4.案内

 それから暫くの間、小原おはらは、執見あざみの案内の元、島をざっと見て回ることになった。


 いや、ホントはすぐに帰ろうと思ったのだ。詠一えいいちは「晩御飯までに帰ってきてくれればいいから」と言っていたような気はするのだが、一応小原は客人だ。これから三週間あまりの間お世話になることを考えたら、流石に初日から夕食の直前に滑り込みというのも正直どうかと思う。しかし、


「ほら、島の案内してあげるから。私が。この、私が。ね?だから。ねっ?」


 と執見にせっつかれ、半ば強引にぶらり島内の旅に出掛けさせられたというわけなのだった。


 そんな訳で今、小原は執見を後部座席未満の荷台に、


 停車。


「ん?どしたの?何か気になるものでも見つけた?なんだったら私が解説、」


「悪い、降りてくれ」


「して……ってええ!?」


 執見は大げさなリアクションと共に声を上げ、


「降りてって、なんで?島を案内する代わりに、風介は私を乗せてサイクリングしてくるんじゃなかったの」


「そんな約束は一度たりともした覚えはないが」


「あれ?」


 執見は荷台の上でゆらゆらと、


「あ」


「あ。じゃない。とにかく降りてくれ」


「えーなんでー!」


「ちょっとの距離ならともかく。流石に島全体を回るのに人を乗せてってのは無理だわやっぱ。紅葉姉さんならともかく」


「鍛え方が足りないんじゃないの?」


「そうかもな。ともかく、降りてくれ。何か礼が欲しいなら、飲み物くらいなら奢るから」


「奢り!?」


 いきなり荷台から感触が消える。先ほどまでそこにいたはずの旅客は今、自らの足で弄ぶようにふらふらと歩き、


「ほら、いこうよ~。案内してあげるから」


「はいはい……」


 現金なやつだ。ただ、それくらいで降りてくれるなら安いものだ。いくら幼児体型と言っても、その重さはやっぱり一人前の、


「今、言外で貶められた気がするんだけど」


「虚心坦懐じゃないの?」


 執見は「そうかなぁ……」と言いつつ、止まった歩みを再開させ、視線を進行方向に、


「ん?キョシンタンカイってなんだっけ?」


「さぁ?思いついたから言ってみただけだけど」


 ちなみに後で調べたところ、その意味は「心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること」らしい。なるほど。たしかに無賃乗車の客を下した小原の心はこれ以上ないくらい晴れ渡っている。だからなんだって話。



               ◇



「ここが駄菓子屋さん。さっきすれ違ったおばあちゃんとおじいちゃんがやってる小さな店だけど結構品揃えが凄いんだよ。あ、おじいちゃんこんにちはー!さっきねーおばあちゃんとすれ違ったんだよー。え?綺麗になった?やだなぁ、おじいちゃんはもう」


「これが町役場。なんかこう、ムツカシイことは全部ここでやってもらえるんだって。おじちゃんがいってた。あ、町長さんだ!こんにちはー!え?隣の人は彼氏かって?やだなぁ、もう。そんな。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします……え、違う?」


「ほら、あれがスーパーだよ。島の人は大体あそこで買い物してるから、値切ったりとか出来るんだってシマさんから聞いたことがあるんだけど、ほんとかな?こんどやってみてよ」


「ババン!なんとこの島にはコンビニもあるんだよ!まあ品揃えとかはそんなに良くないんだけど。その分なんと!店内で調理されたお弁当とかあるんだよ。これがまた美味しいんだって。町役場で聞いたんだ。お勧めは何だったか忘れちゃったけど」


 小原といることに大分慣れてきたのか、執見の口からはマシンガンがごときトークが繰り広げられるようになっていた。こういう娘が、歳をとると話の長いおばあちゃんになったりするのだろうか。


 余談だが、彼女はこの何倍もの会話を繰り広げ、町行く人に声をかけては、その人数分会話時間を倍増させるマシンと化していたので、毎回毎回小原が頃合いを見計らって話を打ち切らなければならなかった。彼女の思うがままにしゃべらせていたら、晩飯どころか、日が変わるまでに帰りつけないのではないか。


 そんな島内観光ツアーも終盤に差し掛かり、


「ジャン!ここが我らが桜生島さくらおじまの誇る学び舎です!」


 両手で案内されたそれは、どう見ても誇るというフレーズからは程遠いたたずまいの建築物だった。


 一応。風格だけはある。概ね中央に位置する、都会の中心地では実現しづらいレベルの大きさを誇る校庭と、それをゆったりと取り囲んでいる。二階建ての校舎群のお陰だろうか。名前は県立桜生高校……と書かれたプレートの下に「中学校」「小学校」という手作り感あふれる木製のプレートが掲げられていた。


 良い言い方をするのであれば、小中高一貫教育の学び舎だが、悪い言い方をするのであれば、田舎特有の過疎が生み出したコングロマリットな施設であるということになるのだろうか。


 学校の門は常時開放され、門番などという金のかかる存在は当然存在しておらず、奥まで見渡せば、どう見ても小学校に上がる前と思わしき少年が、父親とキャッチボールをしていた。


 時間的にはもう終業していると思われるので、放課後はちょっとした憩いの場になっているのだろうか。そんなことをしなくてもそこらじゅうが憩いの場だらけみたいな島だろうにという言葉は胸の奥底にしまっておこう。


 小原は若干立て付けの悪くなった校門を弄りながら、


「学校ってことは、お前もここ通ってんの?」


「ううん。今は通ってない。通ってた、が正解かな」


「通ってた……」


 小原は学校と執見を何度か見比べ。


「……不登校?」


「違うわ」


「んじゃ、退学?」


「お願い戻って。卒業っていう一番ありそうな選択肢に戻って」


「え、卒業って、」


 小原は改めてツギハギの学校名を眺める。そこに存在するのは小学校から高校まで。ということは、


「お前、大学生なのか?」


「ううん?」


「んじゃ、社会人?」


「うんにゃ?」


「……じゃ、ニートか」


「ねえ風介?あなたは私を何だと思ってるの?」


「え?変な奴」


「即答!いや、変な奴でもいいけど、ニートはないでしょ、ニートは。せめて自分探しって言って」


 いいのか、変な奴で。というか、


「そんな間違ってなかったじゃん。俺の見立て」


「間違ってますぅ~ニートと自分探しは違いますぅ~」


 吹けもしない口笛を吹くふりをしつつ、露骨に視線を逸らす執見。小原は軽く鼻で笑い、


「ま、ニートでも自分探しでも邪王○眼の使い手でもなんでもいいけどな。俺も似たようなもんだし」


 執見は、


「邪王真○じゃなくて、天使!」


 と、何故か一か所だけ否定し、


「っていうか、似たようなものって?」


「んー……」


 間。


「高校三年生だったO君は、大学受験の年だと言うのに全く勉強しませんでした。その結果受験は散々な結果になりました。迷った両親はO君を島でリフレッシュさせるという余計なおせっかいを思い付きました」


 執見に向き直り。


「な?大して違わんだろ?」


 そんな言葉に対し、執見は、


「余計なおせっかいじゃなくて、ナイスアシストだよ」


「あん?」


 見当違いの突っ込みをよこした。


「や、余計なおせっかいだろ。リフレッシュもなにも俺、ろくに勉強してなかったんだぜ?そんなやつを島に行かせたって意味ないだろ?」


 執見はふふっと笑い、


「そうだね。ライフが減ってなかったら回復しても意味ないもんね」


「……やっぱお前、○王真眼とかそういうの好きだろ」


「そんなこともないよブラックフレイムマスター」


「ダーク○レイムマスターだよ」


 反射的に突っ込んでから違和感に気が付き、


「だれがダークフレイ○マスターじゃこら」


 執見を小突く。あいて、と楽しそうにする。二人見つめあって思わず笑う。先ほどまで元気に小原たちを照らしていた太陽が、ゆっくりと沈んでいく。少しづつ、夜が顔を出す。

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