


 小原は首を横に振る。紅葉は両手を叩いて、


「よっし。それじゃ、頑張っていこっか」


 一階の整理に、


「あ、下に降りる階段って鍵かかってたんだった」


 入れなかった。拍子抜けとはこのことだ。

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